第23話 人殺しの仕事

 



「君の能力は、〈再現さいげん〉だね」


 薬品の独特な匂いがする、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地の研究室にて。古びた木の椅子に腰掛けたヒナツキさんが、私と向き合いながらそう言った。


「私は君の能力を実際に見たわけじゃないから、聞いた話から推測することになるけど、十中八九じゅっちゅうはっくそうだろうね。頭の中で強く思い描いたものを現実に起こして、再現できる。実に素晴らしい能力だ」


「は、はあ」


 興奮気味に能力について語るヒナツキさんと違って、私のテンションは低かった。なにせ病み上がりだからだ。


 あの日、ハルカを殺した私は散々に泣き喚いた後、気を失って倒れてしまった。それから基地へと運ばれて、二日以上も目を覚まさずベッドで眠っていたそうだ。


 初めて能力を使った反動なのか、体力を相当削られていたらしい。目を覚ました今でも体がだるくて、二日も何も食べていないのに食欲が全く湧かなかった。


 それでも何か食べないと生き物は死んでしまうので、お馴染なじみの硬いパンを二つお腹にぶち込んだ。相変わらず美味しくない。


 過度な睡眠と質素な食事を終えた私はヒナツキさんに呼び出され、そして今彼女から能力について説明を受けていた。


「君にはセンスがある。大抵の奴は能力が発現した時、上手く扱えなかったり暴走してしまったりするんだが、君は一発で使いこなした。中々出来ることじゃないよ」


「あの時はほとんど無意識だったし無我夢中むがむちゅうだったんであんまり覚えてないですけど。多分、ミナトの真似事をしただけですよ。ミナトが末期症状者と戦っている姿をいっぱい見てきましたから、戦うならこうかなって自然とそうなったんだと思います」


 私は努めて冷静に自己分析する。


「だから刀もミナトの刀に似てたんだと思います。真っ白な光は、ミナト達が着ている隊服から連想したのかもしれません。それと花は、ハルちゃんに見せたかったから……」


「......そうか。それは、見せてあげられてよかったね」


「……はい」


 私はうつむきながら、弱々しく笑った。嬉しいやら悲しいやらで、笑顔が遠慮がちになってしまう。


 ヒナツキさんはそんな私を見つめながら実験道具だらけの机に頬杖を突いて、能力の話を続けた。


「エボルシックは未だ謎の多い病気だ。だからこれも私の単なる推測に過ぎないのだが、能力というものはその人の生き方や考え方、つまり意思から生まれるんじゃないだろうかと考えている」


「意思?」


「そう、意思だ。この理不尽な病と地獄の環境下で生き抜いていくには、まず生きたいと思う気持ちがないと不可能だ。私達にはその強い意思があるから、こうして生きている」


「……」


「何故ステージ1じゃなくステージ2の段階になると能力が突然発現するのか、考えたことはあるかい」


「ないですけど」


「私はあるよ。そして仮説を立てた。能力の発現は、収容所に送られ地獄のような日々を味わっても尚、抗って生きようとする強い意思が関係してるんじゃないかとね」


「研究者なのに、結構感情的なこと言うんですね」


「感情から物事を考えて何が悪いんだね。研究というのは、知りたいという感情から生まれるものだ。感情がなければ何事も始まらないのだよ」


「はあ、そうですか」


「話を戻そう。たとえば君の能力だ。君は妹に花を見せてあげたくて、尚且なおかつ妹に人を殺させたくないという強い意思で、〈再現〉という能力を発現させた。そして実際に君は妹に花を見せて、妹を人殺しにさせなかった」


 私は黙って頷く。


「君の妹は、〈分身〉という能力を持っていたそうじゃないか。ベッドの上で動けずにいた自分が嫌で、新しい自分を生み出して自由に動き回りたいという意思があったから、〈分身〉という能力を発現させたのではないかな」


「……そうかもしれませんね」


もっとも、君の妹はエボルシックに耐性がなかったから、末期症状に至るまで能力を使うことはなかったようだけどね」


「……」


「おっと、部外者の私が色々と踏み込みすぎたね。気にさわったらすまない」


「大丈夫です。気にしてません」


「興奮するとついなんでも解説したくなる。私の悪い癖だ」


「研究者っぽくていいと思いますよ」


「そうかな?」


「そうです」


「でもさっき、私の考えが研究者なのに感情的だとかなんとか言っていたじゃないか」


「それとこれとは話が別です。確かに言いましたけど、別にその考えを否定したかったわけじゃないですよ。むしろ私はその考え方が好きです」


 私はハルカを殺した自分の左手を見つめながら、笑って答えた。


「意思が能力を発現させるっていうのは私も思い当たるところがありますし、そうだったらいいなと思ってます」


「だろう?」


 私の同意を得られたことが嬉しかったのか、ヒナツキさんは足組みしながらニヤリと笑った。


 この人の笑みには研究者らしい知的さがあって、どんな大仰おおぎょうな仕草にもよく似合う。馬鹿な私にはかもし出せない風格だ。


「もし私の推測通り、本当に能力が意思に関係しているのだとしたら、君の能力はその象徴とも呼べる力だね」


 〈再現〉。私が強く思い描いたものを真っ白な光で具現化する能力。


 どんなものを生み出せるかは、私の意思に強く影響される。上手く扱えれば、どんなことだってできてしまうかもしれない。


「そんな能力を得られたのは、君にはエボルシッカーズの誰よりも強い意思があるからかもしれないね」


「ハルちゃんのためならなんだってしてあげたいって、そう思っただけです。私は重度のシスコンですから」


「......なるほど。ほこらしげに自称するだなんて、確かに相当なシスコンだね」


 ヒナツキさんが若干引いた目で私を見つめてくる。ひどい。


「こほん、また話が脱線したね。真面目な話に戻ろうか」


 ヒナツキさんが顔から笑みを消して、真剣な眼差しを私に向けてきた。


「君の能力は確かに素晴らしいが、能力が目覚めたこと自体はあまり喜べることではない。何故だかわかるね」


「......はい」


「能力に目覚めたこということは、つまり君のエボルシックの症状がステージ2になったということだ」


 ステージ1だった私の病状は、わずか二ヶ月で段階が上がってしまった。末期症状であるステージ5まで残り三段階。ヒナツキさんいわく、私は他の人より進行するペースが早すぎるそうだ。


「これからもエボルシックの病状は進行していき、君の体をむしばんでいくことだろう。寿命は長ければ十数年、早ければ数年程度だ」


「分かってます」


「それでも君は、こんなクソみたいな収容所の中で生き続けたいかい?」


 ハルカはもう死んだ。私が、この手で殺したのだ。


 三年前のように偽装ぎそうで、実は生きていたりなんてことはない。


 私は妹を殺した事実とその喪失感そうしつかんを、生きている限りずっと背負い続けなければいけないのだ。


 果たして私は、その事実に耐えていけるだろうか。ハルカのいない世界で、もう一度生きていくことができるだろうか。


 否。そんな覚悟は、ハルカを殺したあの時から決まっている。


 私は真っ白な世界で見たハルカの笑顔を思い出しながら、真っ直ぐな目でヒナツキさんと向き合い、その問いに答えた。


「私、約束したんです。ハルちゃんの分まで、たくさん長生きするって。だから私は生きます。この先どれだけ苦しいことがあっても最後まで足掻いて、生き続けます」


 私のその言葉に、ヒナツキさんはまたニヤリと笑った。


「よく言った。その『意思』を忘れない限り、君はきっと長生きするよ」


 前向きな言葉をかけられて、胸がすくわれる。それが単なる励ましであっても、今の私には充分すぎる効能だった。


 気分が楽になってきたところで、私は重要なことを思い出した。


「そういえば私まだ無職なんですよ」


「ん、確かにそうだね」


「早く仕事を見つけないと私、処理されちゃいます」


 収容所には五つの規則がある。そのうちの一つに、仕事をしなければいけないというものがある。


 収容所に連れて来られて二ヶ月近く。私は未だ、働き口を見つけられずにいるのだ。もしこのことが収容所を統括とうかつしている管理人にバレれば、規則違反者としてみなされて処理されてしまう。つまり、死ぬということだ。


 死にたくなければ、無職の私は早々に仕事を見つけなければいけない。


「そこで相談というか提案があるんですけど、いいですか」


「なんだい?」


 ヒナツキさんは不敵な笑みを浮かべると、古びた椅子にもたれ掛かりながら足を組み始めた。


 まるで今から私が口にする言葉を分かっているかのような、堂々とした待ちの構えだ。


 食えない人だなあと思いながら、私は次の言葉を口にした。


「私を、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊に入れてください」


 そして私は、人殺しの仕事を始めた。

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