第22話 人殺し




私の能力の全力が引き出され、分身達を一掃いっそうする。


私の体から放出される謎の白い光が勢いを増して拡大していき、逃げ回る本体を追いかけた。光はを描きながら渦巻うずまきとなって直線状に伸びていき、逃げる本体へジリジリと迫っていった。


分身を作り出す暇すら与えず、私の光が本体へと届く。光に侵食された本体は動きを止めて、眠るように地に伏せた。


赤黒かった皮膚が真っ白に染まり、光と同化していく。私は刀を捨てて、今にも消えかかりそうな本体に手を伸ばした。


私の指先が本体に触れた瞬間、私の体から放出されていた光が膨張ぼうちょうを始めた。


制御が効かない。私の意思に反して、能力が暴走し始めているみたいだった。


光は一つの巨大なまゆとなって、私とハルカ本体を閉じ込めた。小さなまゆの中で光の濁流だくりゅうが押し寄せ、私達をみ込んでいく。


全身が真っ白な光に包まれた私は、そこで意識を失った。


そして、夢を見た。


気がつくと私の目の前には、何もない真っ白な世界が広がっていた。


三六十度何処を見渡しても白しか見えない奇妙な空間に、私はぽつんとたたずんでいた。


「お姉ちゃん」


背後から聞き知った声が聞こえてきて、私は振り返る。


そこには、ハルカが満面の笑みを浮かべて立っていた。異形化していない、二本の裸足で。


エボルシックに侵食されていたはずのハルカの体が、病気なんてなかったかのように元に戻り、五体満足な姿で立っていた。


その姿を見て困惑する私に、ハルカはその場を動かずに話しかけてきた。


「お姉ちゃん。バケモノになった私を止めてくれてありがとう。お姉ちゃんが私を止めてくれたから、私は誰も殺さずに済んだ」


「何、言ってるの。どうしてハルカは立って……というか、此処は何処なの?」


「此処はお姉ちゃんが創り出した世界だよ」


「私が?」


「そう。お姉ちゃんの能力が此処を創り出して、私を引き止めてくれたみたい。私もお姉ちゃんの能力のことはあんまりよく分かんないけど、すごいね。さすが私のお姉ちゃんだ」


「ハルカ、なんだよね? その足はどうしたの。もしかして、エボルシックが治ったの?」


期待を込めた声で私がたずねるも、ハルカは首を振ってそれを否定した。


「私はもうすぐ消えちゃうの。でも、お姉ちゃんが此処に引き止めてくれたおかげで、こうして話すことができる」


「そんな……」


「あんまり長くいられないみたいだから、出来るだけ手短に話すね」


ハルカはこほんと咳払いすると、照れ臭そうにはにかみながら言葉をつむいだ。


「改めてお姉ちゃん、色々ありがとうね。それとごめんなさい。私のせいでいっぱい迷惑かけちゃった。我儘わがままもいっぱい言ったし、酷いことも言っちゃった。でもお姉ちゃんは文句一つ言わずに私のそばにいてくれた。本当に、ありがとう」


「なんでそんなこと、急に言い出すの。迷惑なんかじゃないよ。それに、お礼を言われるようなことなんて、私何もしてない」


「ううん。してくれたよ」


「してないよ。お姉ちゃんらしいこと何もしてあげられなかったし、お母さんやお父さんに会わせてあげられなかった。不自由な思いばっかりさせちゃってた。お花畑だって、結局、見せてあげられなかった……」


「何言ってるのお姉ちゃん。ちゃんと見せてもらったよ、お花畑」


ハルカが微笑みながら、真っ直ぐに私の後ろを人差し指で差し示す。


私は示された方向を辿って、ゆっくりと後ろを振り返った。


すると真っ白で何も無かった世界に、いつの間にかたくさんの花が咲きほこていた。


それは、紛れもない本物だった。


土のない世界で育つはずもないのに、確かに咲いていた。何百種類もの名前の知らない花達に囲まれた私は、あまりの美しさにうっとりとその光景を眺めてしまった。


「お姉ちゃんが創り出してくれた景色だよ。すっごく、綺麗きれいだね」


「うん、綺麗きれい


「最後に、こんなに綺麗なお花畑を見せてくれて、本当に嬉しい。ありがとう、お姉ちゃん」


「私は何もしてないよ。した覚えがない。この花達が勝手に咲いただけ」


「それでも、嬉しいよ。この景色をお姉ちゃんと見れただけで」


ハルカはそう言うと咲きほこる花の中から一つ手に取って、甘い香りをめいいっぱい吸い込んだ。


ハルカの体が崩壊を始めたのは、その時だった。


手のひらから順にとうめいとなって消え始め、体全体が透明に薄らいでいき、真っ白な世界と同化していく。


ハルカは消えていく自分の手のひらを見つめた後、私に向かって微笑んだ。両目から、大粒の涙を流しながら。


「そろそろ時間みたい」


嫌な予感がした。私は何度も首を横に振って、その予感を確信に変えぬよう拒み続けた。


「私ね、なんとなく分かってたんだ。もうすぐ死ぬんだってこと。だからマフラーをんでる時すごく焦っちゃってた。間に合うかどうか分からなくて。でも、間に合って良かったぁ。本当に本当に、良かった」


「ま、待って」


「お姉ちゃんはシスコンだから、私がいなくなったら大変だろうね。でもきっとすぐ立ち直ってくれると信じてるよ。だって私のお姉ちゃんは、とっても強い人だから」


「強くなんかないよっ。だから、待ってよハルちゃん! お願い、行かないで! お姉ちゃんを置いてかないで!」


「ごめんねお姉ちゃん、でももうお別れなの。お姉ちゃんと一緒には行けない」


「嫌だよ! ハルちゃん! 私もそっちに行く!」


「だめ。お姉ちゃんはもっと長生きしなきゃ。私の分も、たくさん生きて。あんまり早く私のとこに来たら、怒るからね」


ハルカが手を振って、私から遠ざかっていく。


「待って!」


私は手を伸ばして、遠ざかるハルカのことを追いかけた。


さっきまで無限に湧いていた力が、この世界では使えなくなっている。体が重くて、すぐに息切れを起こしてしまう。


どれだけ必死に走っても私がハルカに追い付くことはなく、逆にジリジリと距離を離されていった。


「大好きだよ、お姉ちゃん。マフラー、ちゃんと使ってね」


それが私の耳に届いた、ハルカの最後の言葉だった。


周りに咲き誇っていた花達が、はかなく散っていく。まゆ状に私達を囲んでいた真っ白な世界が、儚く壊れていく。


私の目の前から、ハルカの姿が完全に消失する。そして私は、夢から覚めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




気が付くと、私の周りはすでに真っ白な世界じゃなくなっていた。


舗装ほそうされていない土がき出しの地面。太陽の見えない真っ暗な天井。奇抜で、現代社会と比べると文明レベルの低い町並み。見渡す限り間違いなくそこは収容所の光景で、その何処にもハルカの姿は見当たらなかった。


消えてしまったのだ。私がこの手で、殺してしまったから。


私は土の地面に勢いよく尻もちをついて座り込むと、長い息をいた。どっと疲れが押し寄せてきて、全身から力が抜けて動けなくなる。


「ミルカ」


ミナトが近付いてきて、私の名前を呼んだ。手に持った刀を腰にげたさやに収めると、私の隣に立つ。


「終わったみたいだね」


「……うん、終わったよ」


「お疲れ様」


「……うん」


「収容所中に散らばった分身達は俺とコウヘイとキクリが全部対処したから、被害はほとんど出てないよ」


「ありがとう」


「俺達は単に仕事をしただけだよ。それに、本体を倒したのはミルカだ。ハルカちゃんとは能力に目覚めた時からの知り合いだからね。その特性もよく知ってる。ミルカが本体を倒さなきゃ分身は増え続けて、甚大な被害が出てたかもしれない」


「やっぱり、私がやったんだよね。ハルちゃんを」


「ミルカ、大丈夫?」


「うん、大丈夫。びっくりするくらい」


私は隣に立つミナトの顔を見上げると、乾いた笑みを向けた。


収容所のみんなも誰かが死んだ時、こんなに悲しい気持ちを背負って笑っていたんだなと、私は身にみて理解することができた。


みんな、本当に凄いなあ。


「さっきのあの花達、ミルカがやったんだよね? 凄く綺麗だったよ」


「え、花?」


「あれ、ミルカじゃなかったの? てっきりそうだと思ってたんだけど」


「いや、多分私だと思う……。そっか。あれは夢じゃなかったんだ。ちゃんと、現実に起こせてたんだ」


「ミルカ……?」


「ううん、なんでもない」


私は首を横に振ると、土で汚れた自分の手をじっと見つめた。


「私ね、ミナト達のことずっと異常だと思ってたんだ。バケモノになったとはいえ、人を、しかも知り合いだった相手を躊躇ためらいなく殺せるなんて異常だって、そう思ってた。でも、私も同じだったみたい」


「どうして、そう思ったんだい?」


「私も、躊躇ためらいなくハルちゃんを殺せたんだ。あの子がバケモノになった瞬間、殺さなきゃって思って。そしたら、体がすぐ動いたの。世界で一番大好きな私の妹だったのに。私は、平気であの子を殺すことができた。どうしてなのかな」


私の疑問に、ミナトが冷静な口調で答えてくれる。


「そういうものだよ。相手が知り合いだろうと大切な人だろうと、バケモノになって自分や誰かに危害を加えるなら、やらなくちゃいけない。その場に居合わせた誰かがやらないのなら、俺達がやる。俺達がやらないのなら、管理人が始末する。どうせ、誰かがやらなくちゃいけないことなんだ。正義感とはまた別で、義務感っていうのかな。ミルカにはそれができたんだよ」


「……私はただ、ハルちゃんを人殺しにさせたくなかっただけ」


「それも立派な義務だよ。ミルカはハルカちゃんの姉として、やるべきことをしたんだ」


ミナトは地面に膝を突いて着用している隊服のズボンを汚しながら、私と目線を合わせて微笑んでくれた。その瞬間、私の目からぽろぽろと涙があふれ出てくる。


「ねえミナト、やっぱり私って異常なのかな」


「どうしてそう思うんだい」


「殺そうとした時はあんなに平気だったのに……私が殺したのに……。今更なんでこんなに、悲しくなるのかな」


「普通だよ、そんなこと。家族がいなくなったんだから」


「でも、私が殺したのに。そんな私が、泣いてもいいのかな」


「悲しいなら泣いていいんだよ。君は誰かのために誰かを殺せても、誰かを殺して喜べるような殺人鬼じゃないんだから」


そうさとされて、私は地面に座り込んだまま散々泣き喚いた。ミナトはそんな私の隣に座って、私が泣き止むまで見守ってくれた。




その日、私は妹を殺して人殺しになった。

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