第21話 能力全回




 同時刻。疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地にて。


 矢田食堂から帰ってきて、キクリの手作り飯を一人で|貪(むさぼ)っていたコウヘイは、遠くから妙な物音を聞きつけて基地の外へ出た。


 すると、いきなり視界が真っ白な光で覆われた。


「なんだ、こりゃあ」


 真っ白に染まった収容所の光景を見つめて、コウヘイは驚嘆きょうたんの声をあげた。


 コウヘイは耳にかけたボロボロのサングラスを外すと、直接その光を目に収めた。


 それは確かに光であったが、不思議とそこまで眩しくなく、目に優しかった。


 舞い散る花のように真っ白な光の破片はへん達が収容所を飛び回り、第六地区中をおおっていた。


 思わずその光景に見惚みほれしまっていたコウヘイの元に、張り詰めた表情を浮かべるキクリが駆け寄ってくる。


「コウヘイ、緊急事態! 大量の末期症状者が同時に町中で暴れてる!」


「なんだって?」


 キクリの声で我に帰ったコウヘイは、あちこちから悲鳴が聞こえてくることに気がついた。


 キクリの言う通り、本当に同時多発的に末期症状者が暴れているようだった。


「間違いない。私の『能力』が反応してる……というかこの白いの何?」


「知らねえよ。末期症状者の能力じゃねえのか。害はねえみたいだけどよ」


「ミルカの能力だよ」


 困惑しているコウヘイとキクリのそばにミナトが現れて、そう語った。


「どうして分かるんだ?」


「なんとなくだよ。そんな気がする」


 ミナトは収容所中に飛び散る微笑の光に触れてみた。


 指先と接触した光は、風に飛ばされたたんぽぽの種みたいに呆気なく散らばって、消えていく。


 指先で触れた光が完全に消え去るのを見届けた後、ミナトはいつものヘラヘラした笑みを浮かべながらコウヘイ達に視線を向けた。


「今町中で暴れてるのはきっとミルカの妹だ。だからきっと、ミルカも近くにいるんじゃないかな」


「妹ぉ? アイツ妹いたのかよ。つか何人妹いるんだよ。しかも同時に末期症状になるなんてどんな奇跡だ」


「妹は一人だよ。複数体いるのはミルカの妹の能力のせいだ。俺はミルカの妹と前から知り合いだから、能力についても知ってる。彼女の能力は〈分身〉。末期症状になった彼女が、無限に分身を作って多方面で暴れ回ってるんだよ」


「そいつは厄介な能力だな。早く止めねえと。キクリ、緊急事態だ!」


「それさっきアタシ言ったから!」


 ほおふくらませて怒りをあらわにしながら、キクリはコウヘイ達よりも一歩前へと出た。


「ああムカつく。アタシまだアイツに何も相談してもらってないんだけど。これが終わったら絶対に聞き出してやるんだから!」


 キクリは最近疎遠になった雑用係の顔を思い浮かべながら、地面に手を添える。目を閉じて息を整えながら、唱えた。


「〈能力全回のうりょくぜんかい知覚ちかく〉」


 キクリの能力は〈知覚ちかく〉。生物や物体の位置。熱の探知や人の呼吸、些細な動きに至るまで、ありとあらゆるものを認識する。


 その効果範囲は本気を出すと半径五キロ以上は捉えることができる。


 キクリは能力を使い終えると、目を開けてコウヘイ達の方に向き直った。


「分身体は全部で二十二体。これからもっと増えると思うからアテにしないでね」


大雑把おおざっぱでいいから、配置は?」


「十体が此処から西側の第四地区、花の庭園あたり。他の十二体が第六地区の商店街あたりで暴れてる。大体ニ、三体で群れになって行動してるし、図体ずうたいがでかいから行けばすぐに分かると思う」


「分身じゃなく本体が何処にいるか分かるか?」


「一体だけ体温が高くて、周りより足の速い奴がいた。多分それが本体。位置は第五地区と第四地区の間くらい、かな? それとその近くにアイツ……ミルカもいる」


「……そうか。なら、邪魔しない方がいいかな。俺は第六地区の分身を相手にするよ。俺より動き回れるコウヘイはキクリを連れて第四地区を頼む。分身が増えたらその位置を特定して向かってくれ」


「「了解」」


 コウヘイはキクリを抱えて第四地区へと、ミナトは単騎で第六地区の商店街へと。各々の仕事を果たすべく、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊は動き出した。

 



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 私の刀に刺されたハルカが、真っ白な光に包まれながら地に伏せる。


 たったの一撃でちりとなって霧散むさんしていくハルカを見届けていた直後に、私の背後から分身したハルカが二体同時に襲いかかってきた。


 私は刀を振るって、二体とも真っ白な光で包み込んで塵にしていく。その後も絶え間なく分身体のハルカが私に襲いかかってきて、その度に刀でぎ払った。


 どれもたったの一撃で消えていくけど、無尽蔵むじんぞうに湧いてくるからキリがない。分身体はハルカ本体から生み出されているようで、分身体からは生まれないようだった。


 この戦いを終わらせるには本体を倒さなければいけない。じゃないと、永遠に分身の相手をする羽目になる。


 私は軽く地面を跳躍ちょうやくして数キロ先の景色を見下ろせるくらいにまで飛び上がると、本体が何処にいるか隈なく探してみる。


 分身は私の近くだけじゃなく、いくつか群れをして他の町や人にも襲いかかっていた。


 大体二、三体くらいで固まって行動している中で、唯一五体以上の分身を引き連れている集団を見つける。


 先頭にいる個体は他の分身よりも一際素早い動きをしていて、群れを引き連れて収容所の町を蹂躙じゅうりんしていた。


 その先頭個体から新しい分身が生み出された瞬間を目撃した私は、即座にその群れに攻撃を仕掛けようとした。


 すると、地上にいた分身達が四方から私に飛びかかってきた。


「〈能力半回のうりょくはんかい〉」


 私は刀を振り翳して分身達を一撃でぎ払うと、すぐさま本体と思しきハルカを追いかけた。いつの間にか私の体は宙に浮いたまま、生身で違和感なく滑空かっくうしていた。


 自分の能力が何なのかよく分かっていないけど、やろうと思えばどんなことだってできるのかもしれない。


 私は左半身にまとった白い光を地上にらしながら空を駆けて、地上にいる本体を分身ごと叩こうとした。その時、一気に十体ほどの分身が私に襲いかかってくる。


邪魔じゃまっ!」


 いくらぎ払ってもりずに襲ってくる分身達。本体が目前にいるのに、私の生み出した真っ白な光は届いてくれない。


 私が手こずっている間に町は蹂躙じゅうりんされ、周りにいる人達に被害が及んでいる。


 私が、どうにかしないと。私は全身に力を漲らせると、両手で刀を持ってバケモノとなったハルカ目掛けて振り下ろした。そして、こう唱える。


「〈能力全回のうりょくぜんかい〉」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

「斜め右前方二十メートル先に二体。そのさらに百メートル先にもう三体。目の前の片付けたら順番に片付けて」


「了解だぜお姫様!」


「お姫様いうな!」


 コウヘイにお姫様抱っこの仕方で抱えられているキクリが、顔を真っ赤にして憤慨ふんがいした。


 コウヘイの肩を叩きながら、ぶつぶつと文句を呟いている。コウヘイはそれを聞き流しながらだははと笑い飛ばして、キクリを抱えたまま建物の屋根を飛び越えていった。


 その速度はハルカの分身体よりもはるかに速い。キクリの指示通り、右斜め前にいる分身二体のところまでやってくると、コウヘイはニヤリと笑いながら唱えた。


「〈能力半回のうりょくはんかい重圧じゅうあつ〉」


 その時、二体の分身達に衝撃が走り、町を荒らし回っていた巨体を急停止させて地に伏せ出した。


 上から重たい何かに押さえつけられいるかのように、分身達は身動き一つ取れずにその巨体を地面にめり込ませ、重圧に耐え切れず体を消失させる。


 その光景を見届けたコウヘイは、そのまま百メートル先の分身達を倒しに屋根上を飛び越えていった。


「キュィィィィ!」


 コウヘイに気付いた分身達が、雄叫おたけびをあげながら屋根上に飛び込んでくる。コウヘイは分身達の攻撃を華麗に避けると、あり得ない場所に足を着地させた。


 エボルシッカーズを閉じ込めている収容所の天井。硬い鉄と土で塗り固められた茶色い収容所のに、コウヘイはキクリを抱えたまま立っていた。


「ふぅ、あやうくぶつかって死ぬとこだったぜ」


「ちょっと呑気に突っ立ってないでよ! アタシ高所恐怖症なんだって何回言ったらわかるの馬鹿!」


「何言ってんだ。反転してんだからこっちが足場だろ。高いとこになんか立ってねえよ」


「天井に立ってて何言ってんの!? 上向いたらめちゃくちゃ遠くに地面が見えるでしょうが! 逆になっただけでアタシからしたら高く見えるの!」


「悪い、お前が何言ってるのかさっぱりわからん」


「……この馬鹿!」


コウヘイの能力は〈重圧じゅうあつ〉。コウヘイを含めた数メートル周辺の対象に掛かる重力を操作したり、重力のかかる方向を反転させたりできる。


 それとは別に、コウヘイの能力は圧力も操作も可能。コウヘイから繰り出された蹴りや|殴打を、数倍の威力で相手にぶつけることができるのだ。


 ただし、圧力を操作できる対象はコウヘイと、コウヘイに接触された者のみに限定される。


 重力と圧力。この全く異なる二つの力を、コウヘイは一つの能力として扱うことができる。


 二つの性質を併あわせ持つ能力はエボルシッカーズの中でも稀有けうな存在である。


 加えてコウヘイは戦闘能力に長けており、調整を間違えれば大惨事になりかねない重力の操作を感覚だけで精密に行うことができる。


 史上まれに見る奇跡の馬鹿だが、それ故に他者にはない異次元の感覚を持っている。


 コウヘイは収容所の天井を足場にしてのらりくらりと歩き回りながら、本来は地上であるはずの町並みを見上げた。町には三体の分身達が天井に立つコウヘイ達を見上げてえていた。


 コウヘイはそんな三体の分身達を頭上にすると、能力を解除して天井から足を離した。


「ちょ、いきなり。わぁぁぁぁぁ!」


 天井から地上へ急降下していくコウヘイとキクリ。キクリは涙目になりながら、コウヘイの体にしがみついて絶叫した。そんなキクリを大事に抱えながら、コウヘイはとなえた。


「〈能力全回のうりょくぜんかい重圧じゅうあつ〉」


 コウヘイが高速で地上に着地する。およそ六百メートル以上ある高さからの急降下で、それによって発生する衝撃ははかり知れない。


 だがコウヘイは能力によって自身とキクリに加わる衝撃を完全に打ち消していた。それだけじゃなく、周りの建物にも一切の衝撃が与えられていない。


 そこにいた、三体の分身達を除いて。


 分身達の巨体はコウヘイが地上に着地すると同時に宙へと浮かび、収容所の天井めがけて引っ張り上げられた。


 コウヘイが能力で、分身達に掛かる重力を反転させたのだ。


 コウヘイは分身達の体を天井にぶつかる寸前で停止させると、反転していた重力を無にして分身達を宙に浮かせた。


 身動きが取れなくなった分身達に向かって飛び上がり、一発ずつ蹴りを喰らわせる。


 能力により数十倍に増えた圧力が分身達に伸し掛かり、呆気なくぜ散った。ちりとなって消えていく分身達を残して、コウヘイは鮮やかに地上へと足を着地させた。


 そのあざやかな戦いぶりをただ見ていたキクリは、コウヘイに抱えられたままジト目で彼のことを睨んだ。


「アンタって全然仕事ができない無能に見えて、実は超優秀でしたみたいな嫌な感じのタイプよね」


「それは褒めてんのか?」


「褒めてるの。そのくらい分かって、馬鹿」


「今の発言は馬鹿じゃない奴でも分からないんじゃと馬鹿なオレは思うんだが……まあいいや。それで、次はどっちに行けばいい?」


 能天気のうてんきすぎるコウヘイに、キクリは呆れながら指示を出す。


 コウヘイはキクリを抱えたまま屋根上を飛び越えて、指示通りに目標地点へと向かった。その道中で、不思議な光景が二人の目の前をさえぎった。


「なに、これ」


 収容所中に広がっていた真っ白な光。その光が変化していき、見たことのない何種類もの花を咲かせていく。


 本物の花のように甘い香りがするソレは、またたく間に収容所中へ拡散していき、暗い地下施設の気色を根こそぎ書き換えていった。


 あまりに幻想的な光景に圧倒されながら、キクリはソレを生み出したであろう少女のことを思い浮かべた。


「ミルカ、アンタなの?」

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