永久に共に
「セレスティア様! ロアルディオ様も、来てくれたんだ!」
うれしそうに真っ直ぐ駆け寄ってくるアルティオに微笑を返して、セレスティアは「約束したもの」と答えた。彼女は変わらず快活で、全身で喜びを表している。
それからセレスティアの背後に視線を送り、ニッと笑いかける。
「ジョゼフさんも、来てくれてありがと!」
「仕事がなかったからね」
いつぞやに約束したからと律儀に守ってもらえることがうれしくて、アルティオは笑みを抑えきれない様子で、皆をいそいそと陳列棚のほうへ案内した。
セレスティアとロアルディオが興味深そうにアクセサリたちを眺めている背後で、エディだけはジョゼフにしがみついて怖々と遠巻きにしている。獣人族のために硬く作られた道具類には慣れたが、まだ装飾品の類いは緊張するようだ。自分のものなら壊しても自業自得だが此処にあるのは他人様の作品なので、なおさら。
アルティオは獣人が獣人のために作ったものなんだから、簡単に壊れたりしないんだけどと思いつつも、エクルイユの子の性質を知って口出しはしなかった。いつかはアクセサリにも慣れて、気になる作品を手にしてくれたらいいとも願いながら。
「あっ、そうそう。こないだの魔骸騒ぎで魔物の分布が変わったから、新しい素材が手に入ったんだ」
「そうなの? 魔骸って人だけじゃなく魔物にも影響するのね」
「うん。あれって取り憑いた人を壊しちゃうだろ? そうすると、魔物や魔獣を全然怖がらなくなって死ぬまで暴れるようになるんだ。んで、そういう壊れた人を魔物が怖がって、そんな魔物に魔骸が取り憑いて……って増殖していくんだ。それも全部、あの日に浄化されちゃったからさ、それで縄張りが大きく変わったみたい」
「そうだったの……人の街以外も随分変わってしまったのね」
心痛を表に乗せたセレスティアの前に、アルティオがアクセサリを差し出した。
細い金メッキの縁取りに、透明な楕円型の素材。中に小さな花が閉じ込められた、可愛らしいペンダントだ。ガラスではなく特殊な樹脂を使っているようで、触れると僅かに温かな魔力の残滓を感じる。
「でも、悪いことばかりじゃないんだよ。これとか、ずっとあの森で見なくなってた花なんだけど、余所の魔物が種を運んできたみたいで群生地が出来てたんだ」
「素敵……可愛らしいお花ね。白にも見えるけれど、光に透かすと薄水色にも見えて不思議な色合いだわ」
「でしょ? セレスティア様に似合うと思って作ったんだ」
え、と間の抜けた声を漏らしてアルティオを見れば、あっという間に金具を外してセレスティアの首にかけていた。
「お近づきの印。セレスティア様は牙のネックレスとかイメージじゃなくってさぁ。あれとか、そっちのとか、ロアルディオ様になら似合いそうだけど」
アルティオが指した方をつられて見れば、魔物や魔獣の牙や爪などを磨いて作ったアクセサリが並んでいた。どれも素材が持つワイルドな印象を与える作りで、確かにロアルディオのほうが似合いそうに見える。
「ありがとう、アルティオ。こんなに素敵なものを、本当にもらってしまっていいのかしら」
「いいのいいの。あの日、助けてもらったお礼でもあるんだから」
どこまでも真っ直ぐなアルティオの好意に、セレスティアは感極まって抱きしめてしまった。短く「わっ」と驚いた声をあげながらも、アルティオは無抵抗に細い腕の中にいる。暫くそうしていたかと思うと、小さく笑い声をあげてセレスティアの背をふわりと抱き返した。
「えへへ、気に入ってもらえてうれしいよ」
「もちろんよ。大切にするわ」
「このあとは孤児院だっけ? ちびっ子たちによろしく」
「ええ、伝えておくわ。本当にありがとう」
アルティオに見送られながら工房を後にし、二人は孤児院を目指した。ジョゼフはアルティオに剣を教える約束を果たすべく、ロアルディオとエディにセレスティアを任せて、一人工房に残った。
事件のあとは忙しく、顔を出すことも出来なかったのだが。
「セレスティア様だー!」
「あっ、ロアルディオさまもいっしょにいる!」
「ママー! セレスティア様きたよー!」
二人の姿を目にとめるなり、わっと駆け寄ってきて満面の笑みで取り囲んだ。奥に向かって叫んだ子供の声を聞きつけて、養母長のダナエもいそいそと庭に出てくる。
「いらっしゃい、ロアルディオ様、セレスティア様。お変わりないようで」
「ああ。そちらも息災のようでなによりだ」
「子供たちも元気そうで、安心致しました」
「ええ、ええ。元気すぎるくらいですわ。さあ、どうぞ中へ」
ダナエに導かれるまま、二人は孤児院の中に入っていく。子供たちは名残惜しげにしながらも、大人の邪魔をすることなく「あとで遊んでね」と手を振った。
行き先は、孤児院の最奥にある聖堂だった。
「人払いをしてありますから、ごゆっくりどうぞ」
そう言い残して、ダナエは子供たちの元へ戻っていった。
聖堂にはロアルディオとセレスティアの二人きり。だが見上げるほどある星獣王と始まりの姫君を象った彫像が、静かな存在感を放っている。
「いつ見ても素敵なところですね。異なる種族の二人が寄り添い合って……」
「ああ……本当に」
彫像を見上げていたセレスティアの視界の端で、ロアルディオの姿が揺らいだのが見えた。隣を見れば、彼はいつの間にか半獣の姿になっている。
「セレスティア嬢」
そしてセレスティアの前に跪き、白い手をそっと取って。
「始まりのふたりのように、私もあなたと共にこの先を生きたいと願う」
細い指先に触れるだけの優しい口づけをした。
セレスティアの唇が震え、掠れた吐息が漏れる。
想いに応えたいのに、言葉が形にならない。あふれんばかりの喜びが胸で支えて、声をせき止めてしまっているかのよう。
代わりにセレスティアの両目から、大粒の涙が転がり落ちた。
「セレスティア嬢」
「わ、わたくしは……」
か細く揺らいだ声が、絞り出すような音が、静まりかえった聖堂に滴る。
「わたくしは、ずっと、聖女としての価値しかないと……そう、思っていました」
「……ああ」
ぼろぼろとあふれる涙を抑えることも忘れて、想いを吐露していく。
「ロアルディオ様に出会って、聖女の力がなくてもお側に置いて頂いて、わたくしの名を呼んで頂いて……ただのセレスティアを受け入れてくださって……わたくしは、それがとてもうれしくて……」
「ああ……」
涙と共に告白するセレスティアを見つめるロアルディオの目は優しい。
「……わたくしにもお側に置いて頂ける価値があるのだと……いえ、特別な価値などなくとも、ロアルディオ様はわたくしを選んでくださるのですね……」
「ああ」
涙に濡れた双眸が眩しそうに細められ、ロアルディオを見つめる。
「ならばわたくしは、生涯をかけてロアルディオ様のお側におります。愛しい方……美しく気高い、夜のような方……」
「ああ……!」
立ち上がり、ロアルディオはセレスティアの体を抱きしめた。
「ありがとう……私も生涯をかけてあなたの傍にいよう。愛している」
想いのこもった力強い腕は、それでもセレスティアの繊細な体を傷つけない。厚い胸に顔を埋めて、そっと広い背中を抱き返して、セレスティアは幸福を噛みしめる。服越しに、首筋に、背に回した手のひらの奥に、ロアルディオのふわふわの毛並みを感じる。
その姿は、ふたりを見守る始まりの神話の二人のようだった。
追放聖女は獣人王国のもふもふ王太子ともふ充生活を満喫する 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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