第6話 人気が高い孤児院では
デボラとエステルが口減らしのために孤児院に預けられたのは十年ほども前のことになる。一番遠い島と言われるアルメロの孤児院に親がわざわざ預けに来たのは、少しでも子供が豊かな生活を送れるようにという配慮によるものだろう。
同じ時期に入所したデボラとエステルは肩を寄せ合うようにして育って来たのだが、家族に捨てられた日々の中で、孤児だというのに見目麗しいフィルの存在は二人の心の拠り所となっていたのだった。
フィルは四年前から孤児院に預けられているというのに、孤児院の中のことは何でも知っているような大人びた子供だった。彼と同時期にアルメロの孤児院で保護されたのが黒髪、紅目のアンであり、側から見ていても良く分かるほど、フィルはアンの面倒を見続けていた。
朝になると誰よりも丁寧にアンを起こすし、なんなら起こす前には何十分とアンの顔を見ていることさえある。自分の視界に入る場所にアンが居ないと落ち着かないし、すぐさま不機嫌になることから、
「「「「フィルはアンのことが好きなんだな」」」」
と、孤児院のみんなはすぐさま理解することになる。
明らかにフィルはアンのことが好きなのに、
「うるさいボケ」
「うざい」
「迷惑」
と、彼はアンに対して憎まれ口しか叩かない。
そんな憎まれ口を叩かれるアンの方はといえば、
『私はあんたのこと嫌い』
と、口には出さずに態度に現しているところがある。好意が一方通行なのは間違いなく、何年経っても同じような状況が続いているため、成人して孤児院を出て行かなければならない時期が近づいてくると、
「私にももしかしたらチャンスがあるんじゃないのかな・・」
年頃の女子たちは微かな希望を持つようになる。
どうせ失敗すると心の奥底では思っていても、
「フィルが私と結婚してくれたら・・そうしたらきっと幸せになれるはず!」
という思いを消し去ることが出来ない。
領主様とも顔見知りのフィルは、時々、領主様に頼まれて護衛の真似事をしていたりする。そこで得られる収入が結構な額になるというのは有名な話で、
「アルメロ孤児院がこれだけ生活に困らないのも、良く働いてくれるフィルのおかげだと言えるわねえ」
と、修道女たちは口を揃えて言うのだった。
孤児院の経営は女神を信奉する神殿と島を運営する領主様が費用を折半することになるのだが、何処でも経営状況はカツカツなのは間違いなく、足りない費用を補うためにエールやチーズを作って街で売るようなことも行っている。
孤児院によってはエールやチーズを作るだけで手一杯というような状況に陥るところも多い中、アルメロの孤児院がそこまであくせくしないで済むのは、ひとえにフィルが護衛の任務で獲得する収入があるからだ。
この収入が孤児院から独立後は本人の懐に入ることになる。つまりは、フィルともし結婚が出来さえすれば、お金に困らない生活を送ることが出来るということ。
「ああー!フィルと結婚したい!フィルと結婚したい!」
「今日もアンと一緒に薬草摘みに出掛けちゃったみたい。今日はクルトが薬草摘みに誘うって言ってなかったっけ?」
弓矢を用意していたデボラとエステルが問いかけると、短剣を用意するクルトは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「フィルが行くって言っているのに、俺がそれを横取り出来るわけがないじゃないか」
「でも、クルトはアンのことが好きなんだよね?」
「好きっていうか、結婚するならアンみたいな娘がいいなとは思う」
「なんでアンみたいな娘がいいのよ?あの黒髪、紅目が良いだなんて、趣味が悪いにも程があるわよ〜」
デボラとエステルに挟まれたクルトは、
「俺、お前らみたいに気が強い女が好きじゃない」
と、言い出した。
「アンだったら何でも言うことを聞いてくれそうだし、アンが採取してくる薬草って結構な金にもなるだろう?」
アンが採取してくる薬草は結構な値段で取引される。今はその収入が孤児院の運営資金に利用されているけれど、孤児院から独立をすれば、薬草で得た金額は全て自分のものということになるだろう。
「アッセル商会に就職することは決まったけど、俺みたいに荷運びで採用されるような人間は体を壊すことも多いみたいなんだ。だからこそ、嫁にするなら自分が失業した時でも働いてくれるような女性がいいんだぞって先輩に言われて、それだったらアンが丁度良さそうだなって思ったんだ」
筋肉バカのクルトが意外に打算的だということに気が付いたデボラとエステルは、
「「それじゃあ!私たちが協力してあげるわよ〜!」」
今の話を聞いて、即座にアンとクルトをくっつけてしまおうと考えた。
フィルはアンのことが気になって仕方がないようだけれど、実際に気になっているだけで、異性として好きだとか、可愛いだとか、そういった感情を持っているかどうかは分からない。
ただ、ただ、同じ時期に孤児院に預けられることになったアンが気になるだけなら、アンが他の男と交際を始めてようやっと周りの女性(デボラとかエステルとか)に目を向けるようになるかもしれない。
「「クルト!告白するなら末長く幸せになれるという修道院裏にある祠の前で告白したら良いと思う!」」
デボラとエステラはクルトにプロポーズのための花束を買いに行くように街へと向かわせると、自分たちは不在中のクルトの分まで狩りをするために森の中へと入ることになったのだった。
その日は王の鳥とも呼ばれるヒヨクドリを三羽捕まえることに成功したデボラとエステラは、すぐさま換金をするために街へと向かうことになったのだ。ヒヨクドリは小鳥ほどの大きさの野鳥なのだが、美しい飾り羽が特徴的で、王や王妃の装飾品にも利用されることがある。
ウキウキしながら二人が街へと向かっていると、
「ちょっと、お待ちなさい」
と、年若い神官に声をかけられることになったのだ。
街の中で声をかけて来たのは、今さっき港に到着した船から降りてきたばかりのようにも見える、純白の祭服に身を包んだ神官だった。まるで氷の彫像のように美しくも冷たい容姿をした神官は、
「あなたたちが持っているものはなんですか?」
と、言い出した。
デボラとエステラが手に持っているのは弓矢で殺した三羽のヒヨクドリということになるのだが、
「女神の遣いとも呼ばれる鳥を殺害しておいて、無事で済むとでも思っているのですか?」
と、問いかけられた二人の少女は真っ青な顔色となり、滝のような汗をかくことになったのだ。
ヒヨクドリは王の鳥とも呼ばれる色鮮やかな羽を持つ鳥なのだが、エレスヘデンでは女神の遣いとも呼ばれる神鳥で、人の欲を満たすために殺してはいけないと言われている。アルメロのような外郭に位置する島では捕まえてもそれほどとやかく言われることはないのだが、本島から来た神官からすれば非常に罰当たりな行為と言えるだろう。
「あなたたち、もしかしてアルメロ孤児院の子供たちですか?まさかアルメロ孤児院では女神の遣いを率先して殺すように指導を行っているということでしょうか?」
「「いいえ!いいえ!そんなことはありません!」」
孤児院でもヒヨクドリは獲ってはならないと教え込まれることになるのだが、弓矢が得意な二人はヒヨクドリがお金になることを知っていた。だからこそ、捕まえた時にはこっそりと売って、金の半分を孤児院に、残り半分を自分たちで使うようにしていたのだ。
「孤児院が率先して神の遣いを殺していたなら異端審問にも問わなければなりませんね!」
「違います!そうじゃないんです!神官様!どうか話を聞いてください!」
麗しい容姿の神官は本島から派遣されてきた神官のようで、この島に黒髪、紅目の少女がいるという情報を得てやって来たらしいのだが・・
「神官様はまずは密かにその人物を確認したいということなんですよね?だったら、今夜、黒髪、紅目の娘を修道院裏に呼び出しますから!そこでこっそりと確認なさったらどうですか?」
「私たちは神官様の手足となって動きます!だからどうか!異端審問なんかしないでください!ちょっと間違えて捕まえてしまっただけなんです!」
本島からやって来た神官が黒髪、紅目の少女を捕まえようと考えているのなら、アンを悪魔の使いとして拘束するつもりなのかもしれない。
「私たちは神官様に協力いたします!」
「だからお願いです!」
ヒヨクドリを密猟していたことは黙っておいてくれ!そんな二人の訴えは無事に聞き入れられることになるのだが・・
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