第8話  神官の野望

 何故、大人にまで成長した自分たちが子供になってしまったのか。何故、四年の歳月を五回も繰り返さなければならなかったのか。


 女神リールは自分の加護を与えた巫女をこの世に遣わしてくれるのだが、アンシェリークは間違いなく女神に愛された巫女だった。


 人の妬みや嫉みが絡み合い、家族に裏切られるような形となったアンシェリークは死を選ばせられるところだったから、フィルだけでなくアンシェリークまでもが女神の呪いを受けることとなったのだろう。


 ループを五回、二十年の月日が経過する中、大きな変化が見られることはなかったというのに、本島からやって来た神官によってアンシェリークが攫われた。孤児院を抜け出して無数の星が瞬く夜空の下を移動していたフィルは、銀色の月明かりに浮かぶ紺碧の海と、その上を滑るように移動をしていく船影を丘の上から目を眇めるようにして眺めた。


 アルメロの孤児院はブレタ山の麓に位置しているのだが、その孤児院からは離れた高台にアルメロ島を統治する領主の館が建てられている。


 島が攻め入られた際には最後の砦となるのがこの領主の館であり、館まで続く斜面には敵を遮るための壁が幾つも設らえられている。急斜面のその上に邸宅が構えられている為に、港と領主館の間には無数の蛇行をした道が続いている。そのいずれの道にも途中で遮断が出来るような細工が施されているのだった。


「アーノルド・・アーノルド・・」

 木々の間を移動して無数の壁を乗り越えたフィルが、灯りのついたままの窓を外から軽く叩いていると、やがてこの島を統治するアルメロ島の領主が現れた。


 顔中を髭で覆われた大男は窓を開けると、ぴょんと飛ぶようにして部屋に入って来た少年を見下ろしながら、

「フィルベルト、久しぶりだな。その様子だと何かあったってことだな?」

 と、言い出した。


 アーノルドはリェージュ大陸からの敵を迎え撃ったファルマの海戦での勝利者であり、英雄と肩を並べるほどの豪傑とも言われる人である。御年四十才の当主は自分の息子ほどに若いフィルベルトにブランデーが入ったグラスを渡すと、フィルベルトはそのグラスの中の液体を一息に飲み干した。


「アンが神官に攫われた」

「おやおや」

「本島にやってくる神官には気を配るように言っておいたよな?何故、このような事態になっている?」


 大男とまだ年若い少年との逢瀬のはずなのに、少年は目の前の領主を睨みつける。領主は領主で怒られた犬のようにしょんぼりとした。


「島に入って来たのが今日で、その日のうちに何かの行動に出るとは思いもしない。それに今回もまた、同じように時が繰り返されるのだろうと思っていたんだよ」


 アーノルドはフィルベルトの古い仲間であり、時を繰り返すフィルベルトとアンシェリークを外から見守り続けている人間でもある。


「二十年か・・」

 十歳から十四歳を繰り返し続けている朋友をマジマジと見続けていたアーノルドは、

「まあいいだろう、ようやっと時が動き出したということなのだからな」

呼び鈴で執事を呼ぶと、今すぐ船を用意するように即座に命じた。


「今の王家のやり方には俺も飽き飽きしていたんだ。これで時が動き出すというのなら、俺だってそれなりに手伝いくらいはしてやるさ」


「今まで気にもしなかったが、ベルナール王とヘンリエッテ王妃はどうなった?」

「さあね」

 答える気がないアーノルドを見て大きなため息を吐き出すと、

「まあいい、二人とも俺の剣で殺してやるだけの話なのだから」

 と、殺気を滲ませながらフィルベルトは腰に差した剣を引き抜いた。



      ◇◇◇



 アルメロの孤児院から攫うようにしてアンシェリークを連れ出した神官マルクは、眠るようにして身を横たえるアンシェリークの幼い面立ちを見下ろしながら動揺を隠し切ることが出来なかった。


 二十年前までは、エレスヘデン王国には女神リールに認められた巫女が存在した。その巫女が生きているとしたらすでに四十歳となっているだろう。髪色は違えども、尊き巫女と瓜二つの容姿を持つ少女は十四歳。四年前にアルメロの孤児院にやって来て世話を受けるようになったというのだが、本物の巫女が実は生きていて、子供を産んで育てていたということになるのだろうか?


 巫女が崖から落ちていく場に居合わせることになったマルクは当時十四歳で、崖から落下をしていく巫女の姿を目撃している。あの崖から落ちて生き延びるなど到底無理な話だし、万が一にも巫女が生き残っていた場合も考えて丹念に周辺の捜索まで行った。


 結局、巫女を殺して以降、エレスヘデン王国を災難が襲いかかることになったのだが、国を救うべき巫女が再び現れることはなく、大きな罪を犯したということを実感しながら月日だけが経過していくことになったのだ。


 そんなある日、大神官が女神からの啓示を受けることになったのだ。

「アルメロに居る黒髪、紅目の少女こそ我らが待ち望んだ巫女である」

 未だに王国には偽物の巫女が君臨し続けているのだが、王家は未だに排除した巫女こそが本物であったとは認めようともしない。


 未曾有の災害がいつまで続くのかと恐れる中で与えられた女神の啓示に従って、大神官より任命されたマルクは本物の巫女を王宮へと運ぶことになる。

 栄華を手に入れるはずだったのだ。

 偽物を排除して、本物の巫女を王宮に連れて行き、王太子の妃とすることで栄華を手に入れるはずだったのだ。


 だがしかし、排除した巫女こそが本物だった。間違いを犯したと理解した時の絶望たるや想像を絶するものであったものの、ここで挽回をするチャンスを女神はお与えになったに違いない。


「私こそ・・私こそが大神官の座を手に入れるのだ・・」

 そのための礎となる少女が今、目の前にいる。

「大神官こそが神殿の頂点の座と言えるだろう、その座を手に入れてこそ・・女神もお喜びになるはずなのだ・・」


 喜びと興奮を隠しきれない様子のマルクは船室で身を横たえるアンシェリークを見下ろしながら、笑いが止まりそうにない自分に気がついた。今までは間違った方向に進んではいたが、ここで正しい道に戻すことが出来るだろう。


「なあに、好色の王ならば、こんな見窄らしい少女でも食指を動かすのに違いない」

 今度は偽物ではなく本物の巫女を王妃の座に据える。

 そうすれば、マルクが持つ権力がより大きなものへと成長することになるのだから。



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