第5話 それは老後を考えて
「私にだって、黒髪でも良いですよという奇特な船乗りとの偶然の出会いとかあったりなんかして!そこから交際を続けて結婚をして!亭主元気で留守が良い、自由気ままな主婦になるなんてこともあるかもしれないじゃない〜!」
なんていう話を私がすると、
「うん!うん!アンにもきっと素敵な船乗りが現れるよ〜!」
デボラあたりがそんな風に言いながら、
「あんな子と結婚したいと思う奴、現れるわけがないでしょう!ばっかみたい!」
と、裏に回って言っていたりする。そりゃそうだよね、人は見かけで判断する生き物なので、私なんかが結婚出来る可能性なんかあるわけがないのよ。
だというのに私が最近見る夢は、結婚しているのに浮気され、浮気された挙句に殺されるという夢なので、そもそも結婚なんか出来ないだろうっていうのに、結婚に対しての一切の希望とか羨望とかがゼロ状態になっている。
もうすぐ成人となると周りは結婚!結婚!と騒がしくなるのに、私としては結婚なんかしたくない。だって、最初は幸せだったとしても、浮気されて、挙句の果てに殺されちゃうかもしれないんだもんね!
夢の中の私は、海に面した断崖絶壁の上から突き落とされることになる。落ちるときに片手だけ崖の端の端に捕まることが出来たというのに、足で踏みつけられて手を離すことになる。
あんな風に海に落っこちて死ぬことになるのなら、結婚はしなくても良いよねって思っちゃう。所詮は夢の話じゃないと言われても、夢という言葉で片付けられないほどリアルな体感として残るような夢だった。
だからこそ、私は結婚する気は無いのだけれど、
「はあ?それ本気で言っているの?信じられなーい!」
という感じで周りから呆れたような眼差しを向けられる。なんでそんな目で見られるのかが未だに謎なんだけど、生涯独身だっていいじゃない!なんで独身じゃ駄目なわけ?
「それはねえ、人間、死ぬ時に一人っきりだと始末におえないからよ」
ふっくらぽっちゃりのコリー修道女が、にこりと笑いながら言い出した。
「結婚して老後の面倒をみてくれる子供の一人や二人は作っておけって思われちゃうものなの。実際問題、想像してみなさいな?自分が年取ってヨボヨボになって、粗相しても自分では片付けられなくて、汚れるままに死んでいくの。最後の方では食べるためのご飯すら自分では用意出来ないのだもの。想像するだけで怖くならない?」
「コリーさん!重い!話が重すぎるよ!」
重い!重すぎる!子供には重すぎる話だってば!
コリーさんは珍しく大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「アンは浮気が怖いとか、裏切られたら怖いとか、信用ならないとか、最後に殺されたら堪ったものじゃないと言っているけれど、確かに、とんでもない男の人を引っ掛けてしまったらそういう心配も出て来るかもしれないわよね。だけど、まだ起こってもいないことを恐れて結婚をしない道を選んじゃったら、私みたいに老後一人でどうするんだーって周りから物凄く言われるようにもなるのよ!」
「コリーさん!結婚しないと老後になって自分の面倒をみてくれる人が居ないから!それじゃ大変なことになるから!結婚して子供を作った方が良いってことなんですよね?」
「自分に兄妹がいて、その兄妹の子供を自分の子供のように大事にして大きな恩を売るようなことをしておけば、恩を受けた姪っ子、甥っ子のうちの誰かが面倒をみてくれるかもしれないけどね」
「今の世の中でどこの姪っ子、甥っ子がおばさんの面倒までみてくれるというの?」
私たちの話を聞いていたカリナ修道女が疑問の声をあげると、
「みんな自分たちのことで手一杯なのですから、そんな奇特な人がいるわけがないですよ」
と、メル修道女まで言い出した。
「結局、独身を貫くのなら修道女が一番」
「神殿が最後まで面倒をみてくれますからね」
「女神の慈悲は私たち修道女を守ってくれるのですもの、独り身で老後のことまで考えるのなら修道女が一番!」
「それじゃあ!私!将来は修道女になる!成人して孤児院を出て独り立ちをしなくちゃならないけれど、薬草でお金を稼いだら、それを寄進して修道女になる資格が取れるようにする!そうしたら老後は心配ないでしょう!」
あらあらあら、といった様子で三人の修道女は私を見下ろすと、
「自分の老後を考えるのは早すぎるわよ」
「人生乾き切るには早すぎるわ」
「そもそも、アンのことが大好きっていう子が近くにいるじゃない?その子と話し合った末に今後の人生を決めたら良いんじゃない?」
と、言い出したんだけど、
「私のことが大好きって誰ですか?そんな人、居るとは思えないんですけど?」
私の言葉に三人の修道女は大きなため息を吐き出したのだった。
アルメロの孤児院には赤ちゃんから十四歳までの男の子が二十人居るけれど、その中の誰かが私のことが大好きなのだとコリーさんたちは言うけれど、
「アン!俺!アンのことが好きなんだ!」
なんて言われたことはないし、そういう匂わせな態度を取られたことなど一度もない。
デボラやエステルは孤児院の男の子たちといつでも楽しくお話をしているみたいだけど、私は元々男の子が苦手だし、ボッチだし、告白してくれるようなアテなんか一つもないんだけどな〜。
「アン!アンったら!クルトがアンのことを呼んでいたわよ!」
そんなことを心の中でぼやきながら食堂の方へと向かっていると、エステルが私に手招きしながらそんなことを言ってきた。すると、エステルの隣に立つデボラが、
「きっと愛の告白だと思うよ〜?修道院の裏にある祠の前に来て欲しいんだって!」
と、言い出したわけですよ。
アルメロの孤児院は修道院に併設される形で建てられているのだけれど、修道院の方が山の上の方に位置している関係で、暗い坂道を登っていくような形になる。
「修道院裏の祠の前で愛の告白をすると、二人は末長く幸せでいられるっていうジンクスを信じたのかもしれないわね」
と、エステルが私の方を見て、クスクスと笑いながら言い出した。
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