それを愛と呼べるなら
もちづき 裕
第1話
いつでも夢の中に出てくるのは大きな掌だった。大きな掌は容赦なくアンの頬を何度も叩く。その度にアンの体は壁にぶち当たり、全身の骨が軋んで悲鳴を上げる。
「だ**!お***!ま*****!」
何を言われているか分からないけれど、複数人から大声で罵られ、ある時は胸ぐらを掴まれて服を引きちぎられる。
「助けて!助けて!お願い!助けて!」
声の限りで叫んでいると、いつでも小さな手が現れる。飛びつくようにしてその手を掴み、森の中を走って走って・・走り続けたその先には、下に激流が流れる崖が現れる。
ああ、そこで落ちたの。そこで落ちて死んだのだわ。
一人で死んだのか、誰かと一緒だったのかは分からない。
ただ、崖の上の方からは大人の罵る声が響いている。
これがいつの記憶なのかが分からない、もしかしたら自分は生まれ変わる前の記憶を持っているのかもしれない。それともこの記憶は、今の私が持っているはずの記憶なの?
「アン・・アン」
「ううーん」
「アン!起きろよ!アン!」
パッと目を覚ますとフィルの琥珀の瞳が目に入る。
「あ・・私寝坊した?」
「ああ、完全に寝坊しているぞ」
「うっそでしょう!」
飛び起きたアンはわざわざ起こしに来てくれたフィルに頭突きをしてしまう。これが最近のルーティーンの一つになっていることをアンは全く気が付かない。
「ねえ!ごめんって!ごめんなさい!」
「うるさい石頭」
「本当にごめん!最近夢見が悪いせいで寝ぼけちゃうのかもしれない!」
「うるさい」
アンとフィルは推定十四歳、小柄なアンはフィルよりもいくらか年下となるのかもしれないが、みんながそれ位の年齢だろうと思っている。五年前にアルメロの孤児院にやってきた二人には記憶がない状態だったため判断が付かないのだが、とりあえず兄妹ではないかと思われている。二人とも同じように灰色の髪色をしていて、同じように琥珀の瞳を持っているから。
エンスヘデン群島の中の一つであるアルメロは二日とか三日日で島を一周歩いて回れてしまうという程度の島なので、島内に二人の家族が居ないものかと探してみたものの見つからない。
果実は良く実り、魚も多く獲れる群島の中では、孤児や捨て子は他所の島にまで連れて行って捨てる傾向にあるため、アンとフィルの二人も他所の島から連れて来られて捨てられたのだろうということになった。
そういう捨て子を育てるために、それぞれの島には孤児院が一ヶ所程度は設けられている。アルメレ島の領主は慈悲深いとの噂もあるので、その噂を聞きつけた親が捨てたのかもしれない。
「ごめんなさい!コリーさん!私また寝坊しちゃったみたい!」
「いいんだよ!アン!」
修道女のコリーはぽっちゃりとした体型なので、アンを抱きしめるとアンの体がその柔らかい体に埋もれそうになる。
「最近、夜にうなされていることが多いだろう?眠りが浅いから起きるのが辛くなるんだよ」
「ちょっと!アン!あんた起きるのが遅すぎるのよ!」
同じ孤児院で生活をするデボラが怒りの声をあげた。
「あんたの所為で出発が随分と遅れちゃったじゃない!」
「デボラ、遅れたって言ってもちょっとだけだよ」
そばかす顔のクルトが気遣うように声を上げると、
「遅れたのは確かだし、早く行こう!」
短剣を腰に差したフィルが急かすように言い出した。
元々は商家の娘だったクルクル巻き髪のデボラや、両親が流行病で亡くなったそばかす顔のクルトは、自分が十四歳だと知っているけれど、フィルとアンだけは推定で十四歳。この四人組が孤児院での最年長組となり、十五歳となったら独り立ちをする予定でいる。
独り立ちをしたら街で暮らし始めなければならなくなるため、教会で毎日売りに出しているパンやチーズ、エールを街まで持って行くのが四人の役割となっているのだった。
孤児院で暮らしている間に文字や算術、身を守るための剣術は仕込まれるので、四人ともそれなりに剣を使うことが出来るし、
「あああ!大鹿がいたぞ!あれ捕まえられたら一攫千金出来たのに!」
ロバに引かれた荷馬車に乗って出発すると、森の中に見え隠れする獣を見かけては、捕まえたら幾ら、皮を売ったら幾らという話になる。
アルメロの孤児院は島の中央に位置するブレダ山の麓に位置しているため、港町に向かうまでの間は長い坂道を下ることになる。神聖なる山と言われるブレダ山は中腹まで豊かな森に包まれているため、大型の獣が多く生息しているのだが、禁域と呼ばれる場所に入らなければ獣は狩っても良いとされている。
「ああ〜、俺、将来は狩人になって毛皮の卸職人になろうかな〜」
御者台に座ったクルトがそんなことを言うと、
「皮剥が下手くそなくせして何を言っているんだろうね!」
と、デボラが即座に言い出した。
「だったらデボラは将来何になるんだよ?」
「私?私はもちろんフィルのお嫁さ〜ん!」
クルトの質問に待ってましたとばかりに答えたデボラは、フィルの腕に自分の腕を回してベッタリと体をくっつけたけれど、
「暑い・・うざい・・離せ・・」
即座にフィルは自分にくっつこうとするデボラを引き剥がした。
荷台にはデボラとフィルが座り、御者台にはクルトとアンが座っている。
「それで?アンはこれからどうするの?」
「うん?私?」
十五歳で成人となったら孤児院を出て独り立ちをしなければならない。推定とはいえ、十四歳前後とされているアンもフィルも、近々独り立ちをしなければならないのだ。
「まずはお兄ちゃんであるフィルが独り立ちをするとして、お兄ちゃんであるフィルに衣食住をきっちり用意してもらった上で孤児院から移動をするか、そのまま修道女になって孤児院に居続けるかのどちらかだとは思う」
「それじゃあさ、俺と一緒に暮らす?一人で暮らすよりも二人で暮らした方が楽しいと思うしさ?」
クルトが勇気を出してアンに言うと、デボラを置いて御者台へと移動をして来たフィルが二人の間に座りながら言い出した。
「アンの伴侶はリェージュ大陸から押し寄せる軍勢を退けるくらいの男でないと許可できない」
「バッ!お前!それじゃあ英雄シュトルベルクしかアンと結婚出来ないじゃないかよ!」
「英雄との結婚しか俺は認めん」
「わああ!シスコンが過ぎるんじゃないの!」
シスコン、シスコンと大騒ぎをするクルトを後ろの荷台に追いやると、手綱を握ったフィルはアンに対して、
「変な男には引っかかるなよ」
と、言い出した。
「なあ、それって俺が変な男ってこと?」
クルトが文句を言うと、
「確かに!クルトは変な男だよ!」
と、デボラが笑いながら言い出した。
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執着系男子がヒーロー新しく連載なのですが、二十話くらいで終わりたいな〜と思っております。
あっさりさっくり、楽しめる作品となるよう努力します!!でも、名前間違え、誤字脱字あるかとも思います。懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
本日18時にもう一話更新します!
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