第2話 結婚に夢を見るな
「朝からすっごく気分が悪いんだけど・・」
食器の片付けをしていたデボラがため息を吐き出すと、
「本当!本当!なんで朝から結婚に夢を見るなみたいなことを言われなくちゃならないわけ〜!」
と、エステルが食器を洗いながら憤慨した様子で言い出した。
アルメロの孤児院は、島の中央に位置する神聖なる山とも呼ばれるブレダ山の中腹に位置している。そのため、孤児院全体が豊かな森に包まれているため、孤児院では伐採した森の木々を使って食器や彫刻を作って運営資金の足しにしているし、孤児院で使われる木製食器は全て子供たちが作った手製のものということになる。
アルメロ島は27ある島の一番外郭に位置する島で、リェージュ大陸との貿易の拠点にもなっているような島だ。男の子であればリェージュ大陸と行き来する商船の乗組員として働くことも多いし、女の子であれば結婚をしてアルメロで所帯を持つか、近隣の島へ出稼ぎに行くかのどちらかになる。
「お前たちはフィルが良い!フィルが良いって言うけど、フィルがお前たちなんかと結婚するわけがないだろう!」
厨房まで薪を運んで来たクルトが胸を張りながら言い出した。
「俺なんか優良物件だと思うんだけどなあ!だって俺なんかさ、孤児院を出たらアッセル商会の商船に乗ることが決まっているんだからさ!」
アッセル商会はアルメロ島の領主様が所有している商会のことで、給料が高いことでも有名だ。力自慢のクルトは荷運びをするのに即戦力になるのは間違いない!そんなクルトをジロリと見たデボラとエステルは、
「筋肉バカは嫌い」
「顔中に散らばったそばかすが嫌い」
と、一刀両断にして切り捨てた。
「あのアッセル商会に就職が決まっているんでしょう!」
私には二人がバッサリ切り捨てる意味がよく分からない。
「クルトだったら真面目だし!浮気をしそういないし!お給料は良いし!船に乗っている間は亭主元気で留守が良いって言うし!修道女様たちが言うところの、すっごい優良物件に入ると思うのに!」
冷たい水で食器をじゃぶじゃぶと洗っていた私が思わず声を上げると、デボラとエステルが睨みつけるような眼差しで私を見ながら言い出した。
「「だったらアンがクルトの嫁になれば良いじゃない!」」
ああ〜、嫁〜って、私は心の中で思いましたとも。
嫁ねえ、嫁、もしも万が一にもクルトの嫁になったとしたら、二人は筋肉バカって言うけれど、クルトは実直過ぎて浮気しそうにないし、他に見向きもしなさそうだもん。クルトが私のことを好きになってくれたら、それは幸せな明るい未来があるんじゃないかなっとは思います。
アルメロ島には船乗りの妻が多いので、夫が無事に帰って来るのを願う歌とか、夫の居ない日々を寂しく思う歌とかを、奥様たちが針仕事をしながら歌うのが日常の一ページだったりするんだけど!船に乗ったら長期間夫が居ないので、気を使わなくて良いお気楽な日々が続くことにもなるのだそうです!
夫が船に乗っている間は、夫の食事の用意?必要なし!夫の衣服の洗濯?必要なし!夫が不在の間は家計を助ける(自分のお小遣いを稼ぐ)ためにのんびり働いて、悠々自適な日々が待っているってわけですね!
「いいじゃん!いいじゃん!すっごくいいじゃん!船乗りの妻!とってもいいじゃん!」
「いやいやいや!アンがそんなことを言ってくれるなんて」
はしゃぐ私と驚き慌てるクルト、そんな私たちの姿を見ていたデボラとエステルが、
「「キャハハッハハハッ!」」
と、笑い出した。
「っていうかさ、アンが結婚とか無理じゃない?」
大笑いしたデボラが涙を拭いながら言うと、
「無理!無理!アンには無理だって!」
と、エステルが腹を抱えて笑いながら言い出した。
そんな大笑いする二人に背に、クルトが気まずそうに私の方を見ている。いや、気まずそうに見なくてもクルトが私と結婚とかそんなの無理だって分かっているし!キャアキャア笑いながら私の方を見るデボラとエステルなら、誰でも結婚したいと思うんだろうけども!
「デボラやエステルだったら、たとえ孤児院内で結婚相手が見つからなくても、外に出たらすぐに素敵な伴侶を見つけられると思うもんね!羨ましい!」
はあ、本当に羨ましい。
いいな〜、いいな〜、本当に良いな〜、美人はいいな〜。私なんてこの黒髪と紅目じゃ誰も選んでくれないよ〜。
そんな思いを込めて二人を見ていたわけなんだけど・・
「はあ?何が羨ましいって?うちらのことをバカにしているの?」
「何こいつ、本気でムカつくんだけど」
と、デボラとエステルのイライラが爆発した。
「うちらがここで結婚相手を見つけられないって断言しているんでしょ?」
「バカにしているんでしょ?うちらのことを!」
「へ?バカにしている?なんで?」
「待て!待て!待て!ストップ!」
険悪な雰囲気に耐えかねたのか、クルトが間に入るようにして言い出した。
「アン!今日は薬草を摘みに行くって言っていただろ?後はやっておくからお前は外に出る準備をしておけよ」
「え?いいの?」
「いい!いい!」
親切なクルトは私に逃げるように言い出したため、食器を洗っていた私は慌てて厨房の外へと飛び出した。
デボラとエステルの怒りの声が廊下にまで響いてくるけれど、私、何か悪いことを言ったのだろうか?ただ、ただ、羨ましいって言っただけなのに。
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