第2話

 エレスヘデン群島の一つであるアルメロ島は群島の外郭に位置する島であり、聖なるブレダ山が豊富な地下水を蓄えてくれる関係で、イクセル海を航海する船の寄港地としても有名な場所でもある。


 大型船も寄港できるように領主が港を整備しており、リェージュ大陸からエレスヘデンの王が住むアルンヘムまでの中継都市のような役割を担っている関係で、島で生産される果物や家畜の肉などは高値で取引されるのだ。


 孤児院から毎朝届けられるパン、チーズ、エールは領主が経営する宿泊所に卸されることになっており、アルメロ孤児院のエールは味が良質だとして非常に人気が高い。だからこそ、まだ朝だというのに美味いエールを求めて酔っ払いが宿泊所の近くを彷徨いていることが多いのだが、

「おい、坊主ども、すぐにそこに積み込んでいる荷物をここにおろして行け!」

 そんなことを言い出す集団に囲まれるということも良くあること。


「アン、手綱持っていてくれる?」

「うん」

 御者台から宙返りをして高々と飛んだフィルは、一番強面の男の肩の上に飛び降りると、拳をその男の頭上に振り落とす。



「むぐううう・・」

 フィルの拳を脳天に喰らった男が泡を吹いて倒れる間に、クルトが投げてよこした棍棒を片手に縦横無尽に動き出す。


 フィルに足払いをされた男はそのまま頭に棍棒を喰らったし、後ろからフィルに襲い掛かろうとした男は棍棒を鳩尾に喰らって激しく嘔吐をした。剣を引き抜いた男は、棍棒で下から叩き上げられて剣が何処かに飛んでいってしまったし、そうこうしている間に男は鼻血を吹き出して失神した。


 港には荒くれ者が多いので、これくらいは出来なければ積荷は到底守れない。だからこそ、港への搬入は年長組の役割ということになっている。


「悪い、時間を食ったよ」

「ううん」


 御者台に乗り込んできたフィルに手綱を渡したアンは、倒れている男たちを見下ろしながら言い出した。

「うちのエールってそんなに美味しいんだね?だったら私、成人したらまずアルメロ孤児院のエールを飲んでみたい!」


 リェージュ大陸の国々では子供でもエールを飲むと話には聞いているが、エレスヘデン群島では子供はエールを成人になるまで飲んではいけないということになっている。果実酒は良いけれど、エールはダメ。それは何故かというのなら、エールは教会の関連施設でしか作れないことになっているから。子供に飲ませる分があったら自分がエールを飲みたいと、どんな大人だって思っている。


「それじゃあ、アンの成人の誕生日プレゼントは孤児院のエールな」

 フィルの言葉にアンはハッと我に返る。

「嫌だ!誕生日プレゼントがエールなんて嫌だ!」

「なんでだ?コリーさんに頼んでエールを用意して貰おうと思ったのに」

「なんで自分ちで作ったエールが誕生日なの?しかも成人だよ?」


 荷台で二人の話を聞いていたデボラは、アンの誕生日なんて孤児院で作るエールで十分だと考えていた。いつでも何処でもアンの隣にはフィルが居るけれど、二人が兄妹だというのなら近々フィルの隣に立つのはデボラになる。


「ねえ、クルト、なんでさっさとアンを自分のモノにしちゃわないの?」

 じゃれつくようにお喋りをしている御者台の二人を眺めながらデボラが問いかけると、クルトは顔を真っ赤にして言い出した。

「そんなに簡単なもんじゃないんだって!」

 そう、そんなに簡単な話ではないのだ。だってアンの側には四六時中フィルが居るのだから。



     ◇◇◇



 焦茶色の髪の毛の男女の子供と灰色の髪の毛の男女の子供。粗末な服を着て粗末な靴を履いて、それでも飢えているようには見えないことから孤児院での保護を受けているのだろう。


 子供たちだけでロバに荷車を引かせて港までやって来るのを神官マルクが眺めていると、人品が明らかに悪い男たちが荷車を取り囲むようにして現れる。

「おい、坊主ども、すぐにそこに積み込んでいる荷物をここにおろして行け!」

 濁声で大声をあげた大男は、この集団のリーダーとなるのだろう。子供達が港まで持って来た積荷を奪い取る気でいるのはすぐに分かったし、マルクはすぐさま止めようと前に進み出たのだが、

「うわっ!」

「ぎゃあっ!」

「うわああああっ!」


 御者台から高々と宙返りをした少年は、それこそあっという間に無頼者の男たちを倒してしまったのだ。灰色髪の少年はまるで舞うように棍棒を奮っているのだが、一欠片の隙すら見つけることが出来ない。


「ああ、ああ、またやっとるわい」

 通りかかった老爺が呆れた様子で声を上げたので、マルクは老爺に飛びつくようにして尋ねた。

「お爺さん、これがいつもの光景みたいなことを仰っておりますが、良くあることなのですか?」


「良くあると言えば良くあること。船乗りの中には賃金も格安の契約奴隷みたいな者もいるからの、子供を襲って身ぐるみを剥いでしまおうと考える奴もいるし、襲って茂みに連れ込んでやろうと考える奴もいる。あの子らは孤児院の子だからそういった奴らを相手にするのは慣れているんじゃよ」


 エレスヘデン群島の何処の島にも孤児院の一つは用意されている。


「はあ・・孤児院の子どもたちなのですか、それにしても凄腕なんですね」

「フィルは特に腕が立つ、妹のアンを守るのに必死なのかもしれないな」

「妹がいるんですか?」

「ほれ、御者台に女の子がいるだろう?あの子がフィルの妹だろうと言われている」


 マルクは御者台を見て、思わず仰け反るようにして驚いた。髪色が灰色の汚らしい子供が御者台に座っているように見えたのだが、よくよく見れば、その顔は片田舎にある島の子供とは到底思えないほど整っている。


 滑らかな頬に形の良い鼻、慈悲の心を表す花びらのような唇の下には小さな顎があり、まつ毛が影を落とすように長く、琥珀の瞳がキラキラと輝いているように見えた。


「なんてことだ・・」

 マルクは彼女に似た顔を見たことがある。

「ヘンリエッテ様にそっくりじゃないか・・」


 ヘンリエッテとはシャリエール伯爵家の娘のことであり、彼女は聖なる力を持っていたのだが、妹の死後、その力を失ったのだと言われている。


「これは・・レオン様にお知らせしないと」

 ヘンリエッテは妹の死後、悲嘆に暮れすぎたが為にその聖なる力を失った。聖女が不在となったエレスヘデン群島は女神リールの加護を失い、大きな災いを感じさせる予兆をひしひしと感じているような状態だったのだ。


 新たに聖なる乙女が誕生したというのなら、神殿としては命に代えてでも保護をしなければならない存在なのだから。




   *************************



ただいま『悪役令嬢はやり気がない』の続編『悪役令嬢は王太子妃になってもやる気がない』も毎日連載しています!!よかったら暇潰しに読んで頂けたら嬉しいです!

こちらの作品は毎日18時に更新します!!

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