いろり3

あれから、ちょくちょく僕は先輩と二人で囲炉裏に行く事が増えた。



「あぁ~、癒されるぅ」と目の前でだらしなく膝まで出して足湯に足をつっこんでいる先輩を見て僕も足湯を頼む事にした。


お酒を楽しみに来たはずなのに、ここはお酒以外のサービスも充実していて。



足湯用木桶に、どうやら庭から出ている温泉をくんだものらしい。

僕も、先輩を見習って膝まで足をつける。


温もりと共に、じんわりと足裏から熱が上がってきて。声こそ我慢したが、たまらなく心地いい。


先輩も、初日の様な酔いつぶれる事はなくなった。



おかげさまで、僕も梨野先輩というオプション付きでこの温泉やご馳走を楽しめる様になった。


モチも、パエリヤも、センベイも。とにかく、食べるものが美味しい。


怪しいものが出てきても、初回のぬか漬け程のインパクトはなく。「取り敢えず、頼んでから決めよう」という事が出来る程度には慣れた。



若干生足は刺激が強いが、それもこうして自分も足をつっこんでいると酔っている事もありしばしぼーっとしているうちに忘れてしまっていた。



先輩に誘われて、何度も先輩と足重なく通ってすっかり僕も虜になってしまった。



温かな光と、隣の部屋の音さえ襖をしめていれば僅かに聞こえる程度。



「本当に、いい所だな」「知ったきっかけは、最悪だったけどね」


足湯につかりながら、先輩が微笑みかけて来た。



ふと、忘れる事ができていた生足が眼にはいり慌てて。視線を上に向け、微笑みかけてくる先輩の顔から下がなるべく視界から消える様に努力をし。


「ほら、後輩君。食べよ食べよ。今日は、折角カニを頼んだんだし。早く焼かないと」


先輩が急かす様に、皿に並んでいるカニの脚をトングで指した。



「先輩、奮発したな」思わず、顔がにっこりなるのが自分でも判る。



「今日は、記念すべき日だもの。それに、割り勘で~す」


「先輩、誕生日だっけ?」


むしろ、誕生日は来ないで欲しいわよと苦笑しながら違う違うと言った。


「後輩君と、ここに二人で通う様になってから今日で半年記念よ♪」


あっ……、言われて思わず気がついた。道理で、もう寒くなって来た筈だ。



外を見ると、白い雪がちらちらと。



初めてここに来た時から、ずっと先輩とこの囲炉裏で色んなものを焼いてきて。


酔いつぶれた、先輩の世話まで焼いたのは今でもちょっとした拍子に思い出す事もある。


「ささ、早く早く♪」そういうのなら、自分でトング持ってるんだから自分でやればいいのにと思いながらも。「はいはい……」といつも通りの返事をしながら網に並べていく。


「カニは、弱火でゆっくりやるのがポイントなんだよ。強火でやると、焦げたりするし。身が膨らんで来たら食べごろだったはず」


「後輩君、詳しいのね」「昔、親父がお歳暮で貰った高いカニをそれでパーにして。母さんすっごい怒ってたから」



先輩は何とも言えなさそうな表情で、「ドンマイ」とだけ言ったが。

僕は、「過ぎた事ですよ」と肩を竦めた。



僕と先輩が、この囲炉裏に来る時はこうしてたわいもない話をしながらオツマミらしいものを焼きながら話をするだけだ。



もう、お互い疲れ切っているはずなのに。

時間ができると、二人でここに居る。



「どうせ、私は家に帰っても似たような事やってるからね。風情は全くないけれど」と先輩がこぼす。



「具体的に、どんな感じなんです?」とうっかり聞いてしまった。


「それ、聞いちゃう?。引かないでね、まず帰り道にアルコール度数の高い缶のお酒か、缶ビールを三十秒くらい悩んで買うでしょ。それもって台所に行って、ご飯をレンジでチン。同時にフライパンを温めて、肉を焼きます」


うんうんと、先輩が話始めた話を聞いていた。


「その肉は、安い時に買っといた奴。ちょっとづつ食べては、冷蔵庫へって感じね」


ぱっと手をあげる藤村に、「はい、後輩君!」と梨野が指を指した。


「先輩、野菜は?」「高いじゃない」


?を浮かべながら、再度藤村は手をあげた。


「はい、後輩君!」「つまり、酒と肉とレンチンご飯でフィニッシュ?」


「はい、よくできました♪」と満面の笑顔の梨野。


「もしかして、台所で立ったまま酒とフライパンの火をとめてそっから皿も使わずダイレクトに焼肉のたれとか入れてる?」



「そうだけど?」思わず天を仰ぐ藤村。


「先輩、風情とかじゃなくて全然似てないから。焼いて食う所だけしかあってないから」

「そういう、後輩君はどうなのよー」人差し指で藤村のほっぺたを触りながら尋ねた。


「僕も似たようなもんですよ、疲れ切ってますからね。ただ、野菜はちゃんと食べますし皿にもちゃんと盛り付けますし。洗い物もしますけど」



「後輩君、偉い!」「偉いとかじゃなくて、自分がそうしたいだけですって」



「ほら、先輩。カニ食べごろですよ」そういうと、藤村はトングで梨野の皿に焼けたカニ脚をのせた。




「おぉ~、身がふっくらしてて美味しそう♪」嬉しそうな姿を見ると、どうでもよくなって藤村は追加のカニの脚をゆっくりと焼き始めた。



「後輩君、私ね。短冊にお願いは書かなくなったけど、お願いがなくなったわけじゃないの」


憂い顔の先輩が、囲炉裏の灯りに照らされていて。


「例えば、どんなよ?」と藤村が聞いた。


「君の名字を、梨野にする気はない?」



「ぶふぉ!」ちょうど食べかけた熱々のカニの身が口と鼻を昇る。


「先輩、そういう冗談は……」


「冗談……、私は結構本気だったんだけどなー」



(全く、ずるいなぁ)



藤村は真剣な表情をして、梨野に向き合うとこう言った。


「名字、藤村にしません?」


その言葉に、一瞬きょとんとなる梨野。


そして、少し耳にかかった髪をいじりながら。


「何よ、それ」とだけ言って横を向いてしまった。


「それじゃ、あんまり変わらないじゃない」と拗ねた様に梨野は言うが、「同じ部署で脈無しで告白して気まずくなったらどうすんです。僕は嫌ですよそんなの」


だから、ずっと黙ってたんですよ。最初に飲みに誘われた時は思わずこう、ばれない様にガッツポーズしてたし。と髪をいじっている梨野に言った。


「もー、何よそれぇ」


なんか、めっちゃ怒ってる様な……。


「じゃあさ、今度は飲み屋以外にもどっか行こう?」

「どこ行くんです?」


「僕は、ここ好きですけど」と自分が今座っているたたみの部分を指さしながら言うと。「私は、そもそも飲み屋と競馬場と競輪場とボートレース場しかしらないし」


藤村が思わず目がきょとんとなって、「僕は、ドルドルの街とかしか出かけないからなぁ……」とぼんやり呟く。


「海外?」

「ゲームです、海外旅行に行ける程もらってないですし」

「それも、そうよね」


「楽しいの?」

「今度、一緒にやってみます?」


二人とも、最後にタイミングよく顔を見合わせた。


「今度、パンフレット一杯並べて二人で選びません?」と藤村が言えば。

「そうね、お互い休日は特定の場所しか行ってなかったみたいだし。それがいいわ♪」


囲炉裏に照らされて、明るく笑う二人。


「二人で決めた場所なら、長く歩かせるなんて~って怒られる事も無さそうですし」

「何よそれ」「友人の初デートの時に彼女にそれで怒られたらしいんですよね」


「あー、うん。リードされたい様な娘ならそうかも、私はほら、ギャンブル場で慣れてるから」と頬をかきながら言った。


「僕は何とも言えないんですが、ギャンブル場って歩くんです?」

「最近はアプリとかもあるけど、パドックとか見たいし。ギャンブル場の近くは歩いて行ける所に食べ物屋の名店が多いのよ」


後は、チェーン店でない場末のスーパー何かの駐車場に二畳位でぽつんとあるようなとこの当たりは安くて美味しいお店が多いのと梨野がオーバーアクションで藤村に説明する。


成程と藤村が考え込んで、「じゃ、いろりみたいな良い店が一杯あるんです?」と尋ねれば。「あるわよー、いくら丼専門店の赤い真珠でしょ。人一人がギリはいれるような路地の奥にあって。他には、細い階段昇った先に扉だけあるようなトコでルージュって店があるんだけどスナックかと思ったらうなぎ屋だったりとか……」と説明を饒舌に始めようとした所で。「あっ、そういうのも含めて次の時に教えて欲しいです」


今日は、いろりでカニを楽しみましょうよ♪と焼けたカニを梨野の皿にトングで置いた。「それもそうね♪」それだけいうと藤村が置いたカニをつついてほおばり「ん~♪」と舌鼓をうった。


「ほら、僕たちの始まりに乾杯」「奥手の後輩君の為に、リサーチしとかなきゃ♪」

「潰れない程度にお願いします、僕も色んな所のパンフとか集めときますよ」


お互い、会社帰りに楽しく飲んではいるけれど。疲れて倒れるだけの休日以外は、久しぶりだと笑った。


それで、囲炉裏を挟んでこうして相談して……。



こうして、僕たちの関係は変わった。

二人で、こうして癒しを求め。この囲炉裏を挟んで、こうしてこの先も笑うのだろう。



カニの焼ける音を聞きながら、お互いの顔も焼いた様に赤くなっていた。





(おしまい)

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いろり めいき~ @meikjy

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