第19話 「私の過去」
ガラス窓に遮蔽されて小さくなった車のクラクションなどの環境音が、三人の居る静まり返った室内に僅かに聞こえてくる……。
そんな中、逢澤と柊木の二人は睦美が話し出すのを粛々と待っていた。
「少し長くなりますが、私の過去から話さないといけないですね……」
「過去って……入社する前の事だよね?」
「はい。正確にはそれより前になります。すべての始まりは大学生の時でした。友達に誘われてネット上のとあるゲームサイトで遊ぶようになったんです。初めての経験だったこともあって、楽しさの余り依存するようになりました……」
徐々にではあるが場の空気が重くなるのを感じた二人は、睦美を前に聞くことに徹するかのように押し黙ってしまう。
「しかしながら、右も左も分からない初心者の私は知らないうちにマナー違反を犯してました。そんな私が困っているのを見て助けてくれた人がいたんです。その助けてくれた人が西宮さんと槇本さんの二人です……。そして、私が変わりたいと思うきっかけになった人達でもあります」
二人を見つめ真剣に話す睦美の顔に影が見え始めていた。今から話さなくてはいけないのは、自分でも触れたくない過去の出来事……。当然ではあるが、平静を装って話せることではない。睦美が膝の上に作ったその拳は強く握られていた……。
「二人と知り合ったことで、そこでの時間が生活の中心になっていきました。一緒に遊ぶ知り合いも増え、ついにはゲーム実況を配信してみたりなんかもしました。気付けば、そこに出来た自分の居場所に当然のように居座って楽しむ日常を送っていたんです……あの日が来るまでは……」
「あの日……? それが睦美の日常を大きく変えた日ってこと?」
「はい、そうなりますね。その時点で私は27歳になっていて、就職もして社会人をしていました。そんなある日にオフ会と称して西宮さん達と会う約束をしたんです、それがあの日の一週間ほど前でした。そこで会う約束をしていたのが西宮さんと槇本さん、そして白石さんというゲーム内で知り合った方の三人でした」
「……あのぉ、お話の途中で申し訳ないんですけど……オフ会って何ですか?」
言葉の意味が分からなかった柊木が、小さく手をあげながら申し訳なさそうに聞いてきた。彼女なりに睦美のことを理解しようと必死なのが伝わってくる。
「オフ会というのは、インターネット上で知り合った人が実際に会って交流することなんです。オフラインミーティングの略称になりますかね」
「会ったことのない人といきなり会うんですか⁉ 私には無理だなぁ……」
「確かに直接お会いしたことはないですが、普段からゲーム内やSNSを使ってお話はしてますからそこまで気にはならないですよ。あの時もそうでした……、いつもお世話になっていたので直接会えることを楽しみにしていたんです……」
睦美は何かを思い出すかのように視線を少し上げて遠くを見つめていた……。
そんな話の途中に出来た間が、これから話す内容の重要性を示唆しているようだった。勘のいい逢澤はそれを察したようで、姿勢を直しながら睦美を見つめている。一方で柊木は先程見せた申し訳なさそうな素振りから一変して、身体を乗り出し気味に話に耳を傾けていた。
「……でも、当日にお会い出来たのは西宮さんと槇本さんだけでした。白石さんからは何の連絡もなく、結局その日にお会いすることは出来ませんでした……。そして白石さんとはそれ以後も一切の連絡が取れないまま、ネット上からも姿を消してしまいました……」
「何かあったって考えるのが自然だねぇ、その白石って子に……」
「はい、私達もそう考えてSNSで必死にコンタクトを試みましたが、まったくダメでした……。そんな中で一週間後にあの日を迎えることになります……私が全てを失ったあの日を……」
「えっ! 全てを失ったって……一体何があったんですか……」
柊木は想像していた以上の言葉の重みに驚きを隠せないまま、少し震えた声を絞り出していた。それと同時に、語る睦美の顔には完全に影が落ちていた。それでも語り進めるしかないのだと、心配そうに見つめる逢澤と柊木に「大丈夫だよ」と健気な視線を送る……。
「オフ会を終えた翌日から仕事が忙しくなり、ゲームサイトにログイン出来ないままあの日を迎えました。仕事を終えて帰ってきてから、久しぶりにゲームサイトにログインしたんです。その瞬間から一斉に罵声を浴びせ続けられました……『偽物!』、『どろぼう!』、『ななみんのID返せ!』と身に覚えのない言葉の連続でした……」
「――! なんだいそれ! 意味が分かんないじゃない!」
「はい、まったく意味が分かりませんでした。一体何が起こっていたのか……それを調べてくれたのが西宮さんと槇本さんでした。私は怖くてログイン出来なくなってましたから……。お二人が言うには、私のサブIDを名乗る人がメインIDを盗まれたと言いふらしていたそうです」
「……ちょっと待って、さっきの連絡が取れなくなった白石って子の件とタイミングが合いすぎてない?」
「それに関しては、私も同じことを疑いました。ただ、一切の連絡が取れなくなってしまっていて、真相を本人に聞くことは叶いませんでした。それと同時にゲームサイトの運営に調査依頼を出しました……、結果はIDに何の問題も無いので対応出来ませんとのことでした」
「そんな……ひどいです! 七瀬さん、何も悪くないじゃないですか!」
「――落ち着きな、柊木」
いきなり椅子から立ち上がり、怒りの声をあげた柊木を逢澤がなだめて落ち着かせようとしてくれていた。感情的になって怒りを見せてくれる柊木と、寄り添い聞き続けてくれる逢澤の二人が親身になってくれることが睦美には嬉しかった。
「ありがとうございます、柊木さん……。ですが、あの後私は一番やってはいけない行動を取ってしまったんです……。私は……私は……西宮さんと槇本さんも疑ってしまったんです……」
「「――!」」
涙目で話す睦美の言葉を聞いた逢澤と柊木は、さすがに驚いたようで目を丸くして止まっている。疑われるようなところは一切感じないない二人だっただけに、その言葉を聞いた彼女達の衝撃は想像以上で理解に苦しむものだっただろう。
「……どうしてその二人を疑ったんだい? 聞いてる限り疑うような部分は無いけど……何か理由があるんだよね?」
「無いんです……疑った理由なんて。自分でも後になって後悔しました……でも、その時は誰かのせいにしないと自分が壊れそうで怖くて……八つ当たりみたいな感じだったのだと思います。それから私は完全に塞ぎ込みました……。そんな自分が許せないのと同時に他人が怖くて、気付けば人間不信に陥ってました……」
「……なんで……なんで七瀬さんが……。なんでそんな思いをしないといけないんですか……、何も悪くないじゃないですか……なんで……」
「柊木……」
柊木の涙腺は崩壊していた……。自分も過去に辛い思いをしてきているだけに、その自分の意志とは無関係に降りかかる火の粉の怖さを知っているからだろう。
そんな柊木を優しく抱き寄せて落ち着くのを待つ逢澤の姿を見つめながら睦美は、あの時本当は西宮にこうして欲しかったのかもと思いを馳せるのだった……。
アラフォー七瀬は君と惰性で生きることから卒業します! 紀洩乃 新茶 @shinchanokisetsu
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