アイの代名詞

秋待諷月

アイの代名詞

「テレパシー世代」。西暦二〇三〇年代以降に生まれた僕たちを、一部の大人はそう呼んでいる。からかい半分、残りは妬みの現れなのだろうと、僕らは憐憫と嘲笑を込めて言う。

 時代はウェアラブルからセミ・インプラントへ。頭蓋に穴を開けることなく正確に脳波を読み取ることが可能になった非侵襲型デバイスは、ついには通信機能も兼ね備え、今や一人一台の常時装着が当たり前だ。

 機械を介してネットワークにダイレクト接続することで、人は己の考えを声や文面に起こすことなく、他人へ直接送信することが可能になった。もちろん、いわゆる「心の声」をそのまま垂れ流すわけではなく、ある程度まとまった情報として整理した上で特定の対象に向けて送るものであり、受け取る側も受信の可否やタイミングは自由に選ぶことができる。災害時のSOSといった緊急事態を除き、メッセージの送受信ができるのは相互登録者間のみで、そのあたりの感覚は従来のコミュニケーションツールとさほど変わらないだろう。

 最大の違いは、メッセージの作成から整理・宛先選択・送信に至るまでの全手順を、指や口や目に頼ることなく、脳内だけで完結させなければならないことだ。

 古のデバイス時代であれば、手指を駆使してのボタン押下やキーボード入力で。次には発声による命令で、さらには視線計測アイトラッキングで。人は、脳から体の各部へ指令を出し、物理的な動作を伴わせることで、はじめて現実世界に影響を与えることができる。これは機械操作に限らず、日常生活におけるあらゆる動作に共通するものであり、その唯一の例外こそが「思考・想像」だったのだ。

 ――BMIブレイン・マシン・インターフェース通信、俗に言う「マシン・テレパシー」が実現するまでは。

 デバイスに内蔵されたAIは有能な秘書だ。人の脳波を読み取り、本来であれば喉や顎へ送られる電気信号を捉えて音声として再現し、そして文章へと翻訳する。言葉のみに留まらず、例えば視覚イメージは画像、聴覚イメージは音データに変換し、デジタル信号に再構築する。例え思い浮かべたイメージが具体性を欠いていたとしても、ネット検索により自動補完されるため、抽象的な情報がそのまま送信されることはない。

 よって、マシン・テレパシーによるコミュケーションに問題が生じるとすれば、それは大概にして、人間の側に問題がある。




『アレ取ってくれ』

 ダイニングテーブルの対面に座る父から送られてきたMT――「マシン・テレパシー」の略称――の受信を承諾すると、僕の頭の中に展開されたメッセージがそれだった。

 朝七時。食卓には父と母と大学生の僕、三人分の朝食が並ぶ。口の中で白米を咀嚼しながら僕は正面の父を見た。俯いたまま執拗に納豆をかき混ぜる父と、僕の視線は交錯しない。ただでさえ寡黙な父とは、僕が第二次反抗期を迎えた頃からほとんど会話をしなくなった。それは僕の反発心が落ち着いた今でも解消されていない。喧嘩をしているわけではなく、揃って不器用なのである。

 そんな父子にとって、目を合わせる必要が無く、第三者に内容を聞かれる恐れも無いMTは、発声会話よりは幾分か気楽なコミュニケーション手段だ。

 それはいいのだが。

『アレって?』

『アレだよ、アレ』

 無言で送ったメッセージに無言で返信が寄越される。僕は半眼になって、ゴクンと米を飲み下す。

 ――アレアレ症候群、というものがある。

 専門的には「語健忘」といい、主に人の名前などの固有名詞が咄嗟に出てこなくなり、代わりに「あれ」「それ」といった指示代名詞を多用してしまうものだ。日常生活に支障を来すようになれば深刻だが、父の場合は名称の想起自体を怠けている節もあり、年相応の老化現象の範疇を出ないだろう。

 問題は、MTを介しているにも関わらず、父からのメッセージが「アレ」という指示代名詞のままであるということだ。

 人間は、何をするにも訓練が必須である。

 幼少時にインプラント施術を受け、物心がついたころには日常的にネットにダイレクト接続していた僕たち世代にとって、脳内でのデバイス操作など息をするも同然だ。メッセージは頭で思い浮かべるとほぼ同時に送信できて当然であり、視覚イメージもAIがデータに変換しやすいよう、特徴だけを捉えてシンプルに想像することが習慣づけられている。

 だが、脳の成長が終わってからインプラントを施された非テレパシー世代は違う。デバイス操作には未だ苦戦を強いられ、メッセージの誤送信などは日常茶飯事。そもそも脳内でのアウトプットが下手なためにイメージはあやふやになりがちで、例えば複数の動物が合成されたカオスな画像を人に送りつけてしまうといったアクシデントも少なくない。

 そして父は元々、致命的に想像力というものが欠けている。今、そんな父の頭の中に存在しているのは恐らく、「アレ」という言葉そのものだけだ。

 どうやら父は、「アレ」の外見も特徴も思い浮かべることなく、条件反射のように欲している「アレ」なるものを、ほぼ無意識のうちに僕に要求しているようなのだった。

 父からは一方的かつ淡々と「アレ」という二文字だけが送りつけられてくる。これはもはや文字ではなく、「アレ」という字面画像の乱れ打ちだ。優秀なAI様は、父がイメージする「アレ」が指示代名詞ではなく、固有名詞の一種だと判断したらしい。というか、職務を放棄して丸投げしたらしい。「アレ」とは「アレ」ですね、分かります、と。

 僕の脳内に押し寄せる「アレ」の大群。AIすら解析を諦めた父の頭の中が、僕に分かるはずもない。下手をすれば父自身も分かっていない可能性すらある。脳内ワークスペースを「アレ」に占拠され、メモリ不足で思考停止する僕に、容赦無く襲いかかる父からの追い討ち。

『だからアレだって』

「いやだから、アレってなんだよ!」

 思わず口に出して僕が叫ぶ――よりも早く、静かに立ち上がって僕の背後の冷蔵庫を開いた母が、無言で食卓にキムチを置いた。




 Fin.

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