第79話 海に潜む存在
先ほどの名乗り方からして、貴族だと気づかれなかった可能性は十分にあり得る。
「そんな大きな家はいらないよ」
「ん」
ヴェリは一人で、モニカは三人。
屋敷の大きさからすると一人も三人もそう変わらない。ヴェリとモニカに必要な大きさではないし、管理できる大きさでもないだろう。
「アンナ、二人が屋敷を管理するための人員を出せるか?」
「厳しいと思います。イルゼ、どうですか?」
「今すぐに人を出すのは無理にございます」
イルゼの否定に悩む。
ホルスト卿も街が落ち着くまでは厳しいと申し訳なさそうに言う。
「ヴェリとモニカは普通の家でいいと言いそうだが、それは帝国貴族としてまずいか……」
「ええ。イルゼ、とりあえず一緒に住んでもらうのはどうでしょうか?」
「人を出すのは無理ですが、屋敷の中であれば問題ありません」
外に管理するための人材を出すのは無理だが、家の中にヴェリとモニカが来るのならどうにかなりそうだ。
ホルスト卿も同じ屋敷に住むので問題ないと言う。
「ヴェリ、モニカ。それでいいか?」
「いいよ」
「ん」
ヴェリに関してはオレと一緒に行動することが増えそうだし、モニカは街中に住んでいては農業ができなさそう。
今は仮の家として、今後のことはまた考えよう。
話がまとまったところでホルスト卿が話しかけてきた。
「皆様、港の予定地である海の様子を見にきませんか?」
「庁舎のことはいいのですか?」
「我々が最優先する必要があるのは、港に関することです」
「そうでしたね。分かりました、案内をお願いします」
庁舎を出て海へと馬車で向かう。
馬車の窓から街の風景を見ていると、海に近づくほど建物の種類が変わっていることに気がついた。窓のない大きな入り口のあるレンガの建物。
「ホルスト卿、外の建物の見た目が変わりましたが、これは?」
「海の近くには倉庫を多く建てております」
「なるほど。倉庫でしたか」
倉庫群を抜けると、海に程近い場所で馬車が止まる。
馬車から降りると、エンデハーフェンに来てから感じていた強い風と共に、海の匂いを強く感じる。
風が吹いている方向を見ると、景色が一気に広がる。
陸は複雑な地形ではあるが弧を描くように続いている。海洋へと続く海は、南向きに近い南東方向に広がっている。
青く透明度の高い南国の海。
そして海洋から真っ白な波が港予定地へと打ち寄せている。
「波が高すぎませんか?」
「日によって違いますが、これでも他の海岸に比べると低い方なのです」
「これで?」
「ええ」
港の制作が進まないわけだな。
「船は問題ないのですか?」
「船はこの程度であれば問題ありません」
川の渡し船を考えると船を出したくないが、川で使う船と海で使う船は違う。大きさはもちろんだが、川で使う渡し船は船底が平面に近く、安定性に劣る。
喫水となる、水中にある船体が多いほど船が安定するのは当然だが、水の抵抗も受けることになる。速度を出すため波が高くない場所では喫水の少ない、平面に近い船を使って速度を出す。
使う場所によって、船を使い分けるのが普通だ。
「船は問題なくとも、人はそうもいかず。波の少ない日を選んで作業するしかありません」
作業が進まないわけだ。
重機のない中、人力での作業は大変だと予想ができる。時間をかければできないことはないだろうが、何年かかるかわからないというのも納得。
「水深は問題ないと聞きましたが」
「ええ、一部を除いて問題はありません。浅い場所はありますが、掘り起こす労力を考え、今回はそのまま残す予定です」
掘り起こせと言われなくて安心した。
周囲を観察すると、海の近くまで地面が舗装されているのがわかる。一部は海まで続いているが、一部でしかない。
月日を考えると、もう少し進んでいてもおかしくない気がするのだが……。
帝都で聞いた話や、ユッタが見せてくれた報告書を思い出す。
「ホルスト卿、魔物が出ると聞いていますが」
「海竜に分類されるシーサーペントですね。大きく獰猛です」
「どの程度の大きさか分かっているのですか?」
「正確な大きさは分かっていませんが、最大が二十メートルを超える巨体であろうと推測されています。大きさの割には比較的浅い場所を好むようで、湾内に入り込んできます」
海竜と言われているが、皇帝陛下からすると竜種ではないとのことが報告書には書き込まれていた。竜種であるドラゴンのように頭が良くないため、意思の疎通での解決は不可能だとも。
倒し切るか追い払うしかない。
「海から陸に上がってきたりは?」
「幸い今のところはありません」
質問してから気づいたが、陸に上がってくるようなら街も作れないか。
いや、むしろ陸に上がってきてくれた方が、倒せる可能性があったかもしれないな。水中の敵は人間が戦うには不利すぎる。
「シーサーペントは比較的浅い場所を好むとはいっても、巨体ゆえにそこまで近づいてはきません。そのため人的被害がほぼないといっていい状況です。しかし、シーサーペントが現れた場合、何が起こるかわからないため、作業を止めざるえません」
「単純に作業員も怖いでしょう」
「ええ、常に見張りを立たせていますが、常に避難できるようにしているため作業の進みが遅くなっています」
巨大な魔物相手と考えれば作業が進んでいるだけいいと言えるが、急いでいる状況ではそうもいってられない。
「シーサーペイントがやってくるのは乾季となります。雨季にもきているかもしれませんが、雨季は元々あまり作業ができませんので関係ありません」
「エンデハーフェンには乾季と雨季があるのですか?」
「はい。年中暑いため寒いという意味での季節はありませんが、雨季が春と秋にそれぞれ二ヶ月ほど続きます」
年間を通して四ヶ月近い雨季か。
どの程度の雨季かわからないが、雨が降っては港を作る作業は難しいか。
「雨季に大雨はありますが、強風を伴う台風のような大嵐となることがないのが救いでしょうか」
そういえば、赤道付近には台風が発生しないと聞いたことがある。
ヴァイスベルゲン王国というか、この世界で台風らしき嵐に遭遇したことはないが、ホルスト卿は台風に遭遇したことがあるような言い方をしている。グリュンヒューゲル帝国に台風はあるのだろう。
アンナと以前に、北半球と南半球で季節が変わる話をした。季節が入れ替わるのであれば、同じように台風が発生してもおかしくはない。
「台風が来ないのであれば、港を作るには絶好の場所といえますか」
「ええ、その予定でした」
湾があって、台風が来ない。
二点だけでも、ここに港を作ろうとするのも分かる。
ここまでの好条件であれば、シーサーペントを倒すのに転生者を呼び寄せてもいい気がするのだが? シーサーペントは別に魔法眼以外でも倒せる気がする。
「ホルスト卿、なぜ他の転生者を呼ばなかったのです? シーサーペントなら他の魔眼でも倒せたのでは?」
「一匹であればそのようにしたでしょう」
一匹であれば……。
「何匹いるのです?」
「毎年生まれていますので正確な数は分かりません」
「生まれて……?」
「少々距離があるのですが、シーサーペントが産卵に使う場所があるのです」
産卵……。
顔が引き攣っている自覚がある。
倒さなければいけないシーサーペントの総数を考えたくはない。
だがまだ希望はある、蟲以外の魔物はそう数が多くないと聞いた。
「蟲以外の魔物は数がそう多くないと聞きましたが」
「海の魔物は例外が多いようでして……」
「……シーサーペントは数が多いのですか?」
「はい……」
次の更新予定
2024年9月21日 12:00 毎日 12:00
魔眼の転生者 〜忌避された者たちは、かけらの希望を渇望する〜 Ruqu Shimosaka @RuquShimosaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔眼の転生者 〜忌避された者たちは、かけらの希望を渇望する〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます