第78話 エンデハーフェン
オレが求められたのは庁舎の執務室で仕事をすることではなく、オレが動いて港をどうにかして完成させること。
ホルスト卿の言うことは正しい。
「長官をホルスト卿から取り上げるようで申し訳ない」
「気にする必要はありません。むしろ私は皆さんの到着を待ち望んでおりました」
「待ち望む?」
想定していた反応とは随分と違う。
ホルスト卿は深く頷いており、待ち望んでいたことが真実であるというような様子。
「はい。私がエンデハーフェンに来たのは十年前。港の問題を抜きにすれば、着任三年目あたりまでは順調だった気がします。しかし、それ以降は庁舎で働く役人が増員されなくなり通常業務すら怪しい状態が続いています」
帝国に来てからの流れから、なんとなく察せられる。
ヴァイスベルゲン王国の問題がここまで影響しているのだろう。申し訳ないというか、何をしているのだろうと呆れるというか……。
ホルスト卿の話は続く。
「正直に申しますと、今の状況では何年かければ港を作れるかと先の見通せない状況です。ですがゲオルク卿が来たことで一気に人員が増え、魔眼の持ち主が三人も補充された。しかもゲオルク卿は皇帝陛下の代理人たる地位まで持っておられる。皆様の力があれば港を作れると皇帝陛下が考えておられるのでしょう」
ホルスト卿の皇帝陛下の采配を察する能力はすごいというか、長官に命じられるだけあって非凡な才能を有しているのだろう。その才能をもってしても港作りが難航していたのが怖いが……。
「それに副長官とはいっても、皇帝陛下の代理人をなさっているゲオルク卿の下であるため、出世となります。体面としても心配していただく必要はありません」
下がっているように見えて、実際は上がっているのか。
ホルスト卿がオレのために嘘を言っている可能性もある、ユッタに本当なのか後で尋ねておこう。
「長々と私一人で語ってしまいました。実務の分担などの引き継ぎは明日以降といたしまして、今日はお休みください。屋敷にご案内いたします」
急ぎやるべきことは終わったようで、ホルスト卿が家となる屋敷に案内してくれる。
建物は屋敷と呼ぶに相応しい大きさで、他の建物同様にレンガで作られている。中の調度品はやはり少ないが、最低限生活できるだけの家具は配置されているようだ。
オレとアンナは別々の屋敷を用意されていたが、同じ屋敷に住むよう変更した。ホルスト卿はオレとアンナの関係を知らなかったようだ。
エンデハーフェンに到着した次の日。
庁舎に向かう時間を聞いていなかったと思いながら、早めに庁舎へと向かおうとする。
「そういえば、ホルスト卿にヴェリとモニカを紹介していないな」
「そうですね」
「合わせないといけないな」
呼びに行こうと言おうとして、二人がどこにいるか知らないことに気がついた。
「……どこにいるか知らないな?」
「そうですね」
ホルスト卿から案内された屋敷にはオレとアンナ、イナたち侍女や執事が揃っている。
昨日オレにも屋敷が用意されたということは、ヴェリとモニカにも屋敷がありそうだが、どこにいるのかはさっぱりだ。
どうするかと迷っているとイルゼが声をかけてきた。
「ヴェリ様とモニカ様がどこにおられるかは配下のものが把握しております。私がお連れいたしますので、アンナ様とゲオルク様は先に庁舎へとお向かいください」
「分かりました。イルゼ、任せます」
オレとアンナは、イナとエマヌエルの二人だけを連れて庁舎へと向かう。
最低限の人数で行動するのは、屋敷を整える人員を残すため。
庁舎へと着くと、ユッタが入り口で待っておりホルスト卿の元へ案内してくれる。
ホルスト卿は執務室の移動のためだろう、部屋を片付けていた。
「ホルスト卿」
「ゲオルク卿、アンナ卿。休めましたか?」
「ええ、十分に」
ホルスト卿がアンナにも執務室を用意していると、部屋に案内してくれた。
「アンナ卿、こちらの部屋はご自由にお使いください」
「ありがとうございます」
部屋はオレが使う執務室よりは小さい。
小さいとはいっても、オレが使う執務室が大きすぎるだけで、十分以上の大きさはある。
部屋は今まで誰も使っていなかったからだろう、物は特に置かれていない。見た目は少々寂しい。
話をするには向かない部屋であるため、オレが使う執務室へと戻る。
「ヴェリ卿、モニカ卿にも執務室はございます」
「二人にもですか?」
「叙爵された方には個室の執務室を用意するのが恒例ですので」
二人は使わなさそうだと思いながらも、そういうものかと納得する。
「ユッタはゲオルク卿の副官として長官室で執務を致す予定です。ゲオルク卿よろしくお願いいたします」
「部屋の主がユッタになりそうだ」
オレの発言に、ホルスト卿は苦笑を浮かべている。
港作りという求められている役割を考えると、部屋にいても作業は進まない。ユッタには迷惑をかけそうだ。
「ユッタ、いろいろ迷惑かけると思うがよろしく頼む」
「お任せください」
執務室でしなければいけない仕事は、ユッタとホルスト卿に任せることになりそうだ。皇帝陛下の代理人として指示を出すのも二人に尋ねることになりそうだな。
「ゲオルク卿、私とユッタは知らぬ相手ではありませんので連携についてはご安心ください」
「ユッタとホルスト卿は知り合いだったのですか?」
ホルスト卿も元は役人だったと考えると、知り合いであっても不思議ではない。しかし、この広大な帝国で知り合いというのもなかなかの確率な気がする。
「短い間ですが部下でした」
「ユッタはループレヒト卿の部下でしたが?」
不思議と同時にループレヒト様と呼びそうになって、卿としっかりという。
「ループレヒト卿は私の元上司です。新人だったユッタをエンデハーフェンに連れてくるのは流石に気が引けたため、ループレヒト卿にお任せしたのです」
元上司と部下、そういう関係か。
なのでループレヒト卿はユッタをオレたちにつけたのか。
「失礼いたします」
イルゼが部屋に入ってきた。
イルゼの後ろにはヴェリとモニカがついてきている。二人を連れてきてくれたようだ。
二人はホルスト卿と挨拶を始めた。
「ホルスト・フォン・ボックと申します」
「ヴェリです」
ヴェリの後ろにイルゼがさりげなく近づき、耳元で何かをささやいている。ヴェリは何かに気づいた様子。
「ヴェリ・フォン・クレーです」
「よろしくお願いします。ヴェリ卿」
ヴェリが名乗り直すと、ホルスト卿は何事もなかったように返した。
モニカが名前を名乗らないなと見ると、モニカがイルゼをじっと見ている。イルゼは何か察したのか、モニカの耳元でささやく。
「モニカ・フォン・ブルーメ」
「モニカ卿、よろしくお願いします」
「ん」
モニカは多分、自分の姓を忘れたな。
オレは帝都で散々人と会って名乗っていたため流石に姓を忘れはしないが、名乗る違和感はまだある。しかし、ヴェリとモニカはあまり表に出ることはなかった。そのため、二人が名乗り忘れるのは理解できる。
「ヴェリ卿とモニカ卿にも執務室がございます」
「必要ないよ」
「いらない」
「使わなくともかまいません。あると覚えておいていただければ十分です」
「分かった」「ん」
やはりいらないと二人は言い返したが、使わなくていいという言葉に納得した様子。
一応二人の部屋となる執務室にも案内したが、二人は見回して終わり。
使うことはなさそうだな。
「ヴェリ卿とモニカ卿には屋敷をご用意いたします」
「屋敷」
「屋敷」
ヴェリとモニカの声が見事に重なった。
もしかして、貴族だと名乗り忘れて皆と一緒の借りの家に泊まったのか……?
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