第77話 ヴィント州
帝都を出発して三ヶ月。
魔物に襲われることもなく、旅を続けられている。
三ヶ月の間に年を越しており、こちらの世界でも新年は派手に祝うこともあるのだと知った。
ヴァイスベルゲン王国の冬は生き残るための冬であり、年越しを派手にする余裕はない。年越しより、収穫祭の方が重要な行事となっている。生きるために必死になる必要がある国だ。
冬といえば、今は真冬のはずだが季節は逆戻りして真夏の気温になっている。
上着を着なくなって久しい。
風が強いためまだ許容できる範囲だが、雲がほとんどない青い空は暑さすら感じる。雪国出身のオレたちは暑さで倒れないよう、休憩や水分補給を定期的にしている。
昼を過ぎて随分と経った時、そろそろ街が見えるはずだとユッタが教えてくれる。
緩やかな丘を越えると街が見えてきた。
「ヴィント州、エンデハーフェンです」
まだ港町ではないが、今後港町となる予定の場所。
街の奥には青い海が広がっている。さらにその奥には陸地が見えるので、湾になっているのだろう。その割には海の波が大きいのが気になる。
「本当に城壁を作っていないんだな」
「帝都のように城壁が意味のないものになる可能性が高いと予想されるため、周囲の魔物を狩り尽くす予定です」
「何回聞いても豪快な計画だな」
ユッタが説明した計画は事前に聞いていたが、魔物の強さを考えると驚きの方法。蟲ではないのでできる計画のようだが、普通の都市はしたくてもできないことではあるらしい。
港は帝国でも重要な場所になると予想されるため、人員を投入する価値があると計画書には書かれていた。
オレたちの隊列が徐々に街に近づくと、街の前で多くの人が待っているのが見えた。
ユッタに先行しようと言われ、オレとアンナはいく人かの護衛とともに前に出る。
近づくと、髭の生えた男性が前に出てきた。髪と髭が白いため、まるでヤギのように見える髭だ。
「ようこそヴィント州、エンデハーフェンへ」
「お出迎え感謝いたします。わたくしはゲオルク・フォン・エルデ」
「アンナ・フォン・カムアイスです」
「ゲオルク卿、アンナ卿、お待ちしておりました。ホルスト・フォン・ボックと申します」
街を任されているホルスト卿が、直接出迎えてくれるとは思ってもいなかった。
しかし、自分の名前に名字があるというのは違和感がすごい。貴族同士だと様ではなく、卿や閣下と呼ぶようにとユッタやアンナに教わったが、それもまた違和感の原因となっている。
「ヴェリとモニカの挨拶は後ほど」
「承知いたしました。皆様を街中央の広場へとご案内いたします」
案内のために出てきてくれたようだ。
街の中に入ると、建物が真新しいのがわかった。
まだできて間もない街なのだと理解する。
建物は帝都のようなレンガ作りで、四階建てだろうか? 帝都との違いは、窓が大きく風が通りやすいように設計されているのがわかる。
「将来の人口増加に備え、空き家は多く存在いたしますのでご安心ください」
「感謝いたします」
ホルスト卿は、オレが建物を観察していたのを家の心配だと思ったようだ。
帝都で聞いた都市計画では、すでに二千人以上が移住しても問題がないほどには発展しているとは聞いていたが、実際二千人近い人間が一気に増え、住む家が足りるのかと心配はしていた。しかし、街の規模を見るに杞憂だったようだ。
エンデハーフェンは攻められることを一切想定していないようで、入り組んだ細い道などなく、きれいに区画が分けられている。効率重視の街であると一目でわかる。
道もレンガが引かれており、道の幅はかなりのものだ。
ホルスト卿について歩いていると、街の中であればどこからでも見えそうな一番大きな建物を目指していることに気づいた。
建物に近づくと全体が見え始める。
建物は邸宅と呼ぶには大きすぎ、宮殿と呼ぶには小さすぎる。貴族の邸宅、もしくは役所というのが正解なのだろうか。ゼーヴェルスの砦として使える建物とは違って、窓が大きく優雅な作りだ。
建物の前には大きな広場が存在した。
「この広場で一時的な建物へとご案内いたします」
「一時的?」
「はい、今から適切な建物への案内は間に合わないと考えております。家族構成を聞き取り、順番に適切な建物へとご案内いたします」
夕方が迫ろうとしている時間で、二千人を適切な建物に案内するのは無理か。むしろ何日かかけて案内すべき事柄だろう。
ホルスト卿以外の、出迎えてくれた人たちが馬車に近づいて案内を始めた。
「ゲオルク卿、アンナ卿。ヴィント州庁舎へと参りましょう。ゲオルク卿の着任とともに、ヴィント州の管理を引き継ぎいたします」
ユッタからもすぐに着任すべきだと助言をもらう。
愛馬のヘルプストを預け、オレはホルスト卿に続いて庁舎へと入る。
庁舎の中は意外に質素というか、物が少ない。
「お恥ずかしい限りですが、庁舎の中を充実させる余裕がまだありません。少々お見苦しいところはご了承ください」
「いえ、気になりませんが、庁舎はできて間もないのですか?」
「庁舎が現在の状態になったのは三年前でしょうか。建物は将来を考え大きく作っており、まだ完成していない部分もございます。完成していないとはいえ、雨漏りなどはございませんのでご安心を」
ホルスト卿は笑いながらそう言った。
ホルスト卿は白い髪に白い髭の威厳のある顔つき。オレより随分と年上だと思っていたが、意外に若いのかもしれない。
「庁舎はまだ完成していないのですか」
「はい。港の建設と、人が住む住居を優先していたため、庁舎は執務ができる部屋だけ作り、あとはゆっくりと作業しております」
「完成しても部屋の使い道がありませんか」
「ええ、その通りです」
それにしては空き家となっている住居は随分と多いように思えるが、人が増え続ける想定だったのだろう。
実際二千人もの人が追加されたのだしな。
立派な建物に似合わないほどの質素な廊下を歩き、立派な扉の前にたどり着く。この部屋の前だけ庁舎の外観にあっている。
扉が開くと、中はゼーヴェルスで皇帝陛下の親書を受け取ったような、一段高くなった場所がある部屋が見えてくる。
窓が大きくあるのが違うだけで、他の作りはほとんど同じなのではないだろうか。
一段高くなった場所まで近づき、式典のやり方をホルスト卿とユッタから教わる。
「ゲオルク卿、始めましょう」
「はい」
一段高くなった場所に上がると、ホルスト卿と向き合う。
「ホルスト・フォン・ボックは、ヴィント州の管理をヴィント州長官、ゲオルク・フォン・エルデへと委譲する」
「ホルスト・フォン・ボックからの委譲を承認する」
形式的なことは終わり。
高くなった場所を降りると部屋を移動しようとするが、ユッタが皇帝陛下からホルスト卿への親書があると教えてくれた。親書を渡すのにまたこの部屋に来る必要があるため、今やってしまうことに。
新書を渡したあとは、ホルスト卿の案内で再び部屋を移動する。
次の部屋は執務室のようで、部屋には大きな机に、壁には本棚が並んでいる。
「実務としての引き継ぎは今後考えるとして、長官に必要なものは全てこの執務室にあります。一部の私物は撤去いたしますので、他は全てゲオルク卿へとお譲りいたします」
「ありがとうございます。ホルスト卿はこれからは?」
「私の肩書はヴィント州副長官となりましたが、やることはそう変わらないだろうと予想しています。ゲオルク卿は執務室での作業より、実際に港を作ることになりますでしょうし」
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