第76話 帝都を出立
ヴィント州へと出発する。
流石に皇帝陛下からの見送りはないが、手紙をもらっている。道中の安全を祈る言葉と、港を頼むと短く書かれていた。皇帝陛下からの手紙にしては短すぎる内容。しかしそれが逆に皇帝陛下らしいと感じる。
皇帝陛下と会った回数は多くないが、印象に強く残る人だった。
旅の準備ができた状態で、貴賓館ヒムベーレの前に集まる。
日々風は冷たくなっていく、秋はもう終わりかけている。
「ラファエラお姉様、ヒムベーレをお願いいたします」
「館の管理は任せて。気をつけるのよ」
「はい。いってまいります」
「いってらっしゃい」
見送りのために連れてきたラファエラ様の子供、ラースとララをアンナは抱きしめて別れを惜しんでいる。
ラースは七歳の男の子。ララは二歳の女の子。
二人ともアンナと同じような金色の瞳に、アンナとは少し違う黄色がかった緑色の髪をしている。
アンナは二人にまた会いましょうと別れを告げ、シュネーへと騎乗する。
オレたちもアンナに続いて馬へと騎乗する。
最近忙しくて預けたままだった愛馬のヘルプストは、久しぶりなので機嫌が悪いかと心配したが、そうでもないようで安心した。
百五十頭以上の馬に騎乗したものたちが並ぶ姿は迫力がある。
オレたちが帝都へ来たときは三十頭だった。後から馬車とともに来た百頭以上の軍馬は、帝都では下手な場所に預けられないと、全て帝城内に入れられた。
馬たちを操るため、ヒムベーレには百人を超える兵士たちが集まっている。
「いってまいります」
「お気をつけて」
アンナの別れの挨拶と共に先導する馬が走り出す。
ラファエラ様、ラース、ララ、貴賓館ヒムベーレの侍女や執事たちに見送られ、帝城の広大な庭園を西へと向かう。
最初に入ってきた門は東側だったが、城壁には西側にも門がある。
城壁の門を出てすぐの風景は東側とそう変わらず、貴族が住む邸宅が立ち並んでいる。その中をゆっくりと隊列が走っていく。
すぐに帝都の密集地域となるため、隊列は帝都内を歩くような速度で移動する。事前に通ることは通知してあったため、隊列は止まることなく進んでいく。
帝都を抜け西への道を進むと、大量の馬車が列をなしている。
「すごい数だな」
「二千人ほどにまで膨れ上がりましたから」
「カムアイスの民だけではなく、帝都から送り込む人員も同時に移動とは聞いていたが、実際に見るとすごい数だとしか感想が出ない」
馬車が二百台以上用意されている。
帝都の役人はヴィント州へ送る人をもっと増やすつもりだったのが驚きだ。しかし、これ以上は歩いて移動させることになると、今回は諦めていた。国を運営する役人は足りていないが、労働する人手は大量にあるようだ。
人の数もすごいが、馬の数もすごい。
全部の馬車が2頭引きであるため、馬車だけで四百頭を超えている。オレたちが騎乗している軍馬も合わせると、馬だけで六百頭近い。
「馬車と馬だけだが、まるで進軍しているようだ」
「この規模の移動はあまり見る光景ではありませんね」
馬車は数が数なこともあって、二百台もの馬車を待たせる場所もなく、事前に出発させている。
オレたちは馬車の前方に回り込む。
オレたちと共にくる軍馬に乗った兵士もいるが、馬車の後方に残る兵士もいる。馬車を護衛するため、兵士たちは二手に分かれている。馬車の横についたほうが護衛としてはいいのだが、今は交通量が多すぎる。
馬車が立てるガラガラという音を聴きながら、西へと進む。
西へ進むこと数日。
今日はシュネーに乗って、アンナと二人乗りをしている。
馬車と同じ速度で移動するのが軍馬には遅すぎるようで、落ち着かなくなってしまうようだ。馬車の移動に常に一緒だったイルゼから、二人乗りをして人間が重りがわりになればいいと教えられた。
街道の周囲は森ではなく、農地であろう土地が広がっている。
今は秋の終わり。収穫が終わった農地は何も実っていないため、寒々しい。
「しかし、帝都の西側は人の往来が本当に少ないな」
「ええ、ユッタがいうにはまだ多い方とのことでしたが」
「帝都東側と比べると半分以下だな」
二週間から三週間くらいは交通量が多いと聞いていたが、すでに減ってきている。それでもヴァイスベルゲン王国と比べれば人の往来は多いのだが、帝都にたどり着いた時の人の多さに比べると本当に少ない。
「あ」
アンナが何かに気づいたかのように声を上げた。何があったのかと近くにいるアンナを確認すると、右斜め後ろを見ているようだった。
オレも斜め後ろを確認する。
そこにはアルミンとイナが二人乗りをした姿が見た。二人は楽しげに喋っているようだ。どこか初々しい。
「うまくいっているようで何よりだ」
「ええ」
周囲を見回すと、アルミンとイナのような雰囲気を出している人が多くいることに気づいた。兵士たちの亡命は家族単位、元々夫婦だった人もいるのだろう。しかし、アルミンとイナのように初々しい雰囲気を出している人も多い。
ヴァイスベルクの森では皆から貪欲に生き残るという強い意志を感じたが、今はそんな空気はない。帝国にたどり着いてから、まだ半年も経っていないというのに不思議なものだ。
「だが今の方がいいな」
「何がですか?」
皆の雰囲気が変わったことをアンナに伝える。
アンナは周囲を見回してから、頷いた。
「今の方がいいです。皆、今日を生き残る意思ではなく、もっと先を向いて生きています」
「先。……確かに先だな」
今日明日の今を生きるという死に直結するような考えでなく、これからどう生きるかという、希望や夢のある未来。
一ヶ月も移動を続けると人の往来がほぼなくなった。
街道はきれいに保全されているため、見回りはしっかりとされているのはわかる。変わった点は帝都から離れたためか、農地は都市部の周辺にしかなくなっている。今、街道の両脇には森がある。
森もまた日本の南に見られるような、木の密度の高い森へと変わってきている。
「森から魔物が飛び出してくるのが怖いな」
「はい。ヴァイスベルゲン王国とは違い、森の見通しが非常に悪いです」
ユッタから西に行くほど、魔物と遭遇する確率が増えると注意を受けている。
この二千人を超える大集団を襲う魔物は少ないと予想されているが、偶発的に出会ってしまった場合、戦闘が起きる可能性は捨てられない。
「だが、ここまで暖かいと魔物も食べるものには困らないだろうな」
「ええ、私たちを無理に襲う理由はなさそうです」
帝都を出る時点でわかっていたが、随分と気候が違う。
ヴァイスベルゲン王国であれば雪が身長以上に積もって身動きが取れない時期なのに、今移動している地域は雪が積もっていない。厚着をしすぎると暑すぎるほど。
「南西方向へ進み始めてから、暖かさが増していくな」
「ユッタはまだ暖かくなると言っていました」
「目的地は赤道に近いのかもな」
「赤道?」
不思議そうに聞き返してきたアンナに赤道について知っていることを教える。
太陽との距離が一定である赤道直下では冬が訪れないことや、雪の代わりに雨が降り続ける雨季があることを説明する。オレの多くない赤道の知識にアンナは納得した様子。
アンナに赤道を超えてさらに南に行くと、季節が反転するはずだと説明する。
「リラヴィーゼ王国やローシュタイン大陸の南は季節が反対だと教えられました」
「前世の知識があっているか不安だったけれど、季節が反転するということは同じ可能性が高い。つまり赤道もありそうだ」
この世界にも太陽があって、少し見た目が違うが月もある。
割と地球と似たような環境が揃っているため、地球と同じような形状をした星なのだろう。
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