第三章 ヴィント州
第75話 冬の帝都
秋が終わりかけの、冬の近づいた少し冷たい海風が吹く港。
ヴァイスベルゲン王国とは違い、秋の風は冷たいといっても痛いほどの寒さではなく、薄手の上着を羽織れば気にならない程度の気温。
天然の地形を利用したであろう港には多くの船が停泊している。
グリュンヒューゲル帝国の帝都には港がある。元々は帝都とは別の都市だったようだが、現在は帝都と繋がってしまったため、帝都の一部として考えられているらしい。メーアンゲハーフェンという都市名はあるらしいのだが、今は港の名前として定着しているらしい。
「この帝国最大の港は、元々往来のあったローシュタイン大陸に一番近い位置にあります。帝都よりも西側にも港は設置されていますが、需要が少なかったため、小型から中型の船が入れる程度の港しか用意されていません」
港を眺めながら説明してくれるのはユッタ。
透き通るように青い髪に青い瞳の彼女は海が似合う。最近はオレたちの日程を管理するため、忙しく動き回ってくれている。
「ですからヴィント州までの移動に船は使わないのですね?」
アンナは宮中伯としての外向きの格好で、翠玉のような透き通った緑色の髪は下ろされている。整った顔立ちに、金木犀のような金色にも見える瞳は往来する船を観察している。
「はい。船の大きさもありますが帝都以降西への移動は、海峡を通る船舶量の増加から、陸路を使った方が早いのが現状です。中型船を使った場合、海峡を通るのにかなりの期間足止めされます」
海の奥には大陸が見え、あれがローシュタイン大陸なのだろう。
大陸との間には無数の船が浮かんでいる。
「沖の方に随分と船が漂っていますが、あれは海峡を通る順番を待っているのですか?」
「海峡を抜ける順番を待っている船、海峡をこえてローシュタイン大陸へと往来する船、帝都の港が開くのを待っている船、新大陸や西から帰ってくる船、さまざまな目的の船によって港は混乱状態が続いています」
海峡もそうだが、港も完全に想定した最大の量を超えてしまっているようだ。今見ている港が帝国最大だというが、船を捌ききれていない。
オレたちがヴィント州に向かうのに、再び陸路を移動するのは理解できた。
船旅をしないのに、忙しい中時間を空けてまで港を見学に来たのは、これから作る港を想像するための下見だ。
大きな港を下見して、不安になったことを尋ねる。
「ユッタ、この規模と同じ港を作れとは言わないよな?」
「ゲオルク様、将来設計としては同規模での設計を予定していますが、まずは小規模でも大型船が入港できる港が必要です」
最初は小規模での運用は理解できる。
「大型船については喫水以上の水深が必要だろうけど、それは流石に問題ないだろ?」
「ええ、まぁ……」
ユッタの返事が鈍いことに顔が引き攣る。
海中の地形を変えるのは相当難しいのが想像できる。魔法を使うにしても海の中に潜る必要があるだろうし、護岸整備して水を抜く必要があるとなったら何年かかるかわからない。
「本当に港が作れる場所なのか?」
「それは無論。しかし、簡単に作れる場所ではないのは確かです」
「港が簡単に作れないのは分かっているが……行って見てみるしかないか」
帝国がしっかりと下調べをしている場所、港を作れない場所ではないのだろう。しかし、皇帝陛下が直接いって作ろうと思っていたほどには作るのが大変な場所ではある。
行ってすぐできましたと終わるような作業ではないだろう。
そんな簡単に作れるのなら港はもうできている。
「皆が帝都に来て二週間ほど、そろそろヴィント州に向かう必要がありますね」
アンナの言った通り、そろそろヴィント州に向かうべきだ。
オレたちに一ヶ月ほど遅れてカムアイスの民も到着した。
流石にすぐに移動となると皆が持たないと判断して、休憩期間を用意していた。厳しい地域で生きていたカムアイスの民は移動を苦にしなかったようで、すぐに移動しても問題ないとはいっていたが、予定通りに休みをとらせている。
千人以上の人数が休める場所はユッタが用意してくれた。皆は帝都を見学したりと各々好きなことをしているようだ。
「そうですね、目的地のヴィント州までは馬車で三ヶ月から四ヶ月。以前お借りした軍馬であれば二ヶ月程度の移動距離ではありますが、かなりの長旅となります」
「ゼーヴェルスから帝都までの約倍の距離か」
今いるのはグボーツアーツ大陸だが、大陸を東西に横断する勢いで移動している。
ヴァイスベルゲン王国で生きていた時にはこんなことになるとは思いもしなかった。
「今回は馬車に同行する形で移動だったな」
「はい。西への移動が増えているため、街道は比較的安全になっていますが、ヴィント州まで行きますと、魔物が出る可能性が否定できません。ヴィント州は危険な魔物が出るため、少人数での移動は危険です」
当初は少人数でヴィント州に先行することを考えたが、ユッタや帝国の役人から全力で止められた。事情を聞くと、街道は兵士が定期的に巡回しているが、少人数だと魔物とに襲われる可能性があると注意を受けた。
大人数で移動すれば滅多に襲われることがないと聞いて、皆の到着を待ってから移動することに決めている。
まだ出発するわけではないが、帝都を出発するまでに終わらせる必要があることを確認する。
「ユッタ、ヴィント州へ移動する前に、会わなければいけない相手には全て挨拶をしたんだよな?」
「はい。いつ出発しても問題がないようになっております」
「帝都を出る前に教わる必要があった、皇帝陛下から鑑定眼の使い方も聞いている。皇帝陛下のようには使えないだろうが、使う分に問題はない」
鑑定眼は知識によって出てくる情報が違うため、皇帝陛下と使い勝手が違ったようで、少々使い方に難航したが使えるようにはなっている。
皇帝陛下から以降は使って慣れるようにと助言されている。
「貴賓館ヒムベーレはラファエラお姉様にお任せします」
「ヒムベーレを管理するものたちとも話し合いは済ませておきました」
「ユッタ感謝いたします」
アンナの義姉である、ラファエラ・フォン・ヴィントヴィーゼル・カムアイス様とは顔を合わせている。アンナとの関係を伝えると驚かれた。話し合った結果、最終的にアンナを頼みますと言われている。
ラファエラ様と話し合った時、オレが公爵を叙爵され、皇帝陛下の代理人であるということを伝えている。すると「転生者であればそういうこともあるのかしら」と言いながら引かれた。
ラファエラ様の反応があんまりだったので、アンナに何が問題だったのかと尋ねると、皇帝陛下の代理人となるのは普通ではないと教えてくれた。代理人は大規模な災害が起きた時や、戦時中にしか出さないものだという。
受けてしまった後とはいえ、説明くらい欲しかった。
「ベーゼン商会も店舗が準備できたと聞いています」
「一等地とまでは行きませんでしたが、大きな店舗を用意いたしました」
「マルコから十分な建物であると聞いています。ベーゼン商会は商会の人間を数人帝都に残すそうです。足りない人員はラファエラお姉様と同時期に亡命したものたちを雇うそうです」
ベーゼン商会は亡命によって御用商人とは言えない状態だったが、今はアンナ、オレ、ヴェリ、モニカの御用商人となっている。
オレたちの実態を考えなければ、四人の貴族を相手にする規模の商会。
人を雇うにも十分な格を持っている。格がありすぎて人を選ばなければいけないようだが、今の所はうまくいっているようだ。
「帝都を出発しても問題ありませんね」
「ああ」
オレとアンナは頷く。
自然にオレとアンナの距離が近づく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます