第74話 前世

 久しぶりに何もない時間を休憩に充てる。

 皇帝陛下の魔眼を転写した後は、会談やらパーティーに毎日呼ばれ、休む暇のない日々を送っている。

 ヴィント州に向かうまでに会う必要がある人に絞っているらしい。しかし、朝昼と会談して、夜はパーティーという日々は忙しすぎる。

 オレに付き合ってアンナも用事がある時以外は同行してくれているのだが、オレよりは慣れているであろうアンナも疲れ気味だ。

 貴賓館の一室でアンナと二人、お茶を飲みながら休憩する。


「今日も人が少ないな」

「皆、どこかへ出掛けているようです」


 忙しく動き回っているのはオレとアンナだけではなく、皆それぞれに帝都でやらなければいけないことを行なっている。

 帝都まで一緒についてきたベーゼン商会のマルコなどは、帝都に商会の建物を準備するため帝都中を走り回っているらしい。ベーゼン商会もヴィント州に一緒に行くのだが、帝都に店舗と人手がないと今後の仕事に差し障りがあるようだ。


「今、会っておかなければいけない人が多いのは分かりますが、さすがに疲れます」

「もう少しで解放されるとユッタがいっていたから頑張ろう」


 これでも人が各方面に人が出払っているため、少ない方だとユッタから聞いている。広大な帝国を治めるには多くの人が必要だと理解させられる。


「忙しく聞けませんでしたが、ゲオルクはなぜ異世界人であることを言わなかったのです?」


 改まったようにアンナが聞いてきた。


「異世界という存在を説明するのが難しかったからだな。アルミンには説明しているのだが……」


 地球について、なんといったものだろうか……。


「アルミンからもゲオルクの話を聞いていますが、異世界人については聞いていません。アルミンは秘密にしていたのでは?」

「いや、それは秘密にしていたわけではなく、アルミンも理解が完全にできていないからだと思う。オレも現状を理解できてるとは言えない」


 正直オレもどうやってこの世界に転生したのかもわからず、世界とは何であるかと説明ができる気がしない。

 皇帝陛下の説明によってアンナは異世界について納得できたようだが、本当の意味で理解できているわけではないと思う。

 違う惑星なのか、違う銀河なのか。それとも宇宙、いや世界自体が違うのか。どうやって記憶を保持して転生しているのか。

 自分のことなのに謎だらけ。

 真理たる、答えが見つかるとも思えない。


「異世界や転生については謎が多すぎる。今生きているのはゲオルク。それだけでいいと思っている」

「それで過去を語らなかったのですか」

「ああ。生きるのに必死で前世などどうでも良くなっていたのもありはする。それに前世では死んだ自覚があったからな、前世の世界に行けたところで別人だ」


 仮定として地球に行けたとして、アジア人の顔でない今の自分は日本で目立つ。しかも国籍なし、渡航歴なしの怪しい人物。生きていくにもお金がない上に、左目は魔眼で目立ち、体の中には魔石がある。


 今生きているのはこの世界で、地球は戻る場所ではなく、いく場所。

 元々は戻れない地球への未練を断ち切るために考えていたことだが、アンナと出会ってからは自然にゲオルクとして生きることを意識するようになった。


 ヴェリやモニカも今を生きるという価値観で生きているのだと思う。

 二人とも前世の過去を語ろうとはしない。出会った転生者が偶然同じ傾向であったのか、皆同じような考えを持つのかはわからないが……。


「ゲオルクの前世はどのような世界だったのです?」


 アンナはオレの前世が気になるようだ。

 別に隠しているわけではないため、説明しようとするが、何から喋ろうかと迷う。

 とりあえず、地球や日本について話していく。

 帝都より大きな都市がいくつもあり、帝都の建物より大きな建物が並ぶ場所があると説明する。


「説明が難しいといった意味がわかりました。想像ができません」

「こればかりは言葉だけでは難しいな。わかりやすい違いと言えば、魔物がいない」

「魔物がいない?」


 アンナが困惑した表情を浮かべている。

 体内に魔石が存在する生物を魔物と総称されるが、一般的には紋様がある生物を魔物と呼ぶ。

 今回の場合は当然、総称される魔物という意味。

 アンナからすれば魔物がいないとは、人間がいないといっているようなもの。


「人の体に魔石はない。魔力もないから、違う場所に生まれたんだってすぐに理解できた」

「それは違う世界です」


 アンナが深く頷いた。

 オレが違う世界から転生したのだと理解してもらえたようだ。


「前世はどのような人生だったのですか?」

「前世の生まれは兼業農家といったところかな。正確には祖父の家が農家だったのだけど。祖父の家をオレが継ぐ可能性もあった」


 父は長男でなかったため、家を継ぐ気はなかったようだ。だが、祖父の農地は広大で、定期的に手伝いに行くことが多かった。それはオレが祖父や祖母が好きだったこともあって、回数が多かった。


 祖父の農地を継ぐのは父の兄、オレにとっての叔父。その次がオレと同年代の従兄弟が継ぐ予定だったのだが、従兄弟は農業にあまり興味がなく、祖父や叔父さんは困っていた。

 比較的農業の好きだったオレに、祖父と叔父さんは家を継ぐかと勧めてきていた。オレは家を継ぐことに割と乗り気だった。

 もっとも、死んでしまっては家を継ぐことは不可能になってしまったのだが。


 家を継ぐ気のあったオレは、祖父由来の農業知識が多少ある。

 なので、甜菜のことを知っていたのだ。

 甜菜は一般流通しない野菜であり、名前は知っていても、実物を知っている人は少ない。見た目だけでは見ただけではわからなかっただろう。


「ゲオルクの知識量で農家ですか?」

「二十歳を超えるまで勉強している人も多いから。オレもそのうちの一人だった」


 義務教育が十五歳まであることや、そこから続けて勉強する人が多いことを話す。義務教育の範囲外として、高校、大学とあると説明する。

 アンナは貴族でもそこまで勉強する人は少ないと驚いている。


「オレはさらに勉強するため大学院に進もうと思っていた。もっとも、工学部で建築系の勉強をしていたから、農業とは関係ないことを勉強していたのだけども」


 祖父の家が広大な農家だったため、食費にかかる費用が少なかったのか、家は比較的裕福な分類に入ったのだろう。

 そのため、父や祖父からやりたいことをやるようにと言われていた。やりたいことと言われ選んだのは工学部。農学部も迷ったが、結局選んだのは工学部だった。


 自分で言うのも恥ずかしいが、比較的優秀な学生だったのだと思う。教授から直接、卒業後は院に進まないかと勧められるほどだったから。


「よほどのことがない限りは院に進めたのだけど、よほどのことが起きた」

「何が起きたのですか?」

「流行病と風邪に同時にかかって寝込んだんだ。一人暮らしだったから助けを呼ぼうと思ったけど、助けを呼ぶ前に動けなくなって意識が落ちてしまった。意識が落ちる瞬間、ああ、死んだなって思ったら転生していたよ」


 流行病を先に自覚して、検査キットで陽性なのは確認していた。

 寝ていればそのうち治るだろうと思っていたのだが、一度熱が少し下がったと思ったら再び上がって動けなくなった。


 風邪については検査していないのでわからないが、同時にかかったのはおそらくインフルエンザだったのだと思う。同時にかかることがあるとは聞いていたが、まさか自分が同時にかかっているとは思っておらず、気付くのが遅れた。

 そして、変だと気づいた時には遅すぎた。


「気づいた時にはゲオルクとして転生していて、親に捨てられアルミンの祖父であるヴァスティアンに拾われた」


 以降はアンナにも話している、今の自分であるゲオルクとしての話。

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