第73話 三年ぶりの再会 Side アンナ
side アンナ
今日は見学も会談もなしに貴賓館ヒムベーレで執務をする。
昨日、アウグスト陛下の魔眼を転写したゲオルクには、今日は一日休むようにと伝えている。半日以上たっているため、そこまで気分は悪くないようですが、今日は大事を取らせました。
明日以降は会談やパーティーに呼ばれることになりそうです。ユッタやエマヌエルが調整してくれています。
想定より多くの人に会うこととなりそう。
明日からのことを考えながら、皇帝陛下より贈呈された、帝国の貴族たる証のサッシュと勲章を眺める。どちらも新しいため輝いている。
「イナ、亡命したのに、なぜか爵位が上がってしまいました」
「はい」
イナも困惑した表情を浮かべている。
元々私は伯爵。それが帝国の宮中伯。
ヴァイスベルゲン王国の爵位と、グリュンヒューゲル帝国の爵位を単純に比べるのは難しいですが、宮中伯は伯爵と同等というわけではありません。宮中伯は帝国での役職を持った大臣に近い存在。
国力の差を考えると、相当の力を持った爵位。
「ゲオルクの公爵に比べれば些細な問題ともいえますが……」
「アンナ様、比較する対象が間違っております。帝国の公爵とは一国と対等に渡り合える爵位です」
「ええ、さらには皇帝陛下の代理人ですから……戦争や緊急時にしか代理人は現れないと聞いていたのですが……」
ゲオルクは皇帝陛下や周囲のものたちにうまく丸め込まれていました。
どちらにせよ叙爵を断るようにというのは不可能で、代理人や爵位について知っていたとしても受ける必要があったでしょう。
昨日の話を聞いた限り、ヴァイスベルゲン王国の問題が帝国に随分と悪影響を与えていたようです。亡命してきた貴族としては申し訳なさは当然ありますが、使えそうなのが現れたと全力で囲い込まれるのも少々複雑な気分。
「帝国での生活に不安は無くなりましたが、しっかりと仕事が振られそうです」
「することがないよりはいいと思いましょう」
「そうですね」
今後、大変な日々になると予想されます。
それでも、私についてきてくれたカムアイスの民が、明日どうなるか不安になることはなくなった。
それに、ゲオルクがいて、皆がいるのです。ヴァイスベルゲン王国での日々を考えれば、どうということはありません。
イナと取り止めのない話をしていると、イレーヌが部屋に入ってきました。
「アンナ様、ラファエラ・フォン・ヴィントヴィーゼル・カムアイスをお連れいたしました」
入室の許可を出す。
入ってきた女性は薄い栗色の長髪、きれいな顔立ちに濃い青色の瞳。彼女は以前と変わることなく優しそうな雰囲気を纏っている。
「ラファエラお姉様」
ラファエラお姉様はお兄様の側室でした。
側室とはいってもヴィントヴィーゼル子爵家三女。
二歳年上だったので、二十三歳になっているはず。内戦が起こる前年に亡命していて、三年前ぶりの再会。
「アンナ、再び生きて会えたこと嬉しく思います」
生きて再会するとは思っていなかったラファエラお姉様と抱き合う。
少しの間をおいて離れる。
「ラファエラお姉様、ディルクお兄様は最後までご立派でした」
「そう……」
ラファエラお姉様は声を詰まらせ悲しそうな表情をする。
「私だけ生き残ってしまいました」
動揺するつもりはなかったのに、少し涙声になってしまう。
ラファエラお姉様が再び私を抱きしめた。
「アンナが生きていて嬉しいわ。ディルクもきっとそう思っています」
イナとイレーヌによってお茶が出され、私とラファエラお姉様は椅子に座る。
取り乱したことを謝ってから、お茶を飲んで落ち着く。
「ラファエラお姉様、ラースは元気ですか?」
「ええ……」
言葉を濁すような返事に焦りを覚える。
「ラースに何かあったのですか?」
「いえ、ラースには問題がありません」
やはり返事がはっきりとしない。
何があったのかと不安になる。帝国での暮らしが大変なのでしょうか?
「ラファエラお姉様、何か問題があるのですか?」
「……実は亡命前に妊娠していたようなの。悪阻を亡命の緊張だと誤解していたようで……」
気づかないほどであったのなら、妊娠初期。
初期の移動は母子ともに危険。
「お姉様や子供は問題なかったのですか?」
「ええ、幸い帝国に入り亡命の手続きをしているときに気づいてもらえて、何事もなく娘は生まれました」
「良かった」
お姉様が無事であるのは今生きているので分かっている。
子供も無事で良かった。
「ラースが生まれる前、ディルクが女の子ならララにしたいといっていたの。なので、娘にはララと名付けました。髪の色はラース同様にディルクと同じ、少し黄色がかった緑色の髪。ララは、ヴァイスベルゲン王国の貴族として生まれたわけではないから、カムアイスとは名乗らせてあげられなくて……」
そうか、ララが生まれたのは亡命後……。
それに父親である、お兄様にも会っていない。ラファエラお姉様が声を詰まらせた理由は、娘に父親を会わせられなかったからかもしれない。
「それでは私がララにカムアイスと名乗れるよう姓を授けます。亡命はしていますが、伯爵家当主の地位は返上しておりませんから有効です。王家の名簿には載りませんが、必要ないでしょう」
「アンナ、感謝します」
お姉様が安心したかのように笑った。
ヴァイスベルゲン王国から、亡命したのはお姉様だけではないけれど、見知らぬ帝国での暮らしは不安であったと思う。他にも何か残せないかと考えていると、アウグスト陛下からもらったサッシュと勲章が目に付く。
「ラファエラお姉様、実はアウグスト陛下から帝国貴族として爵位を叙爵されたのですが、私には身内がいません。お姉様、帝国貴族としての私の身内となっていただけませんか?」
「無論構いませんが、私でいいのですか?」
「私の身内と呼べる人はお姉様しかおりませんから。それに、お姉様にしか頼めないお願いがあるのです」
「私にお願い?」
貴賓館ヒムベーレの管理を任されましたが、管理は今まで通りに帝国のものたちがしてくれるとはアウグスト陛下より伺っている。完全に任せてしまうのはどうかと思いつつも、人を帝都に残すことは難しいと考えていた。
お姉様もヴィント州へご一緒しないかとお誘いするつもりでしたが、子供が小さいのでは難しそう。
それなら貴賓館の管理を手伝ってもらえないだろうか。
「実はアウグスト陛下よりこの貴賓館ヒムベーレを任されたのですが、私はこの後すぐにヴィント州へと向かうのです。貴賓館の管理をお願いしたいのです」
「貴賓館の管理? いえ、貴賓館を任されたのにヴィント州へ?」
混乱した様子のお姉様にヴィント州へ向かう理由を説明する。
帝国に住んで長いお姉様はすぐにヴィント州へ向かう理由を納得してくれた。
「私は船で帝都まで来ましたが、帝都近くの港はすごい混みようでしたよ。港に船が入れず沖で港が空くのを待っていましたから」
「そこまで」
三年前からそのような状態であれば、アウグスト陛下や家臣たちが港を必死に欲する理由が理解できる。街道もとても混んでいた、帝国の物流が機能不全を起こしかけている可能性があります。
「アンナ、私が貴賓館を管理するのは構いませんが、一人では無理ですよ?」
お姉様にアウグスト陛下が今まで通りに貴賓館を管理してくれることを伝える。同時に、完全に任せるのはどうなのかと考えていることを話します。
「確かに人を残した方が良さそうね」
「はい。しかし、貴賓館の管理に残せる人員がいないのです」
「分かりました。私がアンナの代理として貴賓館の管理をいたしましょう」
お姉様にお礼を伝える。
「ところで、アンナ。貴賓館を任せられる爵位とはどの程度のものなのです?」
「私はカムアイス宮中伯に命じられました」
「きゅ、宮中伯!?」
淑女たる、お姉様が口を開け驚きの表情を浮かべる。
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