第72話 魔眼の先

 体調不良の原因は皇帝陛下にわかるのだろうか?


「確かに魔眼や魔力について尋ねるのに、余ほどの適任はおらぬな」


 皇帝陛下はオレとそう変わらない年齢の顔に貫禄ある苦笑を浮かべた。

 人間としての年齢は変わらないかも知れないが、前世の経験が違いすぎるのだろう。


「体調については予想でしかないが、余が考えた仮説がある、聞くか?」

「お願いいたします」


 アンナがお願いすると皇帝陛下は頷いた。


「余が見たところ、ゲオルク卿が保有する魔力は転生者にしても多い。転写眼は他の魔眼を転写するというが、魔眼は本来魔石に宿るもの。体内で魔石が増えているのではないかと余は予想しておる」


 転写眼を使った場合、体が裏返される印象を受ける。

 同時に言われてみると何かが生み出されているようにも思える。皇帝陛下の予想は納得できる。


「魔石が増え続けることで人間の枠を超越する疑いを捨てきれないが、少なくとも死に至ることはない」


 転写眼を使い続けると人間を超越する可能性がある……?

 何になるのだ……?

 さらっと皇帝陛下は怖いことを言う。


「人間の枠を超越……?」

「最初から魔力量の多い魔物は魔法が使える。魔力が増えていけば魔法が使えるようになると予測できる。もっとも、ゲオルクは魔法眼を転写しているため、魔法に関して関係はない」


 魔力が増えると魔法が使える……?


「魔力が増えると魔法が使えるようになるのですか?」

「そうだ。魔力が増えると魔法が使えるようになると考えられるのは、魔法眼がなくとも魔法を使える魔物がいるため。普通の人間は魔力量や寿命から、魔法を使えるようになるのは不可能に近いと考えたほうがいい」


 ヴェリの前世であるピクシーも魔法が使えたと聞いている。

 魔眼がなくとも魔法を使えるのは体内の魔力量によるもの、という皇帝陛下の予想は間違っていない気がする。


「魔法の先に何があるかはドラゴンでも至ったことがない未知の領域。そもそも、魔法を使える先には何もないかも知れぬ。何にせよ、ゲオルクの特殊な魔眼をもってしても、生きているうちに至れるかも怪しいな」


 ドラゴンでも無理なら人間には無理そうだ。

 そうそう人間を超越することはなさそうだと安心する。死ぬ可能性も不安だったが、人間を辞める可能性があるのも心臓に悪い。


「強いていうのであれば、両目が魔眼になってしまった場合、余が見たほうがいいかも知れぬ。ドラゴンでも両目が魔眼は滅多に見たことがないゆえにな」

「すぐに帝都へと連れて参ります」


 アンナが即座に返事をした。

 随分と心配させてしまっているようだ。両目が魔眼になってしまった場合、大人しく皇帝陛下の元にくることにしよう。皇帝陛下の話を聞いた限りは、そう簡単に両目が魔眼になることはなさそうだが。


「余がゲオルク卿について、今言えることはこの程度であるな」

「感謝申し上げます」


 アンナに続いてオレもお礼を伝える。

 少々不安になることを言われたのも事実だが、これ以上ないほどの話を聞けた。気持ち悪さによる憂鬱以外にも、転写を続けて問題ないのかと多少不安があったことは否めない、その不安はほぼ取り除かれた。

 皇帝陛下がオレの方を向いた。


「ゲオルク卿、余の魔眼を転写させる前に鑑定眼について説明しておく。まだ眼帯を取らぬようにな」

「はい」


 一年ぶりとはいえ、眼帯をつけて二十年近い。久しぶりの感覚だとは思っているが、そこまで違和感があるわけではない。


「余の鑑定眼は、鑑定対象を定めた場合、自身の知識から対象に合った情報が選び出される」

「鑑定眼を使いこなすには知識が必要というわけですか」

「そうだ。本来知らない情報が足されている場合もあるがな」


 鑑定眼は使い勝手が悪そうな印象を受けるが、皇帝陛下の場合は前世の知識量を考えるととても有用なものそうだ。

 ヴェリやモニカもそうだが、魔眼はその人に合ったものが出てくるのかもしれない。人に合うものが出てくる場合、オレに転写眼が出た理由は謎なところがあるが、異世界人のため特殊なのかもしれない。


「皇帝陛下ほど上手く使いこなすのは難しそうです」

「いや、ゲオルク卿の場合は異世界の知識が役にたつやもしれん」

「前世の知識」


 この世界と地球では魔物がいたり、魔法があったりと違う点が多いが、類似点もいくつもある。しかし、類似していることがあっても、本当に同じなのかは今までわからなかった。

 砂糖を作り出した甜菜も、似ているために砂糖作りを試してみたが、実際に砂糖ができるまでは似たような違うものの可能性も捨てきれなかった。

 鑑定眼があれば似たような同じものなのか、似ているだけで違うものなのかを判別するのに利用できるかもしれない。


「余も常に新しい知識を求めておるが、鑑定眼に元となる知識は、前世の知識が中心となっておる。城にある書籍は好きに読むと良い」


 皇帝陛下に感謝を伝える。

 本を読むのは嫌いではない。それが役に立つとはっきりとわかっているのであれば、やる気も上がるというもの。


「鑑定眼の対象を定めずに使った場合、魔術が発動するかどうかや、相手の弱点がわかる」

「戦いにも使えるのですか」

「うむ。余は魔眼と魔法を併用して使っておる」


 なるほど、弱点が分かれば戦いやすくなるか。

 ん……?

 何か違和感が?


「魔法?」


 オレの呟きに、皇帝陛下は悪戯が成功したかのように笑っている。


「一定以上の魔力量を保有していれば使えるのでな。普通の人間では無理であるが、ドラゴンの転生者たる余は例外といったところか」

「……なるほど」


 例外。

 皇帝陛下ならあり得るであろう話で妙に納得する。


「帝都を先帝に任せ、余が港を作りに行くことも考えておったのだが、止められてな」


 それは止められる。

 オレでもやめてくれと頼むだろう。そんなことを直接はいえないが。


「皇帝陛下が自らする作業ではないかと」

「皆にもそう言われてな。父である先帝が、余に帝位を早く移しすぎた」


 皇帝陛下の言い方から先代皇帝はかなり早くに帝位を譲ったのだろう。皇帝陛下は転生者であるが、暴れるような粗野なこともなく、冷静沈着で知識も豊富。先代皇帝が身を引いて帝位を譲ろうとするのは理解できる。

 先代皇帝は身を引く判断が早くできる、有能な人物と言えそうだ。


「以降は転写したのち質問を受け付けたいが、余は忙しいためすぐに叶うかわからぬ」

「承知しております」

「ヴィント州に向かうまでにはもう一度、時間を作る」

「感謝いたします」


 魔眼は普通使い方がなんとなく理解できるのだが、転写眼で転写した魔眼の能力は使い方がわからない。魔眼の持ち主に聞く必要があるのだが、持ち主が皇帝陛下ではそう簡単に聞けないのは当然。

 幸いなことに鑑定眼はそこまで複雑な魔眼ではなさそうなのが幸運だ。


「ゲオルク卿、はじめようか」

「はい」


 眼帯を外すとユッタが預かってくれる。

 ユッタからサッシュや上着も脱いでおくようにと言われる。皇帝陛下の前で良いのかと確認すると、皇帝陛下から直接横になるのに邪魔なものは脱いでおくように言われる。

 脱いだサッシュや上着はユッタが預かってくた。


「良いか?」

「はい」


 覚悟を決めて返事をする。

 皇帝陛下の魔眼が発動した瞬間、オレの転写眼も同じように発動する。

 魔眼のある左目からぐるりと体が裏返るような感覚を覚え、目が回っていく。とんでもなく気持ちが悪いが、ヴェリやモニカの時と違ってまだ覚悟ができている分余裕がある。

 以前はもう一つの目が生えてくるような気持ち悪さだと思っていたが、体内で魔石が急激に発達しているのだと自覚できた。

 皇帝陛下の予想はあっていそうだ。

 理由が分かったところで気持ちが悪さが増していく……。

 皇帝陛下から退出の許可が出て、オレは介抱されながら部屋を後にする。

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