第71話 謀略をめぐらす者
案内されて移動した部屋は、上座はあるが皆座れるような部屋。
装飾が多く豪華な部屋ではあるが、豪華な会議室といった雰囲気がある。上座に近い位置に、オレ、アンナ、ヴェリ、モニカと座るよう指示された。
皇帝陛下がくる前に、休憩がてら軽食を食べるようにと食事と飲み物を出される。
先ほどの式典で指示をくれた皇帝陛下の家臣が話しかけてくる。
「食事はゲオルク閣下が気を失っても問題がないようにとのことです」
「……ありがたく食べておきます」
一日倒れることを考えると、食事を取るのは不可能になる。
転写眼を使用すると気持ち悪くはなるが、実際に吐くわけではない。昨日今日と緊張で食事が喉を通らなかったため、食べすぎない方がいいだろうが、勧められた通りに食べておいた方が良さそうだ。
しかし、転写眼を使用した感覚は二度とやりたくないと思うほど。転写させてもらえるのは光栄だが、これから倒れることを考えると、気が乗らないのは致し方がない。
「ゲオルク閣下、本日は帝城にお泊りいただくよう、お部屋を用意いたしました」
「動ける状態ではなくなるため助かりますが、泊まっていいのですか?」
「問題ございません。本来の意味で使用されることは滅多にありませんが、常に使える状態で部屋を用意しております」
本来の意味とは、どういう意味だろうと尋ねると、帝城で働く役人が泊まるための部屋になっているとのことだ。役人大変そうだな……。
オレたちのような客は、いくつもある貴賓館のどれかに泊まるため使われることはないらしい。
食事をとりながら、貴族としての役割を簡単に説明される。詳しい話はユッタが後ほどしてくれるらしい。その後、質問はないかと尋ねられた。
「なぜわたくしに複数の爵位、いえ、公爵が叙爵されたのです?」
「皇帝陛下の代理人となるには公爵の地位が必要なのです。グリュンヒューゲル帝国には公国がいくつか存在しております。皇帝陛下の代理人とはいえ、公爵でなくては命令が出しにくい相手がいるのですよ」
「公国ですか?」
「公国は帝国から公爵を授け、自治権を保有した国家となります。帝国にある公国の大半は、帝国に降る判断をした国家の末裔。帝国としても公国を国家として尊重しております」
帝国内にあって、国家として認められているのが公国か。
公国の公爵に対して命令するのは代理人としてでも、同列以上でなければ相手国家の誇りを傷つけてしまうのは予想できる。
オレは公爵をもらう以外に選択肢はなかったということか。
理由は納得できたが、恨まれたりはしていないのだろうか?
「先ほど皇帝陛下へもお尋ねしましたが、亡命者の身の上だったものが公爵などなって良いのでしょうか? 帝国を支えてきた皆様の心証が悪いのではないかと心配で」
「ご心配なさらず、我々はゲオルク閣下には本当に期待しております。最近、帝城は人手が足りず昼も夜もない不夜城でしてな……港ができれば少しは休めますゆえ……」
「あ、はい」
思わず素で返してしまった。
皇帝陛下の側にいたということは、随分と立場が上の人だろうに疲れた様子。
城に泊まるのは随分と地位が上の人もそうなのか……。
会話しながらの食事が終わると、皇帝陛下が部屋に入室された。
入室の際にも、立ち上がるようにと指示があったりして、とても助かる。
皇帝陛下が上座に座ると、オレたちも着席指示がでる。
「ゲオルクに魔眼を転写させる前に、先ほどは話せなかったことを話すとしよう」
皇帝陛下が何から話したものかと悩んだ後、アンナの方を向いた。
「まずはヴァイスベルゲン王国の国王を唆した相手を話しておくか。アンナ卿は多少予想ができているとは思うが、カールハインツ・フォン・リラヴィーゼ・フクスブリッツが裏で暗躍しておる」
「やはり王妃の父であるカールハインツ公爵ですか」
王妃の父。
オレは王妃がどのような人物かすら知らなかったが、確かに予想はつけやすい。そのため、アンナも納得した様子。
「うむ。カールハインツはリラヴィーゼ王国の三代前の国王の子であり元第六王子。王族の地位はそのままに現在はフクスブリッツ公爵。現国王の大叔父にあたる人物。カールハインツは高齢だが、現在でもリラヴィーゼ王国ではかなりの力を持っておる。それこそリラヴィーゼの国王を無視できるほどにな」
公爵で元第六王子。
元とはいえ、第六王子か。王族の娘が、小国であるヴァイスベルゲン王国によく嫁いできたな。
「アンナ卿、申し訳ないが、グリュンヒューゲル帝国としてはリラヴィーゼ王国やヴァイスベルゲン王国に手を出す気はない。リラヴィーゼ王国の国王が敵対的ではないというのもあるが、人類始まりの国たるリラヴィーゼ王国に手を出さないのは、帝国以外の国でも似たようなものだろう」
「人類の勢力圏はリラヴィーゼ王国から始まったという話ですか」
人類誕生の地みたいな話か。
「うむ。それは嘘ではない。アイケが魔術を作らねば、まだリラヴィーゼ王国だけだった可能性すらあるがな。それに、聖堂があるのはリラヴィーゼ王国、聖堂に楯突く国はない」
聖堂はオレでも聞いたことがある。
魔眼の中でも治癒眼の使用者を集めた場所。リラヴィーゼ王国では怪我人、病人は聖堂を目指して歩き続けるという。ヴァイスベルゲン王国でも許可を取って向かおうとする人がいるほど有名な場所。
「聖堂……。アウグスト陛下、治癒眼の使い手は帝都にはいませんでしょうか?」
「アンナ卿、それはヴァイスベルクの森を越えるのに負傷したものたちの治療が目的だな?」
「はい」
「許可を与えたいが、今帝都で魔眼を使えるものは余しかいない。帝国の治癒眼保持者は、新大陸と聖堂にいる。すまぬな」
新大陸はわかるが、聖堂?
アンナも同様の疑問を持ったようだ。
「帝国の治癒眼の所有者が聖堂に?」
「うむ。あまり知られてはいないが、治癒眼は他の魔眼と違い、多くの知識が残っておる。知識がなくとも使えはするが、力の全てを発揮するには知識を蓄える必要がある。千年以上前からある聖堂には、知識が蓄えられておる」
確かに魔眼は使い方は何となくわかるが、能力を十全に使えているかというと使えていない印象を受ける。知識を残し続けた場所があるのなら、そこで勉強したほうがいいのは当然と言える。
しかし、リラヴィーゼ王国に他国が攻め入らない理由がわかった、聖堂と敵対した場合治癒眼の知識が手に入らなくなる。歴代の資料が消失してしまったら大変な損失、よほどのことがない限りは攻めようとは思わないだろう。
「アウグスト陛下、過大な要求を致し申し訳ありません」
「いや、帝都に滞在しておるのならゲオルク卿に転写させておった。余の魔眼は鑑定眼であるため未来を予想できるものではないが、聖堂で鍛えているものを早めに戻しておくべきだったかと後悔しておるほどにな」
未来を見通す千里眼のような魔眼があるのかは知らないが、少なくとも皇帝陛下の魔眼は鑑定眼との事だった。
未来は見えないだろう。
「ゲオルク卿には、今転写できる鑑定眼を転写してもらおうか」
「アウグスト陛下、お尋ねしたいことがあります、ゲオルクの魔眼は転写を続けても問題がないのですか?」
「アンナ卿は、ゲオルク卿の体調が悪くなることが不安か?」
「はい……」
体調不良については、アンナに以前聞かれ、正直にわからないと答えたことだ。体調不良自体が知識にないため、わからないと答えるしかなかった。
その結果、随分とアンナを心配させてしまっている。
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