第70話 叙爵
アンナが帝国貴族となった場合でも、完全に安心しきれないと思えるのが怖いところ。だが現状、これ以上方法はなさそうだ。あとはオレたちがアンナの身を守ればいいだろう。
「アンナ卿はゲオルクと同時にこの場で叙爵する」
「承知いたしました」
オレと同時に叙爵か。
そうなるとオレの姓を考える必要がある。しかし、姓を思いつかない……。
転生する前の名前は覚えているが、今更自分の名前にするのも違和感がある。
「ゲオルク、案がないのであれば、余が考えよう」
「お願いできますでしょうか」
「うむ」
横に控えていた人の中から一人でてきて、一枚の紙を皇帝陛下へと渡した。
「シュバルツ、プフェーアト、ヘングスト」
皇帝陛下は紙に目を落としながら単語をあげていく。
皇帝陛下が顔を上げた。
「思い出した。ここにはないが、エルデはどうだ?」
「エルデですか?」
「うむ。アイケの家名だ」
「アイケの」
異世界人の先人に倣うという意味ではいいかもしれない。
同時に歴史上の偉人の家名を使ってもいいのかが気になる。
「皇帝陛下、わたくしがエルデを使用しても問題はないのでしょうか?」
「余が覚えている範囲だと問題はない。アイケはリラヴィーゼ王国の出身であるから、グリュンヒューゲル帝国で同じ家名を使っているものはいなかったはず。帝国にエルデ家が生まれても問題はない」
皇帝陛下が横に控えている家臣にエルデが家名の貴族がいるかと尋ねると、現在はいないので問題はないとの返答が返された。
即座に返されているため、家名を全て覚えている人がいるようだ。
「ゲオルク、エルデで問題はないか?」
「はい」
オレとアンナの家名が決まったところで、叙爵になるのかと思ったら違った。
「ヴェリとモニカの家名も必要であるな」
どうやら二人も叙爵するようだ。
二人は戸惑っており、家名を思いつかないようだ。
皇帝陛下は先ほど渡された紙を見ながら二人と話し合って家名を決めている。
「ヴェリはクレー、モニカはブルーメで良いか?」
「はい」「はい」
「うむ」
ヴェリはクレー、モニカはブルーメと家名が決まった。
皇帝陛下や横に控えている家臣が本来なら叙爵には複雑な手順があるが、今回はアンナのこともあって時間がないため、略式であると説明してくれる。
「アンナ卿は宮中伯として今過ごしている貴賓館ヒムベーレを任せる。任せるとはいっても役職をつけるためであり、管理は今まで通りにこちらでする。帝都に用事があって来た場合、好きに使って良い」
「承知いたしました」
皇帝陛下はアンナからヴェリとモニカがいる方向へと、視線を移動させた。
「ヴェリとモニカには帝国騎士を授ける。ヴァイスベルゲン王国の騎士は平民であるが、帝国騎士は貴族である。ややこしいやもしれぬが、貴族であると覚えておいてくれれば良い」
「はい」「はい」
最後にオレの方へと皇帝陛下が向いた。
「ゲオルクはヴィント州の長官に命ずるため、複数の爵位を授ける」
「承知いたしました」
略式とはいっても少々式典をする必要があるようで、横にいた家臣が取り仕切る。最初にアンナがたすきのような飾り布であるサッシュを外してから、皇帝陛下の近くにいくよう指示がでる。アンナは白色のサッシュを外し、一段高くなっている場所まで行って跪く。
皇帝陛下が立ち上がると、家臣が豪華な杖を手渡した。
杖をアンナにかざす。
「グリュンヒューゲル帝国皇帝、アウグスト・フォン・グリュンヒューゲルが、アンナ・フォン・カムアイスをカムアイス宮中伯に命じる」
「謹んでお受けいたします」
「表をあげよ」
横に控えていた人が箱から勲章と緑色のサッシュを取り出し、皇帝陛下に渡す。皇帝陛下はアンナにサッシュを掛けて、サッシュに勲章をつける。
アンナが下がると、今度はヴェリが前に出るよう指示される。
ヴェリはヴェリ・フォン・クレーと呼ばれ、帝国騎士に命じられた。モニカも同様にモニカ・フォン・ブルーメと呼ばれた後に帝国騎士へと命じられる。二人にも同様にサッシュと勲章が贈られた。
二人は緊張した様子ではあったが、無事に帝国騎士へと命ぜられた。
ヴァリとモニカは歩くときに同じ方の手と足が出ており、緊張しているのが見ていてよくわかった。ヴェリはアンナに初めて会った時緊張していたが、モニカは緊張する様子はなかったのにな。
常識としての緊張以上に、皇帝陛下の存在感に威圧されているのかもしれない。
最後にオレが呼ばれ、皇帝陛下の前に出る。
「グリュンヒューゲル帝国皇帝、アウグスト・フォン・グリュンヒューゲルが、ゲオルク・フォン・エルデをエルデ宮中伯、ヴィント州長官エルデ公爵に命じる」
公爵!?
動揺から一瞬間が空いてしまい、慌てて返事をする。
「謹んでお受けいたします」
「エルデ公爵を余の代理人とする。表をあげよ」
サッシュに勲章が複数つけられ、さらに横に控えていた人が、皇帝陛下に小さめの杖を手渡した。杖は、皇帝陛下が持っている杖を小さくしたようなものだ。
小さな杖をオレへと差し出してきた。受け取るようにと指示されたため、杖を受け取る。
受け取ったあとは下がるようにと伝えられる。
「サッシュと勲章は公式の場で身分を示すもの。普段身分を示すための短剣と時計などは後ほど渡す。それと、それらは辞した場合でも、国に戻す必要はない」
無くさないようにしないとな。
「ゲオルク卿、杖は余の代理である印のため、地位を返上した場合は国に戻る必要がある。無くさないようにな」
「はい」
サッシュや勲章より、杖の方が絶対に無くせないものだった。
皇帝陛下が持っていた杖にそっくりな上、オレだけに渡されたので察することはできたが、とんでもないものだった。顔が引き攣っている自覚がある。
そんなオレの表情を見たのか、皇帝陛下が苦笑しながら話しかけてきた。
「ユッタをつけるので杖の管理は任せればいい」
「承知しました」
杖を無くすわけにはいかない。ユッタに任せよう。
というか、そもそも使う時がわからないので、ユッタに必要な時を聞いた方が良さそうだ。申し訳なさもあるが、皇帝陛下がユッタをつけてくれたのは、頼るようにという意味だと予想できる。
「略式であるため、これで式典は終わる。貴族としての役割や年金などは後ほど詳しく説明させる」
早いな。
一人数分もかかっていないのではないだろうか。正式な式典となれば隣で指示を出してくれるとは思えない。しかも長くなるのは予想でき、覚えなければならないことが多そうだ、略式で助かった……。
「それと、卿らに求めているのは貴族としての役目ではないため、役割に関しては話半分で良い。港を作ることを優先して欲しい」
「承知いたしました」
アンナが代表して返事をする。
「叙爵が終わったゆえ、この部屋で話す必要はないな。部屋を移動する」
「はい」
「ここではできない話をした後、余の魔眼について話し、ゲオルク卿に転写させる」
皇帝陛下が退出すると、オレたちも退出を許可される。
オレたちはユッタが出てくるのを待つ。ユッタ以外にも横で待機していた家臣たちが一斉部屋からできた。
「ゲオルク閣下、お部屋にご案内いたします」
ユッタが言葉を改めてオレに話しかけてきた。このような場合、以前までならアンナに声をかけていたが、オレに変わっている。理由はなんとなく予想ができる、公爵になったからか。
「ユッタ、オレに畏まらなくても問題はないのだが……」
「勲章を身につけている場合、公式の身分となります。そのような説明も後ほどいたしますので」
勲章が身分を示すと言っていたのはそういうことか。
素直に頷いておく。
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