第69話 ヴィント州長官
「さて、ゲオルク、ヴェリ、モニカ。グリュンヒューゲル帝国は現在新大陸への遠征を行なっている。遠征のため、今現在いる大陸の西の果てに新しく港を作りたい。よければ三人の力、魔眼を帝国のために役立ててはくれないか?」
やはり港の建設か、ループレヒト様の予想は合っていた。
「お手伝いいたします」
「助かる。三人の誰かにヴィント州の長官を任せたいと思っている」
「皇帝陛下、我々に州の統治ができるとは思えません。長官ではなく他の役職か、アンナの部下というわけにはいきませんか?」
事前に話し合って、三人とも州の長官は無理だという結論になった。アンナとともにいるために役職は欲しいが、知識もない状態で長官は流石に厳しい。アンナもできる気がしないと言っていたが、だからといって他にできそうな人もいなかった。
「ふむ……事前に余がどのような采配をするかわかっていたのか?」
「ループレヒト様から可能性として教えていただきました」
「ループレヒトが余の采配を読んでいたか。あやつなら当然か」
皇帝陛下は納得したように頷いている。
「しかし、ゲオルクの願いは難しいな。長官に任命するのは港を作るため、皇帝の代理たる権限を与えるには一定以上の地位が必要なのでな」
「皇帝陛下の代理?」
「代理権限は帝国内であれば大半の無茶は通る。港に関してはヴィント州内だけの命令権では回らない。それに港はヴィント州だけの問題ではないのだ」
長官もそうだが、代理権限は他国から亡命した人間に渡すものではないだろう。しかも皇帝陛下とは今日会ったばかり。
常識が違いすぎて、色々と困惑する。
「皇帝陛下、わたくしは亡命してきたばかりなのですが……」
「其方たちの困惑はわかっておる。帝国であっても普通であればこのような無茶はしない。転生者は人間と比べると出世欲がないため、比較的採用しやすいという側面がないわけではないがな。暴れる転生者に関しても、暴れられる場所を用意すれば好きに動く」
ヴェリとモニカを見ていると出世欲がないというのは納得できる。
というか、無茶している自覚はあったのか。そういう文化なのかと勘違いしていた。
皇帝陛下は話を続ける。
「今、新大陸に送る探索するための人と船は足りておるが、海洋に出るための海路が詰まっておる。海路について詰まるとは措定していなかったために、新大陸の探索が想定より遅れている。その上にヴァイスベルゲン王国方面を監視するため、余の側近を東に送る必要があった」
東に監視を送る。
「もしや、ループレヒト様は皇帝陛下の側近だったのですか?」
「うむ。余が子供の頃からの側近の一人である」
子供の頃からの側近とは……ループレヒト様の皇帝陛下の覚えがいい理由がわかった。
以前にループレヒト様がゼーヴェルスにいてくれてよかったと思ったことがあるが、偶然ではなく送り込まれた人員だったのか。そうなると、他の役人も監視のために送り込まれた人が多そうだ。帝国は大国であるため役人が多いのかと思っていたが、そうではなかったのか。
それで、新大陸に送る探索する人員は足りているが、皇帝陛下の手足として動く人員が足りていないということか。
「ゲオルク、余は其方が長官になるのが相応しいと思っておる」
「わたくしが、ですか?」
「其方は転生者であると当時に、随分と特殊である。転生者は感覚が鋭く、余と対等に話せていること自体が珍しい。その上で余の話を理解している様子から、教養も感じられる。それでいて、無理なことは断ることが可能。余はゲオルクが長官をするに不足はないと考えている」
オレはアンナとの関係のために役職を欲している。
しかし、ヴェリとモニカは別に役職を欲していないため、やる気がないようだった。そのため三人の中から選ぶようにと言われた場合、オレがやる予定ではあったが、指名されるとは思ってもいなかった。
「それに、余の鑑定眼を写し取れるのは其方だけだ」
「皇帝陛下の魔眼を写し取らせてもらえるのですか?」
「うむ。統治に役立つものではないが、役には立つ、転写していくがいい」
眼帯を着けるように言われているため、皇帝陛下の鑑定眼を写し取らせてもらえるとは思っていなかった。
オレの疑問を分かっているのだろう、皇帝陛下は頷いた後再び話し始めた。
「眼帯を着けるよう言ったのは、魔眼が意思に関係なく発動し、気を失うと報告を受けていたからだ」
眼帯はオレのための配慮だったのか。
皇帝陛下に頭を下げ、感謝を伝える。
「ご配慮、感謝いたします」
「うむ。この場での転写は無理であろう、後ほど部屋を移動する。この場では話せないこともあるので丁度いい」
オレのために部屋を移動するのは理解できるが、この場で話せないこととは何だろうか。話せないことを直接聞くわけにもいかず、皇帝陛下に視線を向けていると、アンナの方を向いた。
皇帝陛下はアンナに視線を向けているが何も喋らない。
つまりアンナに関連する話か。
「さて、ゲオルク。長官についてはどうだ?」
「お受けしたいとは思っておりますが、皇帝陛下一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「構わん」
「今、ヴィント州の長官にあられる人が気分を害さないでしょうか?」
亡命者は余所者であるという自覚はある。
最初から敵を作るのは避けたい。
「それについては問題ないように余が采配する。ゲオルクが心配することはない。それに、現在の長官であるホルスト・フォン・ボックは、地位よりも仕事が無事終わらせられることを優先する性格。問題にはならないと予想しておる。」
皇帝陛下、いや、帝国全体が港を急ぎ欲しいという印象を受ける。
長官をしているというホルスト・フォン・ボックと揉めることはあるかもしれないが、港を完成させれば問題がないほどの地位を手に入れられるかもしれない。地位はオレだけでなく、亡命者であるカムアイスの民が帝国で生きていくための基盤を作るのに重要そうだ。
断らないという選択肢は元々なかった、受け入れよう。
「ヴィント州の長官。お受けいたします」
「そうか。助かる。無理を言ったな」
返事をする代わりに、オレは深く頭を下げる。
「叙爵するゆえ、家名を決めねばならぬな」
「家名ですか?」
「うむ。余が決めるものだが、何か案があれば考慮する」
そうか叙爵すると家名が増えるのか。当然のことではあるのだが、そんなことは一切考えていなかった。
もしカムアイス家が帝国で再建できるのなら、アンナに喜んでもらえるだろうか?
「カムアイスはどうでしょうか?」
「それはできぬ。アンナ卿に帝国のカムアイスとして爵位を授けるため、二人が別の貴族で、同じカムアイスでは手続きが少々面倒なことになる」
アンナも叙爵されるのか。拒否された理由に納得する。
そうなると、どうするか……。
考えていると、アンナが驚いたように声を出した。
「アウグスト陛下、私も叙爵していただけるのですか?」
「うむ。アンナ卿を狙い、ヴァイスベルゲン王国が手を出してくる可能性は普通低いとは思っておる。しかし、今回は常識が測れない相手ゆえに、アンナ卿を守るために叙爵することに決めた。理由に関しては随分と離れてはいるが、皇族の血を引いているのは間違いない。叙爵理由には十分だと判断している」
「アウグスト陛下、感謝いたします」
常識で測れない……ヴァイスベルゲン王国の国王は確かに常識では測れない。
帝国に亡命したアンナを狙った場合、最悪全面戦争になる可能性があるが、それでも手を出してくる可能性は否定できない。亡命者ではなく帝国貴族としての身分があれば手は出してこないという判断だろう。
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