第37話 二人で行こう――④

 キアラとユズは王宮の一番上の階のテラスから、地上を見下ろしていた。


 広がる緑の草原、揺れる高原の花々。透き通った鏡のような湖は流れる白い雲を碧い湖面に写している。木々は揺れて、風の音を聞かせてくれた。

 雲海も見える。

 遥か下には、ユズが育った村があるはずだ。

《はじまりの草原》も《迷いの森》も。


 ――なんて遠くへ来たのだろう、とユズは思った。

 村で生活していたころのことが、とても遠かった。時間としては、ドラゴンの王宮にいる時間よりもずっと長く村にいたはずだった。だけど、ここでの生活は濃密で変化に富んで――なぜか、まるで、幼いころからドラゴンの王宮に住んでいたような錯覚を覚えた。


「――結局、ナミクとアルトは見つからなかったの?」

「ああ、逃げた後だった」

「……そう」

「あの傷じゃ、逃げ切れないよ」

「そうかしら?」

 アルトとナミクの、お互いを思う執着の強さを思うと、ユズは二人は逃げ延びたのだと確信していた。だって、何より二人には。

「ユズ? 他に何か視えたの?」

「……さっきは言わなかったんだけどね、たぶん、アルトのお腹にはナミクの子がいるよ。小さな光みたいなものを感じたから」

「そう」

「うん。だからね、あたし、生き延びていると思う」


 それはきっと禍根となるのだろう。

 だけど、あのイメージを思い切り見てしまったユズは、それでも生きていて欲しいような気がしていた。

 風が二人を撫でた。

「気持ちいいね、キアラ」

「ん」


 キアラに後ろから抱き締められ――そのまま、キアラの体温を感じながらユズは、目を閉じた。目蓋の裏には、まだ見たことのない色いろな世界が広がっていた。

 ずっと、遠くに行きたいと願っていた。

 そして、あのときと比べると、うんと遠くへ来たと、ユズは思う。

 でも、あたしはもっと遠くへ行きたい。

 キアラと二人で。


「結局、アルトとナミクが首謀者だったの? 一連の事件の」

「――そこは不明確なんだよ。彼らが大きく関わっていたのは間違いがない。だけど、もしかしたら、その背後に誰かいるのかもしれない。現に、あっという間に王宮から逃げ出せている」

「手助けした人がいる?」

「たぶんね。……でもまあ、今回はこれでいったん幕引きかな? 追及は難しいよ。ユズがナセルの後をつけていたと証言した、使用人のシーラもいなくなってしまったし。襲撃してきたブラックドラゴンは皆死んでしまったし」

「そう」


「……ねえ、ユズ。僕の周りは問題だらけだ。きっと、こういう騒動はまだまだ続く。もしかしたら、王位についてからも続くかもしれない。――でも、僕はユズに側にいて欲しい。そうして、ドラゴンの王国を統一するのを手伝って欲しい。僕の片腕として」

「統一?」

「そう。争いのない、平和な国にしたいんだ。それがずっと僕の願いだった」

 ふと、キアラの母のルル妃が病気がちなのをユズは思い出した。あれも、黒い渦のせいかもしれない。……もし、争いがなければルル妃はもっとずっと元気だったのかもしれない。

「時間がかかるだろうけれど、成し遂げたいんだ。ユズ、僕といっしょにやってくれる?」

「……はい!」


 キアラが目指しているところは、ユズが行きたかったもっと遠くの「どこか」と同じところであるような気がした。遥か遠くの高みの美しいところ――

 ユズはそう思いながら、遠くへ思いを飛ばした。

「ユズ、一生いっしょにいて? そして、誰も見たことがない景色をいっしょに見よう」

 ユズは返事をする代わりに、振り向いてキアラの唇に自分の唇を押し当てて、長いキスをした。


「ユズ――今から、ドラゴンの王国を空から見に行こう!」

「はい!」


 白銀のドラゴンはユズを乗せて、蒼穹を優雅に飛んだ。

 その姿は白く美しく輝き、ドラゴンの王国中に歓びと希望の光を降らせたのだった――






                       

                       了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心の声が聞こえる花嫁は竜の王太子の片腕です ~子ドラゴンの手当をしたら溺愛されました~ 西しまこ @nishi-shima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ