余命100日と宣告されて無敵モードになった九十九君が「ごめんなさい、実は誤診でした」という連絡を受けるまであと99日

やまだのぼる

余命百日

 


百川ももかわさん、今一人なんだ。ちょうどよかった」

 急にそう声をかけられた。

 放課後の教室には、私一人が残っていた。

 外の雨がもうすぐやみそうだったので、たまたま残っていただけ。

 そこに突然現れたのが、クラスメイトの九十九つくも君だった。

「実は、聞いてほしいんだけど」

 と九十九君は私に言った。

「俺、余命があと百日なんだ」

「は?」

 私は九十九君の血色のいい顔を見返した。

「ヨメイ?」

 その言葉が上手く頭の中で漢字に変換できなかった。少し考えて、それが余命のことかとようやく気付く。

「余命って、生きられる時間のこと?」

「うん」

 九十九君は真剣な顔で頷いた。

「百日後に俺は死ぬ」

「ぴったり百日後?」

「うん」

「それはその、お気の毒に」

 何と言えば分からなくて、私はとりあえずそう返した。

 九十九君が何も言わないので、微妙な空気が漂う。

「ええと、ごめん。ちょっと整理させて」

 私は右手を上げた。

「本当ならそれってかなり重い話じゃない? どうしてそんな話を私にするの? 私たち、同じクラスだけどほとんど話したこともないよね?」

「百川さんなら秘密を守ってくれると思って」

 九十九君は言った。

「自分一人じゃこの秘密を抱えられそうになくて、誰かに打ち明けたかったんだ。だけど、誰に言っていいか分からなくて。クラスで一番口が堅そうな人って誰だろうって考えたときに、百川さんの顔が浮かんだんだ。百川さんは秘密を軽々しくばらす人じゃないと思ったんだ」

「そ、それはありがとう……?」

 ありがとう、なのだろうか。

 別に私は口が堅いわけではない。

 ただ、大きな希望を抱いてこの高校に入学してたった二か月で大きなケガをして、今までの人生の全てだったサッカーを部活ごと辞めることになったときに、目標も目的も見失って、それから高二の九月、つまり今に至るまで、やりたいことも親しい友達も何もないまま無為に過ごしているというだけのことだ。

「ええと、病名、とか聞いてもいいのかな」

 まだ半信半疑の私にも一応、言葉を選ぶくらいのデリカシーはあった。

「嫌なら、別にいいけど」

「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病」

「なお……?」

「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病」

 舌を噛みそうな病名を、九十九君はすらすらと繰り返した。

「ごめん、聞いたことない。その病気」

「そうだろうね。三十五億人に一人の確率と言われてるらしいから」

 それは、いま世界に二人いるかいないかって感じなのだろうか。

「めちゃくちゃ珍しい病気なんだね」

「うん。小腸に小さなひずみが生じる病気で、それがだんだん大きくなって、臨界点を越えると爆発するんだ」

「爆発?」

「だから、俺の身体は百日後に爆発四散する」

「ちょ、ちょっと待って」

 また理解が追いつかなくなった。

「百日後に、何て?」

「俺は、爆散する」

 九十九君はきっぱりと言った。俺は変身する、みたいにかっこいい口調で。

「ひずみの大きさは、今は0.2ミリ。これからの成長速度は『今津と田中の成長曲線(2011)』で計算できるから、それによって俺の余命も正確に計算できるんだ。今日からあと百日後、ひずみは臨界点である3センチに達し、そして俺は死ぬ」

 すらすらと何だかよく分からないことを九十九君は言った。

「それ、お医者さんの診断なの?」

「ああ。鬼門医院の鬼門徹きもんとおる先生の診断だから、間違いはないよ。鬼門先生はNEBの世界的権威なんだ」

「NEB?」

「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病の略だよ」

「ああ……」

 NEBも鬼門先生も知らないけど、きっとその方面では有名なのだろう。それがどの方面なのかすら私には分からないけど。

「治療はできないの?」

「残念だけど」

 まるで他人事のように、九十九君はさらりと答えた。

「ひずみが外気に触れたら、その時点で爆発してしまうからね。今の医療技術では、治療はできないんだ」

「そうなの……」

「だから百日目には、なるべく身体が飛び散っても迷惑にならないところで最期を迎えようとは思ってるよ」

 テントの中とか、と九十九君は言った。

「そうすれば、掃除のとき楽だろ」

「どうしてそんなに冷静なの。だって、もうすぐ死んじゃうんでしょ」

 死が目前に迫っているとは思えないほどの冷静な態度。

 そのせいで、九十九君の話が本当のことに思えない。

「もちろん俺にも色々と葛藤はあったけど、仕方ないと今は割り切ってる。残り百日の人生を楽しむことだけを考えることにしたんだ」

 そして、九十九君はにこりと笑った。

「だから、百川さんだけは知っておいてほしい。九十九あきらは、今日から百日後に死ぬんだってことを」



 九十九君は、基本的に全然目立たない男子だった。

 友達がいないわけでもないけど、そう多くもなさそう。

 部活には多分入ってなくて、勉強も運動も取り立ててできるわけではない感じ。

 クラスで何か面白いことを言うわけでもないし、秀でた特技があるわけでもない。

 ほとんどの人の人生において、モブに近い役割しか与えられなそうな男子。何年かしたら、ああ、そういえばそんな人もいたねって言われるような。そんな感じ。

 でも、今の私よりもましだと思う。

 私には友達と呼べる人は一人もいないし、クラスでもいつもぽつんとしている。ただ、そこに存在しているだけ。

 多分、この学校を卒業して二か月も経てば、みんな私の顔も名前も忘れてしまうだろう。そんな人もいたね、じゃなくて、そんな人いたっけ?の方。

 以前は違った。

 部活をしていた頃の私だったら、多分、失礼だけど九十九君のことなんて眼中にもなかっただろう。

 全国大会に何度も出場している強豪の女子サッカー部に入るためにこの学校に来て、一年の春からいきなりレギュラーを取った。前途洋々だった。

 当然、クラスでは一目も二目も置かれていたし、友達は勝手に増えた。

 けれど、怪我で全てが変わった。

 今の私は、まともに走ることすらできない。

 そんな不甲斐ない自分と向き合うことができなくて、私は部活を辞めた。そうしたらそのあとには、何も残らなかった。

 別人みたいに暗くなった私から、友達はどんどん去っていった。だけどそれは私自身が望んでいたことでもあった。

 生きる目標を見失ったのに、元の自分のままでなんかいられない。こんな自分を友達に見られたくない。だから、どうか私から去っていってください。

 二年生になった頃には、クラスも変わって、私がサッカー部にいたことなんて知らない子がほとんどになった。

 私はただの暗い子。ヒエラルキーで言えば、九十九君よりもさらにずうっと下だろう。




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