余命八十二日
体育祭での九十九君は、私の危惧やクラスメイト達の悪意ある予想に反して、大活躍だった。
帰宅部だったから知らなかったけど、九十九君は実は運動神経がかなり良かった。
一応、秘密を打ち明けられた手前、障害物走のスタートと同時に「九十九君頑張れー」と言っておいた。小さな声だったので聞こえてはいなかったと思うけど、まあ気持ちということで。
だけど彼が最初のネットに引っかかって最下位になった時点で、みんな「あー」という顔になった。私も苦笑いで応援していたのだが、そこからの巻き返しがすごかった。
トップを走っていた他クラスの生徒が平均台から落ちたりして手こずっているうちに、九十九君は残りの障害をノーミスで走り抜けて、一気に逆転して一位になってしまった。
さすがにこれにはクラスのみんなも盛り上がった。競馬好きの森君が「捲った! 九十九が捲った!」と騒いでいた。
二人三脚でも佐藤君と快走した九十九君は、休む間もなく学ラン姿でクラスメイトたちの競技を全力で応援し続け、そのまま元気にリレーに出場すると、四位から二位に一気に順位を上げてまたまた歓声を受けた。森君が「九十九の末脚が! 末脚がやばい!」と騒いでいた。
結果、うちのクラスは最初あんなに熱量が低かったにもかかわらず、九十九君のパッションに押される形でどんどんみんなも熱くなり、なんと総合優勝までしてしまった。
そうなると現金なもので、放課後の教室はみんなで打ち上げに行こうと大いに盛り上がっている。
優勝の立役者になった九十九君は、今はクラスの中心の輪から外れて、自分の席で何だかぼんやりとしていた。
「お疲れ様」
私は九十九君にそう声を掛けた。
「大活躍だったね」
「ああ、百川さん」
応援しすぎた九十九君の声は、すっかりしゃがれてしまっていた。
「みんなカラオケに行くって言ってるけど、俺もう一曲も歌えないよ」
そう言って笑う。
「たくさん声出してたもんね」
「まあね」
「足、速かったんだね。知らなかった」
「ああ、俺、帰宅部だからね。知らなくて当たり前だよ」
九十九君は頷く。
「中学までは一応、スポーツやってたから」
「何を?」
「サッカー」
「そうなの?」
私と同じだ。知らなかった。
「うん」
九十九君が私を見上げる。なぜだか、どきりとした。
「よっしゃ、それで決まりな!」
教室の向こうで大きな声がした。スマホを覗き込んで盛り上がっていたみんなが、大人数でも入れそうなカラオケ屋を見付けたらしい。
リレーのアンカーだった男子サッカー部の
「九十九、お前もそれでいいだろ?」
「ああ、いいよ」
「今日はお前がいないと始まらないもんな」
飛田君はにやりと笑った。
目立たない生徒だったはずの九十九君が、一軍男子の飛田君から了承を求められている。すごい光景だ。昨日までなら考えられない。
「百川さんも来るよね」
九十九君に言われ、私は首をかしげた。正直、気は乗らなかった。
「私は、ほとんど活躍してないし」
出たのは綱引きだけ。それだって膝のことが気になって、ろくに踏ん張れなかった。
「そんなの関係ないよ。行こうよ」
九十九君は言った。
「ね。あと八十二日でいなくなる人間のわがままを聞いてよ」
そう言われると、何も言えなくなった。
「それ、ずるいよ」
そう抵抗してみた。
「それ言われたら、断れないじゃん」
「使えるものは何でも使わないと」
九十九君はそう言って笑った。
打ち上げのカラオケボックスで、私は隅の方で大人しくしていたけど、
「百川さん来てくれたんだ、珍しい」
と何人かから話しかけられた。
私も以前はこういう場が大好きだった。けれど、ケガをして部活を辞めてからは、多分一度もカラオケなんてしていない。
順番に歌うことになったので、仕方なく一曲だけ歌って、それからはまた大人しくしていた。
そうしたら、隣に九十九君が来た。
「百川さんの歌、初めて聞いた」
「わざわざそんなこと言いに来るほどの歌じゃないでしょ」
私が歌ったのは、中学の頃に少し流行ったアイドルの歌だ。たかが三年前くらいのことだけど、みんな「懐かしい」と言ってくれた。
「いや。良かったよ。いつもとのギャップっていうのかな。可愛かった」
九十九君はなぜか、可愛かったに力を込めた。
「そう言えば、今日の障害物走で」
私は照れくさくなって、そう話題を変えた。
「九十九君、最初のネットで引っかかったでしょ。あそこでもうだめだと思ったよ」
「ああ、あれ」
九十九君は照れたように笑った。
「百川さんの、頑張れって声が聞こえたから。それで動揺した」
「え」
「俺も焦ったよ。最下位になったから」
「聞こえてたの?」
「うん」
九十九君は頷く。
「聞き逃さないよ」
そこに突然、競馬好きの森君が割り込んできた。
「九十九、お前の末脚ヤバすぎだぜ! ディープインパクトの菊花賞かと思ったぜ!」
「ごめん、俺、競馬はよく分かんない」
「まさかお前がこんな脚を持ってるとはな!」
森君のテンションはすごく高くて(多分、知られざる名馬を見付けたみたいな気持ちだったんだと思う)、それでその話はおしまいになった。
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