余命五十三日
九十九君はその日を境にがらっと変わった。
別に髪型とかを変えたわけじゃないんだけど、何と言うか、中から溢れ出るオーラみたいなものがキラキラしている感じというか。
それをクラスの他の子たちも感じ取ったんだと思う。
「なんか、九十九変わったよね」
っていう評価がじわじわと浸透してきた。
当の九十九君は、そういう雰囲気を感じているのかいないのかその辺は分からないけど、いろんな子と遊びに行ったりして、とにかくやりたいことを毎日楽しくやっている気配は伝わってきた。
私自身は相変わらずだったけど、九十九君はちょこちょこ私のところにやってきては何かしら話していった。
やがて、文化祭の季節になった。
十一月の頭に二日間の日程で行われる文化祭では、クラスごとに教室を使って展示や模擬店をする。
うちのクラスは、お調子者の佐藤君が「ホストクラブやろうぜ」って言い出して、みんなも面白がってそれに乗っかったんだけど、先生からさすがに高校の文化祭でホストクラブはまずいっていう横槍が入って白紙に戻った。
そっちの方向で盛り上がっていただけに、すぐには新しいアイディアも出なくて、みんなの間には白けた空気が流れていた。
「もう休憩室でいいんじゃね?」
一軍男子の飛田君が言った。
「俺も部活の方の模擬店で忙しいからさ」
確かに、そういう意見の子もちらほらいた。部活の出し物がある子は、結局クラスよりもそっちが優先だ。私としては正直、どっちでもよかった。
ただ、文化祭ということは他校からもお客さんが来るわけで、中学時代までの知り合いに今の私を見られたくないなあという気持ちはあった。
亜子、変わっちゃったね。どうしたの?
そんな風に聞かれるのが一番嫌だった。だから、目立たないことであれば何でもよかった。
「はいっ。じゃあさ」
元気に手を挙げたのは、九十九君だった。
「ホストクラブがまずいなら、執事喫茶にしようよ」
みんなが「は?」という顔をする。
九十九君の提案はこうだった。
男子が黒服の執事に仮装して、お客さんを「お帰りなさいませ、お嬢様」と出迎える。男子だけじゃなく、女子の中でもイケメン度の高い宮瀬さんや、可愛い笹川さんにも男装してもらう。
確かにそれならホストクラブとは違うから、先生の許可も下りそうだ。
「あ、それなら私のおじいちゃんが昔着てた服持ってくる」
今井さんが言った。
「え、今井。お前のじいちゃん執事だったの?」
目を丸くする佐藤君に今井さんは首を振る。
「そんなわけないでしょ。うちのおじいちゃん、若い頃バーテンダーやってたんだけど、その時の服が執事っぽいんだよね。まだうちに何着かあるんだ」
「おお」
一気にクラスは活気づいた。
たちまちいろいろなアイディアが飛び交い始める。
盛り上がるクラスメイト達を教室の後ろから見ていたら、ふと九十九君と目が合った。
九十九君は私を見てにこりと笑った。
文化祭当日、執事喫茶は大盛況だった。
背の高いバスケ部の
「そんなにイケメンじゃないのに、なぜか目で追っちゃう」
とお客さんの女の子が言っていた。
その気持ちは何となくわかる。
多分、九十九君の内面から溢れる明るいキラキラしたもののせいだろう。
途中、私まで執事の格好をさせられた時間帯があった。
「私はそういうのはいい」と断ったんだけど、「百川さん、絶対似合うから」と九十九君に半ば強引に着させられた。
九十九君に「あと五十三日でこの世からいなくなる人間の頼みだと思って」と言われたら、私も断り切れなかった。
なぜか私の執事服姿はクラスの男子にも女子にも好評だった(普段から喋らないから、イメージが物静かな執事と合うのだとか。多分、女子にしてはがっしりしているところも影響しているんだろう)。
私が接客に出ているときにたまたま中学の同級生に出会った。
彼女は私がサッカーを辞めたことを知らないらしく、「亜子は相変わらず人気者だね」と言って笑顔で帰っていった。
後夜祭もすごく盛り上がって、いつの間にか九十九君はクラスの輪の中心にいた。
もう完全に私とは違う世界の住人になったな、と思っていたのに、なぜだかちょくちょく私をかまいに来る。
もしかしたら、私が誰かに秘密をばらしてしまわないか、心配だったのかもしれない。
「大丈夫、誰にも話してないよ」
と言うと、九十九君は少し困ったように笑った。
クラスの一軍グループとあんなに楽しそうにしている九十九君を見ていると、本当にあと二か月足らずで死んでしまうなんてとても思えなかったし、九十九君がすごくかわいそうだった。
夜の暗さに紛れて、私は少し泣いた。
彼の代わりに、私がそのなんとかっていう病気で死んでしまえたらいいのに。
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