余命二十二日


 その頃にはもう、九十九君の余命が尽きる最後の日はちょうど十二月二十五日だっていうことは私にも分かっていた。

 九十九君は来年を迎えることなく、クリスマスの日にばらばらに吹き飛んで死んでしまうんだ。

 それなのに、九十九君は毎日楽しそうに笑っている。

 それでだんだん、あれは九十九君の嘘だったんじゃないかって思えてきた。

 あの何とかっていう長い名前の病気で余命いくばくもないというのは、私を驚かすための単なる嘘なんじゃないかって。

 それくらい、九十九君は元気だった。

 だけど、ある日そんな私の疑念を吹き飛ばすような事件が起きた。



 もう、季節はすっかり冬になり、九十九君が爆散してしまう日まで二十日を切ろうという日のことだった。

 午後の授業中、やけに学校の外でサイレンの音がうるさいな、と思っていた。

 そうしたら、突然教室のドアが乱暴に開いた。

 そこに、グレーのスウェット上下の、はげたおじさんが包丁を持って立っていた。

 現実感のない光景に、みんな一瞬ぽかんとした。

「てめえら全員、ぶっ殺してやるう!!」

 とか何とか、そのおじさんは叫んだ。

 完全に目がいっちゃってる感じだった。包丁の刃のぬらっとした輝きが、すごく生々しかった。

 教室は一瞬で大パニックになった。

 お調子者の佐藤君が、「え? ドッキリ?」とか言ってたけど、誰も構わなかった。

 女の先生が「みんな逃げてー!」って叫んで、先生も含めてみんなが後ろのドアから逃げ出した。

 だけど、笹川さんが逃げ遅れてしまった。興奮したおじさんは包丁を振り上げて、恐怖で動けなくなっている笹川さんに迫った。

 そこに立ちはだかったのが、九十九君だった。

 九十九君は包丁なんか全然怖がってないみたいに、おじさんを睨みつけた。

「邪魔すんなぁ!!」

 おじさんは叫んだ。

「俺の人生はもう終わりだ、お前らも道連れにしてやるぅ!!」

「ふざけんな!!!」

 九十九君の叫びは、おじさんよりも何倍も大きかった。おじさんの身体がびくっと震えたのが分かった。

「お前なんかまだまだ何年も生きられるくせに、何がもう終わりだ! ふざけんじゃねえ!!」

 九十九君はずんずんとおじさんに突っ込んでいった。

「生きたくても生きられねえ人間だっているんだよ!!」

 おじさんはびっくりしたように目をぱちくりさせた。九十九君はその頬を思いっきり殴り飛ばした。

 おじさんは、ぶぎゃ、とか何とか声を上げて、床にひっくり返った。

「九十九君!」

 私はみんなを押しのけて、思わず彼に駆け寄っていた。

「大丈夫!?」

 九十九君は答えなかった。目を見開いて、私の顔を見ていた。

 我に返ったクラスメイト数人が駆け寄ってきた。佐藤君が包丁を蹴飛ばして、宮瀬さんが笹川さんを助け起こして、飛田君や登坂君たちがおじさんを取り押さえた。

 そうこうしているうちに、制服の警察官がたくさんやってきて、おじさんは逮捕された。

 その間ずっと、九十九君は青白い顔をして立っていた。ずっと肩で息をしていた。

「百川さん」

 しばらくして、九十九君はやっと口を開いた。

「走ったね」

「え?」

「俺の方に走ってきたでしょ、さっき」

「あ、うん」

 そう言われてみれば、そうだっただろうか。夢中だったからあまり覚えてないけど、走ったのだとしたら一年生の春に怪我をして以来かもしれない。

「よかった」

 九十九君はそう言って、ようやく微笑んだ。


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