余命一日
12月24日。
終業式。クリスマスイブ。
そして、九十九君の余命最後の一日。
明日から冬休みということもあって、クラスの雰囲気は浮きたっていた。
「九十九、お前も大みそかの夜、一緒に初詣行こうぜ」
九十九君は、飛田君たちのグループに誘われていた。
「諏訪町の神社。女子も来るし」
「ああ、いいよ」
九十九君は笑顔で答える。
もうそのときには、この世にいないのに。
ふわふわとした雰囲気のまま、二学期最後のホームルームは終わった。
みんながわいわいと教室から出ていく。
私はそれを見るでもなく、自分の席にぼんやりと座っていた。
しばらくすると、教室に残っているのは私一人になった。
みんなの賑やかな声が遠ざかっていく。そして、九十九君が入って来た。
三か月前、私に自分の余命を告げたときと同じように。
「ごめん。待った?」
「ううん」
「よかった」
九十九君は私の席の前に立った。なんとなく、私も立ち上がる。
「ええと」
九十九君はわざとらしく咳払いした。それから、両手を制服の腰あたりで拭いた。
「手汗が」
と言って、照れ笑いを浮かべる。
私も緊張で顔が強ばっていたが、なんとか笑顔を浮かべると、九十九君は少し安心したように笑い、それから表情を引き締めた。
「百川亜子さん」
「はい」
「俺、百川さんのことが好きです。河川敷で初めてあなたが走ってるところを見たときから、ずっと好きでした。今年同じクラスになれて、めちゃくちゃ嬉しかったです。だから、ええと」
九十九君は右手を差し出した。
「付き合ってください、俺と」
私はその手を見た。少し震えているのが分かった。
「私、もう九十九君が好きになってくれた頃の私じゃないと思う」
私が言うと、九十九君は首を振った。
「そんなことない。親しくなって、もっともっと好きになった。百川さんはずっと、俺の好きな百川さんだよ」
「ありがとう」
「忘れないでほしいんだ」
九十九君は言った。
「告白の返事は、どっちでもいい。ただ、俺のこと忘れないでほしい。それだけはお願いします」
「私でいいの?」
私はもう涙声になっていた。目の前の九十九君が涙でぼやけてしまってよく見えなかった。
これが最後なのに。元気な九十九君の姿を、ちゃんと見なきゃいけないのに。
「百川さんがいいんだ」
九十九君は言った。
「自分の心に嘘をついてる時間は、もう俺には残ってないよ。だから」
「うん」
私は九十九君の手を取った。自分で言った通り、汗でびっしょりだった。でもそれは私もだから、お互い様だった。
「私も、九十九君が好き」
九十九君は、「ああ……」と息を吐くように声を出すと、そのまま何度も瞬きをした。泣くのを堪えているみたいだった。
「二人とも、手汗がやばいね」
私がそう言って泣き笑いすると、九十九君は無理に笑顔を作った。
「そんなに無理しないで」
私は言った。
「九十九君も、泣いて。私ばっかり泣いてるじゃん」
「最後は、笑ってお別れしたいんだ。かっこつけさせてよ」
私の手をしっかりと握った九十九君の手は、まだ震えていた。
「もしも生まれ変わったら、そのときは俺と結婚して」
「うん。する」
私は頷く。
「絶対に見つけてね」
「当たり前だろ」
九十九君が堪えきれなくなったように、私の手を離して両腕を広げた。
私を抱きしめようとしたその時、ぴろろろろ、と間の抜けた音が響いた。
そのタイミングがあんまりだったので、二人で顔を見合わせて噴き出す。
「ごめん。俺の携帯」
九十九君はきまり悪そうな顔でスマホを取り出して画面を見て、
「病院からだ」
と言った。
「出た方がいいよ」
私は言った。
「絶対、大事な話だよ」
「うん……もう今さらだけど。ごめん」
九十九君は電話を耳に当てた。
「はい、九十九です。ええ、そうです、分かってます。今日が最後で、明日はもう……え? 数値が? 一桁違っていて? は? すみません、それってどういうことですか」
しばらくごちゃごちゃと話していた九十九君は、やがて呆然としたように電話を切った。
「……どうしたの」
私はおそるおそる尋ねた。
もしかして、余命の計算が間違っていたのだろうか。今日、この後すぐに死んでしまう、とか。
「どうしよう」
九十九君が私を見た。その目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。顔がくしゃっと子供みたいに歪んだ。
それは私が初めて見る、九十九君の涙だった。
「誤診だって」
九十九君は言った。
「俺、死なないみたい。どうしよう、俺」
そのあと、九十九君が何を言おうとしていたのかは分からない。
それよりも先に、彼に抱き着いた私がその唇を塞いでいたから。
余命100日と宣告されて無敵モードになった九十九君が「ごめんなさい、実は誤診でした」という連絡を受けるまであと99日 やまだのぼる @n_yamada
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