最終話 好きだ。美咲

 佐久間さんとシチュエーションボイス交換を行ってきて、彼女のことが少し分かってきた。


『美咲。俺が好きだってこと知ってるくせに近づいてきやがって。自分がどうなってもいいってことだよな?』


「どうなってもいいですぅぅ! 傍にいりゅぅぅぅ!!」


 一つ。シチュエーションボイスの世界では基本的に僕は超攻めっけの強いキャラであること。


『好きだ。美咲。授業中キミのことしか見えないくらいにベタ惚れしている』


「私がキミの黒板でしゅぅぅぅぅぅぅ! 私だけを見ていてぇぇぇぇぇ!」


 二つ。基本的に僕は彼女にベタ惚れしている。溺愛シチュが大層お気に入りのようだ。


『一目惚れしちゃったんだけど? 俺と付き合うことを許してもいいぜ』


「ありがたき幸せでございましゅるぅぅぅぅ!」


 三つ。

 最近に限った事なんだけど、やたら告白シチュが増えてきているみたいであった。







 僕は自室でASMR動画巡りをしながらぼんやりと佐久間さんのことを考えていた。


「(告白……してほしいのかなぁ?)」


 僕らがやっていることは言わば理想シチュエーションの押し付け合いだ。

 自分の願望をASMRを使って叶えている。


「たぶん僕は佐久間さんのことが好きだ」


 元々憧れの存在ではあった。

 屋上で彼女と共に過ごし、最初の頃は戸惑いがすごかったが、いつの間にか欲望丸出しの彼女をもっと好きになっていた。

 自分の欲望を満たすパートナーに僕を選んでくれたことはすごくうれしい。

 だけど——



 『——貴方の『声』がずっとずっと好きだったんです!』



 たぶん彼女は僕の『声』しか好きではない。

 声以外の青葉優は単なる付属品。

 どうやら僕は僕自身の声に嫉妬してしまっているようだった。







「優君。今日の台本はこちらです。ロマンチックな告白シチュを思いついたんですよ」


 嬉々として僕に便箋を渡してくる佐久間さん。

 いつもの二人のやり取り。

 だけど、この日だけはいつもと違った。

 僕は彼女からの台本を中身も見ずに返却する。

 それはシチュエーションボイス交換拒否を意味していた。

 目を見開いて呆然と立ち尽くす佐久間さん。


「ど、どうしてですか!? も、もしかして、最近何度もキスしてしまっていることが嫌だったのですか!?」


 確かに僕らは雰囲気に流されて何度も口づけをしていた。

 勿論それが嫌だったわけはないので、僕は無言のまま首を横に振る。


「わ、私、私が調子に乗っていたことが理由ですよね!? ご、ごめんなさい! 優君の気持ちも考えずに私ってばいつも自分のことばっかりで……! わかりました。今日は私の台本は無しでいいです。優君の台本だけを頑張って読みます! 何本でも読みます! え、えっちなのでも読みます! だから……だから——っ!」


 佐久間さんは必死で僕をこの場に留めようと焦っている。

 涙目になって僕との関係を繋ぎとめようとしてくれている。

 そのことがとても嬉しかった。


    ぎゅっ


「わ、わわ。今日は優君から抱きしめてくれるのですね。でもよかった。私を嫌いになったわけではないのですね」


 僕に抱きしめられ、安心したように顔を埋めてくる佐久間さん。


「優君の心臓の音聞こえます。ドキドキしてくれているのですね。嬉しい」


 顔を埋めてくれている佐久間さんの頭に手を置いて優しく撫で回す。


「ふにゃぁぁぁん。優君のナデナデ大好きですぅぅ。トロけちゃいますぅぅ」


 一切拒絶をせず、僕のされるがままに懐柔されていく佐久間さん。

 よし、とどめだ。


「……へっ?」


 突然両頬を僕に抑えられ、真っすぐ瞳の奥を見つめられる佐久間さん。

 そのままゆっくりと顔を近づける。


「~~っ!」


 声にならない悲鳴を上げながらも佐久間さんは目を閉じて少しだけ唇を尖らせている。

 受け入れてくれるってことでいいんだよな。


    ぽふっ


「~~??」


 佐久間さんの唇に触れたのは僕が用意した便箋だった。

 いつもの台本セリフが書いてあるお馴染みのもの。

 唇に当たった物が想定外のものだったようで佐久間さんは頬を膨らませて怒りを表していた。


「もぉぉ! せっかくのムードだったのにぃ~! 不粋ですよ優君! まぁ、読みますけどぉ」


 ぶつくさ文句を言いながら奪い取るように便箋を受け取る佐久間さん。

 そこにはこう書いてある。




『僕の声が無くてもドキドキしてもらえたでしょうか?

 美咲が僕の声だけを好きなことが悔しくてこんな意地悪してしまいました


 僕は美咲の全部が大好きです

 美咲にも僕の全部を好きになってもらいたい


 そして、僕の全部を好きになってもらえたその時は

 僕とお付き合いをしてほしいです


 青葉 優』




「~~~~~~っ!!」


 そう、ラブレターだ。

 彼女は僕の声が好きだ。

 だからこそ僕は声という武器を捨てて彼女に想いを伝えてみたかった。

 等身大の青葉優を好きになってほしかったから。


「優君!!」


 佐久間さんはなぜかプンスカ怒りながら僕の両手を掴んでくる。


「わ、私が優君のこと、声だけを好きな女だと思っていたのですか!?」


 眼光を細めて睨みつけてくる。


「私はとっくに優君のこと全部を好きになっていました! 好きでもない人に膝枕してもらったり、抱き着いたり、き、キスをしたりするわけないじゃないですか!」


 激昂しながら僕の告白に対して返事をしてくれた美咲。

 嬉しさで胸がいっぱいになる。


「優君と両思いで嬉しい。嬉しい! 私で良かったらぜひ恋人に——」


    ぽふっ


「むぐっ!?」


 美咲が言葉を言い終える前に、僕は再度彼女の口を便箋で塞いだ。


「ゆ、優くぅ~ん。ど、どうして、私の返事を途中で遮るのですかぁ~」


 涙目で恨めしそうに訴えてくる美咲。

 ごめんね美咲。

 そこから先はやっぱり『声』に出して僕から言いたいから。




「美咲。貴方のことが好きです。僕と付き合ってください」




 ゆっくりと見開かれる瞳。

 ポタポタ流れ落ちる涙を拭おうともせず、彼女はとびっきりの笑顔で返事した。


「……はい! 恋人として貴方をもっともっと癒してみせます!」


 最高の笑顔と共に美咲が僕の胸に飛び込んでくる。

 そして躊躇なく彼女は自分の唇で僕の唇を塞いでいた。

 いつもの触れるだけのキスとは違い、濃厚で求めてくるようなキス。

 

「……ねぇ、優君。ASMRにはR15+の台本も存在するって知っていました?」


「そうなの!?」


「今まではただの友達だったのでさすがに遠慮してましたが……やってみましょうか。ちょっと大人のASMRっ」


「~~~~っ!!」


 恋人になった僕らは次のステップへと進んでいく。

 僕と美咲のASMRな癒しの一時はこれからもずっと続いていきそうだった。



    —完—

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学校で1番の美少女に『あなたの声が好き』と告白された僕は、彼女専用のASMR配信者にさせられました ~きみとの”シチュエーションボイスな”癒しのひととき~ にぃ @niy2222

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