第8話 嫉妬するキミも可愛かったよ

「佐久間さんはさ。笑顔がとっても素敵な人だと思うんだ」


「…………」


「いやぁ、美咲の笑った顔、み、見たいなぁ~」


「…………」


 いつもの放課後の屋上にて、僕は佐久間さんに無言で睨まれていた。

 そして明らかに怒気が籠っているみたいだった。


「ど、どうして怒っているのか……その……お、教えてほしいな~……なんて」


「……優君、昨日みんなとカラオケに行きましたよね」


「う、うん。佐久間さんも一緒だったよね」


 昨日、クラスの付き合いで放課後みんなでカラオケに行った。

 僕や佐久間さん含め、10人くらい居たかな。

 結局1曲しか歌えなかったっけ。


「何を軽はずみに美声を披露しているんですか! 優君の癒しボイスに女の子が気づいちゃったらどうするんですか!」


「そんなことで怒っていたの!?」


 ていうか僕悪くないよね?

 カラオケで一曲歌っただけでどうしてこんなに怒られなければいけないのか。


「うわぁぁん! あの歌声に惚れた女の子が優君に近づいてきたらどうしよぉぉ! 『私専用のASMR配信者になってほしい』って声が殺到する未来が見えるよぉぉ!」


「そんなこと言ってくるの確実にキミだけだから安心しろ!?」


「そんなことないもん! ふぇぇん! 私が先に目を付けたのに優君が他の子に取られちゃうよぉぉ!」


 なるほど。怒っているわけじゃなくて拗ねていたのね。

 さて、どうすればこの被害妄想っ子を安心させることができるのだろう。


 ……そうだ。


「美咲、こっちおいで」


「ぐすっ……いくぅ」


 以前と同じように僕の胸の中に侵入してきた彼女はそのまま正面から首に手を回してくる。

 僕は彼女の頭に手を置いてゆっくりと撫でてあげた。

 相変わらず僕らの距離感はバグっている。恋人でもないのにこんなに近くていいの? っていつも思う。


「さて、ASMRタイムだ。今日は僕からいくよ」


「えっ? 私まだ台本渡してないですけど……」


「いいんだ。今日は僕の台本を自分で読む日だから」


 本当は自分用の台本など用意していない。

 彼女を安心させる為に、僕はアドリブで彼女に向けてシチュエーションボイスを送るのだ。


『美咲。不安にさせてごめんね。僕が甘い言葉を囁くのはキミにだけだから。約束する。僕は絶対他の誰のものにもならないし、美咲も僕にだけ甘い言葉を囁いてほしいな……』


「私も約束しゅるぅぅぅ! 優君だけのものになるぅぅぅぅ!」


『それと嫉妬するキミも可愛かったよ。キミの可愛い所は僕にだけ見せてね』


「か、かかかか、かわっ!? ゆ、ゆゆゆ、優君、今可愛いって言ってくれました!?」


 なんでそこに驚いているんだ。

 確かに美咲のことを『可愛い』って言ったのは今が初めてだったけど、この子ならそんなこと言われ慣れているだろうに。


「あっ、そういう台本ね」


「むぅぅぅぅぅっ! そこは『僕の本心だよ』っていう場面です!」


「そこは僕の本心だよ」


「今さら言っても遅いです! もぉぉっ!」


 プンスカ怒鳴りながらも表情はだいぶ和らいだみたいである。

 ひとまずは安心してくれたみたいだ。


「優君。今のASMRですが、手を繋いだままアンコールをお願いしても良いですか?」


「久々に出たなアンコール。別にいいよ。何回でも囁いてあげるから」


「えへへ。嬉しいです。あっ、要望もあるのですが、『嫉妬するキミも可愛かったよ』の後、顔を近づけてください」


「……唇を奪われる気がするのですが?」


「ふふーん。それはどうでしょう?」


 美咲の要望に答え、アンコールに応じる。

 そして案の定、僕の唇は彼女の唇で塞がれることとなるのであった。


 本当、距離感バグっているよなぁ。

 付き合ってないんだよコレ。信じられないけど。

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