正義の味方と恋愛の両立は難航する
炎刀 幸宗
第一話
恋愛ってなんだろう。
そう思うことがこれまでの25年間数回ほど考えることがあった。
1つは幼いころ少女漫画にハマっていた私は恋愛に憧れそれが知りたくて両親の馴れ初めを聞いたことがあったが。
「あんまり劇的なものじゃなくて友達の延長線みたいなお付き合いだったわ。今もそんなに変らないわね」
と当時――いや、今でもよく理解出来ない回答が返ってきた時そう思った。
そしてもう1つ。
「――お前!? どうしてここに……」
「ちょっと何? こんな朝っぱらから――って」
自分の彼氏が――現在進行形で他の女と裸で寝てた時そう思った。
◇◇◇
『異能力』
50年前、突然飛来した小型隕石群の衝突事件後、一定数の人類に発現した多種多様な能力のこと。念動力、火炎放射、テレパシーといった創作物でもよく見かけるものから、爪が自由に伸びる能力、特定の機種のテレビだけ念力でチャンネルを変えれるといった別にいらない能力まで様々。そんな異能力を使い悪さする人間も勿論現れる訳でその人たちを捕まえる存在として民間で立ち上がった治安維持の職業「
「今日位は休ませて……」
酔っていて心の声がか細い声で漏れ出てしまったが今の私はそれほどショックを受けている。原因は今朝の出来事で破局した彼氏への未練と失恋した事での精神的疲労だった。
「まぁ……その……なんだ、元気出せって、酒代は俺の奢りでいいからな」
「……幸せ者の
「じゃあ、どうしろってんだよ……」
「いい男紹介してよ。
「既婚者の俺に合コン開けってか? 無理に決まってんだろ……」
「――あーはいはい、出た出た既婚者マウント。どーせ
「不貞腐れるのはいいが俺達に当たるのだけはやめてくれよ……それに
「一般!? んな男ども興味ないわよ!! どーせ私と付き合っても怪人組織の女幹部の色仕掛けに引っかかって一線越えた関係になったくせして、別れ言葉が『君って仕事一筋でしょ? 結婚しても家にいなさそうだし。恋冷めちゃった』とかいう正気とは思えないセリフ吐いて終わり終わり。はぁーッやってられないわよ。どーせなら意志強くて私より強い男じゃないと今回の件で嫌になったわ」
「……まぁ、その件に関してはドンマイとしか言えないけど、もっとポジティブにいこうぜ」
「無理。5年付き合ってたのよ5年。結婚だって視野に入れてたのにこんな仕打ち最悪じゃない。しかもそれだけならまだしも、これよこれ!!」
私はスマホを取り出しテーブルに叩きつける。画面には今日の朝刊が映っていて見出しには『永遠なんてまやかし
「私の
「やめとけ、ただでさえ今朝その件でアパートの一室吹き飛ばして社内待機命じられてるところじゃねぇか」
「そうだったわ。今動けないんだった。はぁ……色々叫んでもまだムシャクシャする――マスター!!! スクリュードライバーおかわり!! 支払いは
「お前、まだ飲む気か!?」
「今日はやけ酒。じゃないとやってらんないわよ。どうせ社内の酒屋なんだからいいでしょ!! 明日のことなんか知らない!!」
結局、この日はジョッキの酒を5杯ほど飲んだところまでしか覚えてなく気がついたら自宅のベットでスーツのまま爆睡していた。
「あ゙ぁ゙、頭痛い……」
朝7:30 会社からの招集命令でフラつきながらも出勤する事になった。
「流石に飲みすぎたわ……やけになりすぎたわね」
結局やけ酒ごときじゃ辛い思い出を忘れることなんて出来ないし25になっても感情に振り回されるのは流石にダサいがあれに関してはあの人が悪いだけだし今回に限っては私被害者だし――うん、やっぱりあの人が悪い。
「た、助けてくれ!!」
そんな気分の落ち込む私の頭に響くほど大声の悲鳴が聞こえてきた。
暴れているのは人の形をしたツタの怪人でサラリーマンの男性を人質に何かをしようとしていた。
「――ッ!! 助けないと――そこの怪人!!」
私の仕事は人を救う
「私が相手になる。かかって来なさい!!」
人差し指を内に数回曲げ挑発すると怪人は不敵な笑みを浮かべツタを横に伸ばすとそこから棘がまるでミサイルのように私へ向かって放たれる。だがそこまで速い速度ではなく避けるのは容易で一気に間合いを詰めれた。
「喰らえ!!」
全体重をかけた蹴りを顎に目掛けて繰り出すが微動だにせず効いてる様子は無かった。
「クッ……」
威力不足だったらしくバク転で瞬時に間合いを開ける。
「やっぱりあれが無いと威力が出ないか――」
現在点検中で使えない装備の事を思っていると逃げた方向から無数のツタが手足に絡みつき私の身動きを封じてきた。
「――ッ!! しまった!!!」
よく見るとツタは先程飛ばしてきた棘から生えていて逃げようともがいてみるがツタに付いている棘が釣り針のかえしのように私の肉体に食い込んでいて動くたびに深々と刺さっていった。
「クッ……マズいわね」
ピンチな状況に冷や汗が垂れる。そんな私を見てか不敵な笑みを浮かべた怪人は拳を振り下ろすがその拳は下ろされることはなく頭上で固まったまま停止していた。よく見ると怪人の右半身は氷漬けになっていて指先1つも動かせない状態だった。
「――ッ!!」
怪人が何かに気づいた時には空から顔面へ蹴りが炸裂、そのまま怪人は5mほど地面に顔面を擦り付けられながら吹き飛ばされた。
「ハァ……」
蹴りを決めた人物は白いため息を吐きながらその姿を現す。太陽光を反射しきらめくまとめられた長い銀髪とそれより長く季節外れの目立つ赤のマフラー。それとは反対に全ての光を飲み込むとするほどの黒い瞳。整ったその顔立ちを私はよく知っている。
「『アブソリュート・フリージング』」
私の所属する会社『Hero』の中でトップの実力を持つその
「ガアアアア!!」
先程の蹴りで凍った部分が砕けたことで怒りをあらわにした怪人がこちらに向かって突進してきた。
「騒がしい。とっとと消えろ!!」
そう言うと突然彼の周りの空気が徐々に下がっていく。季節は春で太陽も出ているにも関わらずそこら中に氷の結晶が浮いているのがわかった。
「うう、寒」
急激な気温の低下に薄着の私は鳥肌が止まらなかったが怪人の方はそれどころの騒ぎでは無かった。足先から氷が生き物のように怪人を飲み込みそのまま全身に覆いかぶさったかと思うとフリージングの蹴りで簡単に砕け散った。
怪人が倒されたからか私を縛っていたツタは解けそのまま灰となって消えた。
「いてて……あ、そうだ襲われてた男性は――」
「こっちで保護しておいた。時期に救急隊が来るだろう」
「あ、ありがとう……」
「――勇敢なのはいいが無謀な突撃はするな。ここ最近は怪人も増えている。そんな事をしていたら命がいくつあっても足りんぞ」
フリージングが差し伸べてくれた手を取り立ち上がると彼は私の全身をくまなく見てきた。
「その怪我……かなりの痛むと思うが大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。これぐらいで動けなかったら
「ん?
先程まで優しい表情をしていた彼の顔がしかめっ面になった時に私は重大なことを思い出した。
「あー……」
最上級
強さと世間からの人気、そして何より顔がイケメンな事もあってかファンも多くメディアでは美化されて伝えられることが多いが、同業者たちの間で彼は「氷結の薔薇君」と言う異名がついており真面目過ぎるが故、同業者――特に
「
我ながら見事な言い訳。とっさの判断もお手の物ね。
内心少し鼻高になる私。そんな中ポケットのスマホが鳴ったので電話を取った。
『業務連絡。上級
自動音声が大音量でスマホから鳴り響く。寄りにもよって今一番聞かれたくない情報が出てしまい恐る恐る彼の方を見ると今にでも怒りそうな雰囲気を出していた。
「あ、あはは……えぇ~っと……」
数分前の自分を恨みつつ空気が最悪になったこの場を切り抜ける方法を模索するしか無かった。
「――それで二人とも会議に遅刻したと?」
『Hero』本社の会議室で司会の
「はい、そうです……」
「はぁ……市民を助けるため動いたからお咎め無いとは言えリーベ、お前は流石に反省しろ。フリージングが来なかったら死んでたかもしれないんだぞ――自分の力量ぐらいはわかるだろ?」
「すみませんでした。
「全く……まぁいい、作戦についてだが昨日の正午に全国数カ所へ怪人が襲撃すると本社に予告が入った」
「予告? 何処かの怪人組織が脅迫で送ってきたの?」
「それぐらいシンプルだったら本部を叩けばいいんだが……今回の予告は20ほどの組織から一斉に来た」
「一斉? あの人たちって組織単位で協力することなんてあったかしら?」
「だからこそ面倒で未知数なんだ」
「その事を国民は?」
「知らせてはいない。そんな事をすれば大混乱が起こるからな。この事態は隠密に済ませなければならない――そこで
「――ペア?」
腕を組み黙り込んでいたフリージングが口を開ける。
「そうだが、何か不満点があるのかフリージング」
「今、この会議室には
「当然だ、君たち2人は遅刻したんだ。他の
「場所は?」
「大阪、愛知、福岡、北海道、沖縄、東京――その中で東京以外は上級以上の
「……」
ものすごく不機嫌そうな顔をしているフリージング。何となくだがその理由は分かっていた。
「支援官。こいつと組めとか言うんじゃないだろうな」
「――それ以外何があると?」
「何故そこまでする必要がある。上級以上の
「今回の犯行予告は規模が異常なんだと言ったはずだが?――それとそんなにリーベと組むのが嫌かい? 彼女は上級
「こいつの意思が気に食わん。
目線をこちらに向けるフリージング。刺々しい言葉にイラッときたがここは抑える。
「
「なら、昨日の事件はどういうつもりだ」
彼は懐から新聞紙を取り出すと私の目の前に勢いよく置いた。
「お前がアパートの1室を吹き飛ばした事件。その際どこかの怪人組織で幹部をやっている女を捕まえたらしいが同室にいた男性は火傷を負って入院しているそうじゃないか」
「だってそれは……あの人が怪人組織の人間なんかと浮気して――」
「お前は、そんなことで一般人を巻き込んだのか? 第1、被害がこれで済んでよかったが、もし他の人間が巻き込まれていたら、死人が出たらどうするつもりだ」
「そ、それは――」
あの時の私は怒りに身を任せていた部分もあり、彼の言う通り
「全く……
小さくそうぼやいた彼の言葉は私の逆鱗を逆撫でした。
「くだらない?――私にとって、恋愛は
「
「――ッ!! あなたねぇ!!!」
「そこまでだ二人とも。席に戻れ」
胸ぐらをつかみそうな距離まで近づいた私たちを
「止めないで
「昨日の事件を忘れたのかリーベ。感情に流されるな」
「…………ごめん」
「それから、フリージング、君もだ。君の目指す
「……」
フリージングは席に置いていたマフラーを取ると会議室の扉を開けた。
「フリージング、どこへ行く気だ」
「作戦は俺1人でやります」
「待ちなさい、単独行動は――」
◇◇◇
作戦の目標地点に近い路地裏。そこの自販機で買った飲料水を飲み干すと俺は怒りをぶつけるように缶を握り潰した。
「俺は何故、あんな事を言ったんだ……」
会議室でリーベエーヴィヒに向かって放った言葉を思い返す。その1つ1つが彼女を傷つけるものでありあの言葉は誰でも怒る事など目に見えていたはずだ。それなのに……俺は自分の感情を優先しその捌け口を彼女にしてしまった。
「感情で動いていたのは俺じゃないか……」
あの会議室で彼女を批判するどころか自分の情けない部分をたださらけ出すだけで語っていた
「クソ!!」
情けなかった。
「……次に会ったら謝るか」
そうでないと
そんな事を思っているとスマホが鳴っていることに気が付き画面を見ると妹の
「もしもし」
『あ、お兄ぃ、良かった~繋がって。全然出ないから何かあったかと思ったよ』
「すまない、少し考え事をしていて……」
『――リーベさんと喧嘩したこと?』
「なぜそれを……」
『アタシだって支援官なんよ? 情報ぐらい――というか
「作戦ポイントの近くだ」
『――あ~、了解。リーベさんにも合流するように言っとくから』
「迷惑をかけるな……すまない」
『いいよ。お兄ぃの志が高いのは今に始まった事じゃないし――でも、何回も言ってるけど夢を求める人たちは全員が全員
「あぁ、わかってるよ」
『――それじゃあ気をつけね』
電話が切れたのを確認すると俺は裏路地を後にする。街には人が活気づいておりこれから怪人の襲撃が起こるなど予想している人はいないだろう。だが、そんな人々を守るのが
「――怪人がいない? どういう事だ」
奴らは異形の姿をしているから見ればすぐわかるのだが一切出会わなかった。
「予告の時間まで後1分……」
いないはずがない。そう思い辺りを見渡すが結果は変わらない。何かがおかしい……俺の気づいていない何かがあるのか?
そんな事を考えているうちに時計は作戦時間を表示した。その時、街の端で爆発音と共に火の手が上がる。悲鳴が鳴り響き、人が火の手の逆側へと逃げていく。俺はその人混みをかき分け事件現場へたどり着くと状況が判明する。犯人は重火器を持った数十人のガスマスク集団で爆発の原因は車の炎上、燃え盛る乗用車は黒煙を上げ数十m離れていても息苦しさを感じるほどだった。
「クソ、人間の犯行か……」
怪人組織の犯行予告だったため怪人が騒動を起こすのかと思っていたが意表を突かれた。
「……おい、お前ら見てみろよ。アブソリュート・フリージングが来やがったぜ」
「マジかよ。あいつの言ってたこと本当だったのか」
どうやら犯行予告したのは彼らではなく別組織のようだ。一杯食わされた身からすると彼らに入れ知恵をした輩は相当頭が回るようだ。
「――何者だお前たち」
「あぁ? おいおい忘れたとは言わせねぇぜ。俺達
「……知らん。いちいち悪人の名前なんぞ覚えてはいない」
「んだとゴラ、こちとらてめぇがうちのオジキを独房にぶち込んだせいで居場所失ったんだよ」
そうだ!! と取り巻きたちは声を上げる。
「社会に混乱を与える時点でそこのお里が知れるな」
「うるせぇ社会の犬が!! オジキの仇だ全員かかれ!!」
乱射される銃弾。しかしそれら全ては俺の作り出した分厚い氷の壁に阻まれる。
「喰らいやがれ!!」
横から刀で斬りかかる輩もいたが動きが素人すぎて太刀筋が丸見えで全て避け氷の檻に閉じ込めるまで一分とかからなかった。
「――これで終わりか?」
「ッ!! なめんなよ!!!」
怒りをあらわにした男がロケットランチャーを持ち出し発射しようとしていた。
「これで木っ端微塵に吹き飛びやがれ!!」
引き金にかけられる人差し指。しかしその引き金は氷が纏わりつき引くことは出来ない状態だ。
「な、何だコレ。う、動かせねぇ!!」
「そんなもので俺を殺せると思ったのなら、とんだ計算違いだったな」
俺は彼らに近づき武器を強引に奪い去りそれら全てを分厚い氷の半球で取り出せないよう閉じ込めた。
「さて……全員両手を頭に後ろに組んでそこに伏せろ。少しでも変な動きをしたら四肢を凍らせるからな」
流石にこの状況で暴れる奴らはおらず全員が大人しく伏せた。
「おい、お前。警察に突き出す前に聞くが誰から俺がここに来ると情報をもらった」
リーダー格らしき男から情報を聞き出そうと質問すると彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……誰が好き好んで情報出すと思ってんだ?」
「……ならいい。後は警察に聞き出してもら――」
これ以上俺が言っても無駄だと思い拘束しようとするが後ろから響く拍手に手を止める。
「いやはや、流石は最上級
こちらに声をかけたのは至って普通の黒髪の男。しかし立ち方から戦い慣れた雰囲気を感じ俺はすぐに臨戦態勢へと移行した。
「て、てめぇ、アイビーデビル。話と違うぞ!!」
「クックック、そうカリカリすんなよ
「――今の話から察するに、こいつらに入れ知恵したのはお前か?」
「そうだが? 何か問題でも?」
「なら、大人しくしてろ。お前も拘束させてもらう」
「拘束ぅ? お前がオレを? クックック、まだ自分が有利な立場にいるとでも思ってるのかぁ?」
「何?」
アイビーデビルと呼ばれた男は指を鳴らす。すると俺の心臓付近にとてつもない激痛が走りその場に座り込んでしまう。
「グッ……な、なんだ、何が起こった」
激痛の走る箇所には小さな植物が寄生しておりそれの根が血管のように張り巡らしていることが分かった。
「クックック、まんまと引っ掛かってくれてありがとよ。おかげですげぇ楽してお前を殺せるぜぇ」
奴は不敵な笑みを浮かべながら俺を何か長いもので叩き飛ばした。よく見ると奴の背中から太いツタが数本生えておりそこには棘がびっしりとついていた。
「……その姿。お前、今朝の怪人だな」
「お、正解。人間に化ける怪人は少ないのにこれだけで分かってくれるとは嬉しいねぇ」
「何故ここにいる。お前は俺が砕いたはずだ」
「あぁ、そのことか。簡単な話だ、あれはオレのダミーさ。人間の死体に種を植え込んで作ったただの人形……それにも気づかず勝ち誇ってたお前の姿――クックック、思い出しただけでも笑えるぜぇ」
「……」
「おー、怖い。そんな目で睨むなよぉ。安心しなってお前もその仲間に入れてやるから」
「黙れ!!」
反撃をしようと異能力を発動させたが反応が無く代わりに植物の根が体の肉をかき分けるように内部へと伸ばしていた。
「グア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「クックック、いっけねぇいっけねぇ説明するの忘れてたなぁ。お前に今朝打ち込んだそれは異能力が発動するとその力を吸収して成長する優れものさぁ。異能力を使えば使うほど根はどんどん体の奥深くまで侵入して中をグチャグチャにするぜぇ」
「ハァ……ハァ……」
「へぇ……まだそんな目するんだぁ……異能力が使えなけりゃあ――こんなに弱いくせによぉ!!!」
そこまで強くない蹴りだが満身創痍の俺を倒すぐらいの力はあった。
「ホォーラ、ホラ!! ここが痛いだろぉ!!」
男は植物が刺さっている部分を踏みつける。激痛と共に血が飛び散っていた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
「クックック、最っ高だねぇ。最上級
「な、なに……」
「お前を殺した後すぐにメディアに伝えてやるよ。『最上級
「そ、そんなことをして何になる」
「支配だよ。我らの神がお目覚めになられる世界。それを作るのがオレたちの役目さぁ――あぁ、安心しな。お前の肉体はオレがしっかりダミーとして使い倒してやるからよぉ」
踏みつけが強くなる。この状況から抜け出す方法を考えるが出血が多いせいか頭が冴えずいい考えが思い浮かばない。
「ま、待ってアイビーデビル!! 話が違うじゃねぇか」
そんな中、何かに焦ったのか鎮圧した集団のリーダーらしき男がアイビーデビルを止める。
「あぁん? 何かあんのか
「そいつは俺らが殺す約束だろ。なにアンタが殺ろうとしてんだ」
「わかってねぇな……いいか。おつむの弱いお前に1つ教えてやるがなぁ――」
そう言うとアイビーデビルと呼ばれた怪人は拳銃を取り出し俺の頭に数発撃ち込んだ。痛みはあるが致命傷になるほどではない。
「な! こいつらに普通の武器は効果が薄いんだよ。サクッと殺すなら原爆クラスの爆薬じゃないと無理だぜぇ」
「な、なんでそれを教えなかった」
「聞かれてねぇからなぁ。てっきり知ってるもんだと思ったぜぇ――だがなぁ、お前、ラッキーだぜ。丁度こいつを殺せる兵器があるんだぁ」
「何だと、ならそいつを寄こせ」
「まぁまぁ、焦んなよ――ほらこいつだ」
アイビーデビルが取り出したのは小さな注射器で中には緑色の液体が入っていた。
「こいつは怪人化ウィルス。これを首の動脈に注入すればあっという間に怪人の仲間入りさぁ」
「何故早く渡さなかった」
「そりゃあめったに手に入らない代物だからな普通は値段が張るんだよ。安くて数百万、質のいいやつになると億単位までいくほどだぜぇ――でもなぁ、今丁度治験をやってるんだ試してみるかぁ?」
「なら、寄こせ!!」
「んー、渡してやってもいいが問題が少しあるんだ。このウィルスには脳を潰す作用があってな。耐性のない人間が使うと自我を失ったバケモノになっちまうんだが……」
「なっ……」
動揺するリーダーの男。だがアイビーデビルは囁き続ける。
「オレはな、お前を見込んでいるんだぁ。こんなに大勢の部下に慕われて組のために表社会の苦渋を飲み続けた――それは今日、この日のためにあったと思ってるんだ。オレと同じ怪人になれば牢獄にいるオジキだって助けれるし、気に入らない
「力……」
「さぁ、どうする。あいつを殺せる絶好のチャンスだぜぇ。ここを逃したら一生ないかもなぁ……」
「……あいつを……殺せるのか?」
「オレはそう思うぜぇ」
リーダーの男は俺を凝視する。手が震えているが注射器の針先を首筋に近付けた。
「――だったら、俺にも力を!!!!」
リーダーの男は叫びながら首に注射する。しばらく動かなかったが何かに取り憑かれたかのように痙攣すると彼の体が大きく膨れ始めた。
「こ……これ……は……」
「あぁ~、残念。耐性は無かったみたいだな」
「て……めぇ……殺して……や――」
ガスマスクが外れ彼は憎しみに満ちた表情でアイビーデビルに掴みかかろうとするが全身の皮膚が裂け中から5mほどの狼男のような怪人が血まみれで姿を現しアイビーデビルを睨みつける。
「お? 何だ? オレと戦う気か?」
臨戦態勢を取るアイビーデビル、しかし狼男の怪人は奴の後ろにいたかつての仲間を次々に喰らい殺していった。
「クックック……アハハハ!! こいつは傑作だぁ。憎しみで殺したい相手じゃなくて仲間を殺すなんてなぁ……自我無くなっちまって判断もつかなくなったのかぁ。クックック」
「……ゲス野郎が」
「おいおい、それはひどくねぇかフリージング。オレはちゃんと忠告したぜぇ。『耐性のない奴は自我を失う』ってなぁ――まぁ、その耐性ってのが異能力の有り無しなんだなぁこれが……アハハハ!!!」
「最初からこうなる事が分かっていて――」
「当たり前だ、力ってのは何らかの代償を払わないと得れないだろ? 時間だとか金だとかを消費して努力する、もしくは生まれながら持っている耐性や才能がトリガーになって得れるかの2択だ。それらも無しに力が得れるなんて無理に決まってんだろ創作物の物語じゃあるまいしなぁ」
「……」
「それなのにあいつみたいな裏社会の人間はそう言う上手い話に掛かる奴が多いんだよぉ。机上の空論ばっかり並べてその気になって自分は選ばれし者だと上辺ごしか言わねぇ……そこが実に滑稽だ。だからこうしてオレに利用されてるとも知らずに罠に落ちるんだよ」
アイビーデビルはまるで演説するかのように廃車の上に乗り熱弁する。
「――だがオレ等は違う。己で力をつかみ取り奴ら人間よりも上の新たな人類として君臨したんだぁ、だからよぉ、奴ら人間をどう使おうが社会をぶっ潰そうがオレ等の自由だ。そう言う世界をオレは作りたいんだぁ。お前もそう思わないか? フリージング」
「――言いたいことはそれだけか?」
「あぁ?」
「確かに力を得るにはそれ相応の代価が必要だ。俺もそうして今この場所に立っている。だが、だからといって人々の命を弄ぶことも、社会を崩壊させてもいい理由にはならない。お前の言う自由は何も生まない。ただ人類が消滅するだけのなんの価値もない自由だ」
「ふん、綺麗事しか言えないのかお前は。これだから
「お前の言った社会が崩壊した世界の方がよっぽど机上の空論だ。そこにあるのは自由ではない。ただの混沌だ」
「――お前ですら理解できないとはなぁ、残念だ……おい、もう食事は済んだだろ狼野郎。次は仕事の時間だ」
アイビーデビルの号令と共に怪人は俺へ猛スピードで襲いかかる。振りかざされる爪の攻撃は俺の頭を捉えるがギリギリで避ける。しかし。出血が多すぎたのか体が思うように動かず体勢を崩してしまう。
「――チェックメイト」
追撃。だがその攻撃は俺の元へ届く前にピタリと止まってしまう。
よく見ると怪人の爪は砕け腹に大きな風穴が空いてすでに事切れており肉体は灰となっている状態だった。ずっと見ていたのに何が起きたのか分からなかった俺だったが目線を下にやると砂埃が舞う中、1人俺と怪人の間に立っている人物がいた。その人は黒く細身な機械のスーツを全身に纏っておりフルフェイスのマスクに取り付けられた薄い緑色のバイザーと全身を流れる青白いラインが砂埃が舞っている中でも目立っていた。
「パ、パワードスーツ!!――なぜここに」
見間違うはずが無かった。目の前に立っているそれは『Hero』が作り出した対怪人用兵器で非異能力者の使用が想定して作られたものの扱える者がおらず、長らく本社に眠っていたものだった。
「――どうやら間に合ったみたいね」
そんな厳つい見た目のパワードスーツから真面目なハキハキとした聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「その声……リーベエーヴィヒか!?」
「そ、助けに来たわよフリージング」
「……リーベエーヴィヒ? 何でお前がここにいるんだぁ?」
怪人が一撃で倒されたにも関わらず落ち着いているアイビーデビルはリーベエーヴィヒがここにいることを不思議に思ってるようだ。
「お前は『Hero』本社前でオレのダミー3体に足止めされているはずだが?」
「あら、あの手応えが無い怪人はあなたのダミーだったのね――あれなら10分ぐらいの足止めで終わったわよ」
「へぇ……どんなトリックを使ったのか知らねぇがそこまでできる奴だったとは――」
「あなたってもしかして情報収集苦手? それともフリージングにお熱で私はノーマークだったのかしら?」
「――おいおい、これでも褒めてやってるんだぜぇ。オレの称賛を台無しにするってことは……フリージングの命が惜しくないってこといいよなぁ」
指を鳴らすアイビーデビル。それと同時に俺の体に侵入した植物の根が再び奥へに伸び始め激痛が走る。
「グア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
「ッ!! フリージング!!」
「ハッハッハ!! さぁどうするぅ。そのパワードスーツを脱いで闘うなら止めてやってもいいぜぇ……お前がそれ無しでは非力だってことは知ってんだ」
「構うなリーベエーヴィヒ!! 奴を倒すことに注力しろ!!」
「……」
しかし、リーベエーヴィヒは俺の言葉を聞かずこちらに近づいてきた。
「おやおや? もしかして埋め込まれた植物を取ろうとでもしてるのかぁ? 試すのは勝手だがそいつは根深い上に力が強くてねぇ、無理矢理取ろうものならフリージングの肉がねご削ぎ無くなっても知らねぇがなぁ!!」
「やめろリーベエーヴィヒ……これは異能力を吸収して成長する。お前の異能力は知らないがそれを使って取ろうとしてるなら――」
「手元が狂うからジッとして。それから私のことはリーベでいいわよ」
「――ならリーベ。お前はどうしてここまでする……」
「1つは私情。あんなに口喧嘩して死なれたら……知り合って間も無いとは言え……なんか目覚め悪いじゃない。そういうのが私、嫌なの」
そんなことで……とは思ったが彼女にとっては大事なのだろうと思いその言葉を飲み込んだ。
「それからもう1つ。あなたの妹さんに頼まれたの」
「
「単身で出撃したあなたの事心配してたわよ。それと言い争いの件で代わりに謝罪までして――」
「あいつ……」
「大切な家族なんでしょ。だったらここで死んじゃだめ。この――植物か分からない何かに関しては私がどうにかするから」
そう言うと彼女は集中し始め植物を2本の指で摘んだ。
「ちょっとだけチクッとするわよ!!」
そう言うと彼女の指から針のような物がスライドして現れ植物の1点を貫いたかと思うと植物を根ごと引き抜いた。
「ガハッ!!!……ハァハァ……」
「はいこれ、応急薬。止血したら飲んで」
渡されたのは『Hero』が開発した応急薬だった。俺は急いで傷口に氷を貼って止血をし薬を一気に飲むと傷口は瞬時に塞がり体に活力がみなぎる。
「ハァハァ、すまないリーベ。おかげで助かった」
「どういたしまして――さてと……」
リーベは踵を返すとアイビーデビルの方へと向き直した。
「ご丁寧に取り外すまで待っていてくれてありがとう――ひょっとして外れないと思って高みの見物でもしてた?」
「女ぁ――一体何をした」
「ふふん。異能力の対策ばっかりで普通の兵器への対策が疎かだったんじゃない? コアの位置わかりやすかったわよ、ありがとう」
得意げに話すリーベ。今まで余裕の表情だったアイビーデビルに少しだが焦りが見えた。チャンスは今しかない。
「さぁ、ここからは反撃の時間――歯食いしばりなさい!!」
彼女も同じことを思ったのか手のひらに拳をぶつけ気合を入れコンクリートを削り飛ばし疾風のごとく間合いを詰め、その勢いを乗せた肘鉄でアイビーデビルを吹き飛ばした。
「ゴファ!!!――なんだぁこのスピード……ッ!?」
十数m後方に吹き飛ばされたアイビーデビルは体勢を立て直そうとするが間髪入れずリーベは接近すると連撃を叩き込む。その手足を使った素早く多彩な格闘術は動きに反して当たった時の音が重くアイビーデビルのガードは崩されることがほとんどだった。
「――隙あり!!!」
連撃に耐えきれなかったアイビーデビルが体勢を崩したのを見たリーベは奴を高層ビルよりも高い上空へと蹴り上げ彼女自身もそれを追うように飛び上がった。上空での攻防は目視で確認しにくいがリーベがアイビーデビルの脳天へかかと落としを決めそのまま落雷のごとく落下し道路にクレーターを作り出していた。
「なんて威力だ……」
パワードスーツありきとは言えこれほどの威力を出すのは至難の技だろう。正直彼女がここまでできるとは思ってもいなかった。
「……しぶといわねあなた」
そんな彼女の重い攻撃を受けたにも関わらずアイビーデビルは立ち上がったがその顔は叩きつけられた衝撃で潰れており傷口からは小さく細い無数のツタが陸に打ち上がった魚のごとく動いており見るに堪えないものだった。
「クソが……よくも、オレの顔をぉ……許さねぇぞ女ぁあああ!!!」
辛うじて動くであろう口からは呪言の様な声で憎しみの感情をリーベにぶつける様はまさしく創作物に出てくる怪物がそのまま出てきたと見間違うほど不気味な雰囲気を漂わせており、いくつもの怪人を見てきた俺でさえ背筋が凍る様な感覚に陥る程だった。
「人の命奪ってるやつが自分の顔が潰れたぐらいで怒るなんて呆れるわね」
「クックック、そんなことが言えるのは今だけだぜぇ……闘いはこれからが本番だぁ!!!」
アイビーデビルは懐から黄色い球体を取出し天に掲げるとどこからともなく奴のダミーが現れ始め奴の体へと纏わりつき徐々にツタで出来た巨体へと変化していく。
「さぁ、本番の勝負を始めようかぁ」
「うわぁ……あまりにもデカすぎない?」
「クックック、こいつを使わしたのは褒めてやるがそれでもここまでよぉ!!!」
アイビーデビルの巨大化した拳から繰り出される素早い一撃はリーベを数十m後方へと飛ばした。
「リーベ!!!」
「おーっとぉ、他人の心配してる暇あんのかぁフリージングゥ!!」
奴の体から無数の棘が飛来する。氷の壁を何重にも張り止めるが薄氷の様に次々と割られていく。
「我慢比べかぁ? だったらもっとくれてやるよぉ!!!」
飛来する棘の量が増え生成する氷よりも割られる氷の方が多くなっていく。
「クッ……これ以上は――」
万事休すかと思ったが最後の一枚が割られる前に後ろから首根っこを掴まれ路地裏に連れ込まれた。
「ゲホゲホ、何が――」
「シーッ、静かに。バレちゃうわよ」
「――!? リーベ、無事だったのか」
連れ込んだのはリーベだったようで奴からあれほどの攻撃を食らったと言うのにパワードスーツは傷一つ無かった。
「アレぐらいならどうってこと無いわ。それよりも協力して欲しいことがあるんだけど……大丈夫?」
「奴を倒す算段があるのか?」
「勿論。ほらあそこ、アイビーデビルの背中。ツタが1点から伸びていってるでしょ」
「……あのつむじみたいになってるところか?」
「そう、サーモカメラで見たんだけどあそこだけ高熱を発してたの。あそこにさっき掲げてた球体があるんじゃないかしら……」
「なるほど……俺は何をすればいい」
「ふふん! いい案があるの――」
リーベから提示された案は現状できる最適解であり不満は無くその案に頷いた。
「――合図を出したら出る。いいな」
「OK、任せたわよ」
俺を探すためツタを街中に張り巡らしているアイビーデビル。奴の集中力が散漫してる今しかない。
「行くぞ!!」
空中に奴を囲う氷の道と俺の武器として氷の大剣を作り全速力でその道を駆け出す。
「おやぁ? 今度はタイマンで勝負ってとこかぁ? だがよぉ――」
アイビーデビルは俺の走っている先の道を叩き割った。
「クッ……」
衝撃波と割れた氷が俺に襲いかかるがなんとか踏ん張れた。
「ハッハッハ、いくら最上級
こちらの策を崩したからか満足気な声で勝ち誇るアイビーデビル。だが……
「フッ、勝ち誇ってるとこ悪いがお前は罠に掛かった」
ここまでは予測の範囲内だ。
「あぁん? 戯言を――」
「――捕縛!!」
俺は作り出した氷の道を異能力で崩し奴を縛る様に輪っかへと変貌させる。
「ッチ、ふざけやがって……そんな虚仮威しが効くかよぉおお!!!」
奴は難なく輪っかを割ろうと力を込めるがそれが命取りだった。奴の両腕は輪っか内部に仕込んだ氷の刃によって切り落とされた。
「グアアアア、フ、フリージングゥウウウウウ!!!!」
「俺だって最上級
「だ、だがこれで拘束の意味は無くなった。足だけでもお前ごときなら――ッ!?」
奴は何かに気づいたようで後ろを振り返る。その先には奴へ飛び込むリーベの姿があった。
「ッチ、この女。生きてやがったのか……」
「気づいたって遅いわよ」
急いでツタで妨害しようとするアイビーデビル。四方八方から接近するツタだがリーベは
「何!!!!」
「隙だらけよ!!!」
パワードスーツの背中の1部が飛び出し、その中から刀身が細身の両手剣が現れアイビーデビルへ振り下ろされる。奴は人5人分ほどありそうな足で蹴り飛ばそうとするが
「フリージング!!!」
合図が出た。切り裂かれた部分を見ると黄色い球体が露出しておりツタ達がそれを体内へと戻そうとしていた。
「そこか!!!」
この機を逃さない。俺は新たに道を作り取り込まれる前に球体へ氷の大剣を突き刺しそれを砕いた。すると今まで巨体を構成していたツタは灰となって消え、アイビーデビルの本体が地上へと落下した。
「ガハァ……こ、このオレが……
奴の顔は崩れ辛うじて動く口からは呪言のような言葉しか吐いておらずそれでもこの場から逃げようとしていたが逃がすまいとリーベは奴の頭を押さえつけ剣を首元に突きつけた。
「クックック、
「悪かったわね。こうでもしないと逃げちゃうでしょ? そうなったら、それこそ
「クックック、所詮お前たち
「――警察に突き出して済むならそうしたいけど、それをして何人死んだかは歴史が語ってる、第1あなた達怪人はもう二度人間には戻れないことぐらい分かってるでしょ。社会を脅かし命を奪い続ける存在ならそれを排除する。これが私達の仕事だから」
振り下ろされた剣はアイビーデビルの頭を貫き奴の体は灰と化し消えていった。
「終わったか……」
正直生きた心地はしなかった。彼女が駆けつけなかったらどうなっていたか。考えるだけでもゾッとする。
「――ふぅ……ねぇ、フリージング。どうだった私の異能力『Twice or Half』は」
自慢気に話すリーベ。作戦で聞かされた時は本当かと疑っていたが実際に見ると類を見ないほど珍しい異能力だった
「正直驚いた。あらゆる事象や物質のパラメーターを2倍か半分にできる能力なんだよな……そういうタイプの能力は初めて見た」
「そうでしょ……まぁ、効果時間10秒間だけだし効果範囲も私の半径1m以内だからかなりリスキーなんだけどね」
「いや、そのおかげで助かった。俺だったらまず勝てなかったし……それに足手まといだったな」
「そんなこと無いわよ、あなたがいなかったら私だって勝てたかどうか――っていうか随分しおらしいわねどうかしたの?」
「あ、いや……その……」
今朝のことについて謝るチャンスだがどう切り出したらいいものか迷い言葉が詰まってしまった。
「もしかして今朝の喧嘩のことで負い目に感じてるの?――なんてね、氷結の薔薇君がそんな事で悩むわけ――」
「――すまなかった」
「――へ?」
「今朝の行動と発言の全てを謝らせてほしい。頭に血が上ってたとは言えお前の夢を否定し人として恥じるべき事をした……」
誤ったのが意外だったのか。それともこの件に関して俺が悩んでることに驚いたのか彼女は棒立ちで微動だにしなかった。
「ハッ――っていやいや、謝らなくていいから。あれに関しては私の行動が
「だが……しかしそれでは――」
「もー頑固ね、じゃあ……握手。これで仲直りってことで……いい?」
「……それでいいのか?」
「握手嫌い?――あ、ひょっとしてパワードスーツ越しだから? 握力強いもんね。ちょっと待ってね」
「いや……別にそれを気にしてるわけじゃ――」
俺としては握手だけとなると申し訳が立たないのだがそんな事はお構いなしに彼女はマスクを取り外す。そうするとパワードスーツのパーツが全て外れ1つのリングへと変形し彼女の右腕へとはめられる。
「ふぅ……息苦しかった」
「――」
それは不意打ちだった。普段目を見て会話が苦手な俺は今リーベの顔を初めてみた。赤の瞳と黒く長い髪はまるで宝石から作ったかのように鮮やかで顔立ちは幼さを残しつつ女性らしい色香のある優しい雰囲気をかもし絵に描いた理想の美人をそのまま引っ張り出したような容赦に俺の瞳は釘付けになった。
「ん? どうしたの人の顔まじまじと見て……なんかついてるの?」
俺は彼女の顔を凝視していることに気づき慌てて視線を逸らす。
「いや、な、なんでも無い」
「えぇ本当? 変に化粧落ちてたりしない?」
「して無い。大丈夫だ」
「そう? じゃあ、はい握手」
焦っている俺の手を彼女は柔らかく細い手でギュッと握る。
「なっ――」
「これでこの件はお終いってことで、いいわね」
「あ、あぁ……」
底抜けに明るい彼女の笑顔を見て俺の顔はどんどん熱くなり心拍数が上がるのを感じる。
「はい、お終い――んー!! 肩の荷が降りてスッキリしたわ」
「……まさかだとは思うがその為だけに握手で終わらせたんじゃないだろうな」
「あら、それ以外に無いでしょ」
「――俺はかなり悩んだんだが」
「いつまでも引きずるよりはこれぐらいあっさり終わったほうが楽でしょ」
「まぁ……そうだな。お前がいいなら――」
「あ、そう言えばさっき本部から連絡あったんだけど、私達当面の間ペアとして活動するんだって」
「――え?」
突然のことで信じれずスマホを見ると
「という訳で、これからよろしくねフリージング」
「待て、なんで俺らなんだ」
「さっきの戦闘データ送ったら息ぴったりだったから2人でよろしくって――フリージングはペア組むの嫌?」
「そんなことは無いが……」
「じゃあ、問題無しってことで――そうだ、連絡先交換しましょ」
「あ、あぁ……」
あまりにもトントン拍子に物事が進んでいくので戸惑いながらもお互いの連絡先を送ったがスマホの画面を見たリーベは急に吹き出した。
「ど、どうしたんだ」
「ゲホゲホ、どうしたじゃなくて。あなたどうして連絡先のアカウント名が本名なのよ」
そうして彼女の見せてきた画面には
「俺の本名なんて調べれば一発で出るだろ」
「そうかもしれないけどプライバシーってものが……あーんもう!! なんだか一方的に知ってるのってモヤモヤするわ」
「いや別にそこまで気になるか?」
「私は気になるの。という訳で――私、
「――分かった、改めてよろしく、
「こちらこそよろしくね
「おい、事件の処理はどうするんだ」
「規模が大きすぎるから警察と支援官さん達がやってくれるって」
「そ、そうなのか」
「ってな訳で行きましょ。ホラホラ早く早く」
一歩前を歩きながら手招きする彼女を見て自分の悩みは一旦しまい込みゆっくりと彼女の後をついて行った。
◇◇◇
「あーんもう!! やってられないわよ」
スマホを机の上に置き私は椅子に大きくもたれ掛かった。
「……仕方ないだろ、あんなに騒ぎになったんだ、ある程度は俺たちで事後処理は必要だろ」
私の態度を見た
「事後処理ぃ!? 怪人騒動ならその言葉使ってもいいかけど今回に至っては私達完全に濡れ衣着せられた被害者じゃない」
私がこんなにもイライラしているのは他でもない。先日、
「私達って
「影響力で言えば芸能人以上に大きいだろ。俺だってよくメディアには出てるぞ」
「――それが今回こんなに大反響した一番の理由じゃない」
そう、今回彼には祝福的な言葉がかけられたことが多かったらしいのだが私の方には彼のファンクラブからの私怨混じりの手紙と読む気の失せるファンクラブの掟が大量に送られ参っていたところだった。
「まぁ、俺たちがそう言う関係は無いと言えば大半の奴らはこの件から引いてくれるだろ」
「――そうには見えないけどね……」
どうせ
「――それはそうと
「へ? 無いけど。また組手でもするの」
「あぁ、訓練もそうだが息抜きに甘いもの食いに行こうかと思ってるんだが……お前も来るか?」
ペアを組んでみて知ったのだが彼は生粋の甘いもの好きなのかよくスイーツ巡りをしていて誘ってくれることも多い。
「そうね……仕事が無ければ行こうかしら」
ん? よくよく考えて見るとこういう行為が勘違いを生むのでは?……。
「……あのさぁ
『怪人出現。待機中の上級以上の
ちょっと出かけるのは避けようと言いたかったが部屋に鳴り響くアラートがその声をかき消してしまった。
「仕事の時間だな」
「――仕方ないわね。チャチャッとぶっ飛ばして誤解の方も片付けましょう」
「だな、今回も頼りにしてるぞ
「任せといて
互いの拳を合わせ今日も人々の命を守る1日が始まろうとしていた。
正義の味方と恋愛の両立は難航する 炎刀 幸宗 @Ento_Yukimune
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