狂わしきモノ

讃岐うどん

第1話 好奇心のままに


「───────────!!」


 その時、僕の世界にちじょうは終わった。

 目の前にある友人だったモノ。

 人間が、バケモノに殺された。


「……孝一!」


 すくむ足が、現実しんじつを見させる。

 最悪の事態を前にして、僕は。

 彼女に腕を引っ張られ逃げた。



 ──始まりは、2時間前の事だった。


「──……もう時間?」


 目が醒めると、僕はベッドの上にいた。酷い汗をかいている。

 綺麗に敷かれていたシーツがシワシワになっていた。酷く、うなされていたのだろう。

 ぴぴぴ、とアラームが鳴った。


(あ、もう1時半か)


 今日は肝試しに行くのだ。よくある、幽霊の出るという噂の。

 うるさく鳴るアラームを止め、ベッドから立ち上がる。

 腕を伸ばし、背筋を伸ばした。

 寝た筈なのに、寝る前よりも疲れていた。


「……行くか」


 7月も終わりが近づいているけど、相変わらず夜は寒いまま。顔を洗って、部活のジャージを着て、肩掛けバッグをからう。

 家には誰も居ない。7。今だけは都合が良い。だれも僕の行動を咎める者がいないのだ。

 僕は家を出た。


「やあ、おはよう色鳥いろどり。遅かったじゃないか」


 玄関を出ると、家の前に一台の車が停まっていた。ウィーンと運転席の窓が下がり、持ち主が姿を現す。

 色鳥いろどり しき

 それが、僕の名前だ。


「アンタが早すぎるだけだ、孝一こういち


 周防すおう 孝一。

 僕の幼馴染にして、2つ年上の先輩だ。季節感の強い半袖短パン。

 胡散臭い73分けがチャームポイントらしい。


「学校で5分前行動を習っただろう?先輩として、後輩の手本になるのは当たり前のことだ」

「まあいいや。お邪魔します」


 後部座席に乗り込み、スマホを取り出す。あと1人、迎えに行かなきゃいかない人がいる。


結衣ゆいには、連絡しておくよ」


 そう言うと、僕は寝ているであろう彼女に、電話をかけようとした。

 だけど、それは孝一に止められる。


「ああ。掛けなくていいよ」

「何で?」

「もうしたから」


 それ以上は何も言わず、彼は運転を続けた。

 服装のセンスがイカれている事を除けば、彼は完璧人間だ。

 欠点の無い彼に、僕は憧れを抱いている。


 そうこうしているうちに、どうやら着いたようだ。エンジンを止め、先程と同じように窓を下げ、右手を外に出した。


「ほら、いる」


 彼の言葉通り、玄関には結衣が立っている。

 感嘆し、僕は呟いた。


「まじか」


 佐藤さとう 結衣。

 肩下まで伸びている髪に、僕と同じようなジャージ。

 手を振っている彼に気づいたのか、そそくさと車に乗り込んだ。


「おはようございます」

「うん、おはよう」


 彼女も後部座席に座わった。

 欠伸をする僕に、彼女は話しかける。


「おはよう、しき。眠そうだね」

「今2時ぐらいだろ? そりゃ眠いよ」


 かくいう彼女も口元を手で覆っている。

 やはり、そこは僕と同じだ。


「時間も無いし、行こうか」

「ああ」


 孝一の言葉に、僕たちは頷いた。

 すると、彼はアクセルを全力で踏み込んだ。

 スピード違反もいいとこだ。





「えぇ……」

「総勢150段の階段だ。まぁ、これぐらい別にどうってことはないだろう?」


 僕の困惑に、孝一は微笑みで絶望を伝えた。

 石階段の左右は木々で覆われており、外の景色が見えなかった。

 まぁ、階段自体は普通で、特に苦なく登り切れた。


「ここ……どこかで……」


 そう口にしたのは、僕。

 ここ『億万長社おくまんちょうじゃ』は知る人ぞ知る肝試しスポットだ。

 辺り一体が階段と同じく木々に覆われており、外から神社を見ることはできない。

 それは知っているが、それとは別、僕の中の何かが反応していた。


「織、ここ来るの初めてじゃなかった?」

「そうだけど、何か見覚えが……」


 結衣の言う通り、僕はここに来たことがない。

 特段用事も無かったし、今まで理由も無かったのだ。


「ま、その内に思い出すだろう。とりあえずルールの説明をしようか」


 言うと、孝一はポケットからボロボロの紙を取り出し、地面に広げた。

 地図には3つの四角がまばらに書いてある。

 一つは中央。

 一つは右奥。

 一つは左手前。


 孝一が指したのは、中央の四角だった。


「まず、ここが本堂。神様が祀られてる場所であり、第一のチェックポイント」

「んで、右奥の倉庫まで行ったらクリア、だろ?」

「よくご存知で」

「アンタが説明したんだろ」


 もういいや、と言わんばかりに彼は地図を直し、懐中電灯を取り出す。

 光をチカチカと灯し、性能を確かめる。

 ふと、結衣が話しかけて来た。


「これ、1人ずつだっけ?」

「ああ。その筈だ」


 質問に肯定し、空を見上げる。

 1ヶ月ぶりの満月は、雲で隠れて見えなかった。


「じゃあ、まずは俺から行こうかな?」


 最初のチャレンジャーは、孝一だ。

 提案者だし、当たり前っちゃ当たり前。

 ライトをつけ、彼は歩き出した。


「いってらっしゃーい」

「10分は帰ってくるなよー」


 雑に送り、彼女と2人きりになった。

 話すことがない。ちょびっと気まずかった。

 だけど、その静寂を彼女は打ち砕いてくれた。


「さっきの話しさ」

「ん?」


 さっきの話とは?

 なんのことだろう、と疑問が浮かぶと同時に、彼女は話を始めた。


 ──その話は、到底僕には信じられなかった。


「ここ、。なんだって」

「は? 詩音しおんって、あの?」

「うん」


 詩音。

 本名を、 詩音。

 周防家の娘にして、孝一の妹だ。

 彼から2歳年下にして、僕の初恋の相手。

 数年前から行方不明と言われていた。


「何で? ここで死ぬ要素ある?」

「殺されたってウワサ」

「……」


 その言葉に、僕は絶句した。

 ただの肝試し。落ち着け。


「誰が?」

「それが、わからないの。犯人の痕跡は、何一つ残されてなかった」


 最悪の事実だ。彼女が亡くなった事自体は、葬式も行ったし覚えていた。

 でも、その死因は聞かされていなかったのだ。


「何で、僕には教えてくれなかったんだ?」

「君に教えたら、絶対に復讐しに行くでしょ」

「当たり前だ!」


 少し、感情的になった。

 結衣が怯んだ事で、ようやく自分の状況に理解し、冷静になれた。


「ごめん……」

「私こそ、悪かった」


 余計に、気まずくなってしまった。

 だれか殺してくれ。化け物が出るって言うのなら、僕の首を斬ってくれ。


「でも、これだけは言わせて」

「?」


 彼女の言葉が、怖くなった。

 でも、興味があった。


「私は、この事件を解きに来た」

「僕も、協力させて」

「うん」


 それだけを言って、彼を待つ。

 そろそろ戻って来ても良い時間だ。

 でも、一向に彼は姿を表さなかった。


「アイツ、大丈夫かな?」

「孝一さんでしょ? まぁ、大丈夫でしょ」


 すると、


「うわぁぁぁぁぁあ!!」

「「!?」」


 孝一であろう叫び声が鳴り響いた。

 ドンドン!と足音が迫る。

 僕たちは視線を交わし、無言で頷いた。


「孝一!」


 奥へと走り出す。

 だが、その勇気は10歩も続かなかった。

 絶望を連れた、彼の姿。


「色鳥!」

「孝い─────ッ!」


 最後まで、彼の名を呼ぶことができなかった。

 彼を追う、異形の姿。

 10本の足に、3つの目をもつ、2メートル程の蜘蛛のような怪物だ。鋭く、巨大な爪は人間の身体なんて簡単に切り裂けるだろう。

 赫く光る眼光に、僕は言葉を失った。


「───────────!!」

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