第4話 釆刻まで


 7月13日。


 私は『億万長社』の失踪事件について、調査をしていた。生まれ育った地元に、そんなことが起きているなんて許せない。


 この失踪事件は便宜上『欠落けつらく』と呼ばせてもらう。


 警察としての正義感を持ち、事件について調査したことを纏めた。


 一、深夜に神社を訪れている。

 二、昼間での被害は一件もない。


 とりあえず、分かっていたのはそれだけだ。

 生存者がゼロなのだ。あまりにも情報が少な過ぎる。

 結局、自分の足を使うしかないのか。

 仕方がない。上官から、銃の使用許可は獲ている。6発式のリボルバーに弾を込める。


 これが、人を殺すかもしれない。


 そう考えると、胸が痛くなった。

 凶弾の予備をポケットに詰め、防弾チョッキを服下に仕込む。

 殺人鬼相手なら、まず負けることはない。

 屈強なケモノにも、引けを取らない。

 オーバースペックもいいところだ。


『欠落』に挑むというのは、それ即ち死。

 そう、同僚の無月むつきは言っていた。

 酷い言い草だが、目撃者すらまとめて殺害されている。

 頭ごなしに否定できないのも、また事実だ。


 さて、行こう。


 


 ───────────。


 それ以降は、まるで最初からなかったかのように、欠落していた。

 これは、僕が想像していた以上に、大事かもしれない。


「あれ?」

「どうした?」


 ふと、本の中からぽろり、と一枚の折り畳まれた紙が落ちた。その紙は日誌よりもぼろぼろで、今にも朽ちそうだ。

 僕がそれを開くと、


「「──!」」


 2人して、絶句した。

 その中身は、紅く。朱く。

 血としか思えないいろで、書かれていた。



 重要、ではあるのだろう。

 だけども、肝心であろう部分の文字が潰れていた。


(消された? いや、だとしたら……わからん)


 犯人からしたら、これは危険気周りない。

 消すべきものだ。なのに、それは行わなかった。

 解らない。バレなかった?

 解らない。なら……?


「とりあえず……考えるのは後にしよう」

「そうだね……ッ!?」


 急に、彼女が苦しみ出した。

 肩を抑え、地面に座り込む。


「結衣? 大丈夫か?」

「うん。気に……しないで」


 強がりだ。

 下手すれば僕よりダメージが多い。

 鎮痛剤で誤魔化しているとはいえ、ほぼ致命傷を受けたのだ。


「でも、ちょっと休ませて」

「ああ。死ぬなよ」

「わかってるよ……」


 そう言うと、彼女は瞳を閉じた。

 使い物にならなくなったスマホで時間を確認する。


(まだ、3時)


 あの日誌を見るに、日の間に被害者は居ない。

 なら、あの怪物の動きもそこまでじゃないのか?


(……とりあえず、使える物がないかどうか探そう)


 できれば、武器が欲しい。

 護身用と、最悪の自決用に。

 僕はゆらりと立ち上がり、死体に近づく。


(何だろ。この違和感)


 言葉には表せない。本能が言っているだけの信憑性のない違和感。

 死体のジャケットに触れた。


(やっぱり……何か)


 革製だろうか。ブラウンと黒の配色が、高級感を醸し出している。埃が付着しまくっているとはいえ、まるでだった。


(……新し……過ぎない?)


 綺麗な白骨にする手段なんて、僕には見当もつかない。


(確か、ミイラのやつが1ヶ月ぐらいかかるって)


 でも、あれは皮がある。

 臓器は抜かれているとはいえ、コレとはかなり違う。


(怪物に殺された? いや、それは多分合ってる)


 慎重に、頭蓋骨に触れた。

 目玉はくり抜かれて、脳みそは喪失している。

 理科室の人体模型にそっくりだ。


(でも、にしては……)


 言い表すことのできない違和感が、もごもごと胸を苦しめる。


(ジャケットには、何もなかった。ズボンはどうだろう)


 慎重に、紺色のズボンに触れた。

 とんとん、と映画で見たボディーチェックのように調べる。

 すると、ポケットのところに、長方形の膨らみを感じた。


(当たりか?)


 そう期待し、中身を取り出す。

 それは、僕の期待とは、少し違ったモノだった。


「紙?」


 左側には、破られたような跡があった。

 きっと、先ほどの続きだろう。

 新たな情報に期待し、僕は読み始めた。




 7月15日。


 しくじった。

 腹部を抉られ、ナイフを胸に突き刺された。

 激痛と死が、私を蝕んでいる。

 私は、もう長くない。


『欠落』に挑んだ事を、後悔している。

 あれは、個人がどうこう出来るレベルでは無かった。

 あれは、どんな事件より闇が深い。

 何とか隙を見つけ、倉庫に入り込んだ。

 だが、犯人は何度も扉を破壊しようと試みている。ここに居れるのも、時間の問題だ。



 もし、私の死体を見つけたのなら。

 もし、これを読んでいるのなら。


 ここの奥に、リボルバーを隠した。

 残弾は6発。セーフティは外してある。

 君は、ハンマーを引き、トリガーを引くだけだ。


 怪物には効かないだろうが、なら効く。健闘を祈る。



 正直なところ。

 今、私は混乱している。

 

 あれは、

 悪意によって仕組まれた、だ。

 もし、これをが見ているのなら。


 止めてくれ。

 七年前の因縁に、決着をつけてくれ。

 己の妹すらも、無惨に殺した怪物を。


 止めてくれ、


 ───────────。


 衝撃すぎる内容に、理解するのに時間がかかった。


(七年前の事故が……事件だった?)


 初めに、僕が引っかかったのは、そこだ。

 全てを奪ったアレが、誰かに仕組まれていた。

 この紙には、そう書かれていた。

 この日誌の持ち主が、誰かは解らない。

 だが、1人。

 1人だけ、心当たりがあった。


(僕のことを『織くん』って呼ぶのは、1人しかいない)


 周防 奥引おくひき

 孝一の父親にして、現役の刑事。

 七年前、両親を亡くした僕に、本当の家族の様に接してくれた、恩人だ。

 ここ最近、失踪したと孝一から聞いていた。


(待て。じゃあ……)


 奥引の息子。

 その人物は、1人しかいない。


(七年前の……アレは、孝一の所為?)


 目の前が、真っ暗になりそうだ。

 気づけば、僕は紙を落としていた。

 あの人が、嘘をつくとは到底思えない。

 だって、あの人は僕たちの前で、一度たりとも嘘をついたことが無かった。


「嘘……だろ?」


 泣きたい。いや、半分泣いていた。

 だけど、歯を食いしばって倉庫へ奥に進む。

 まだ、僕は信じられなかった。

 違うって、そう思いたかった。

 でも、


「……ぁ」


 倉庫の奥、小さな木箱の中に、それは有った。

 白銀のリボルバー。

 製造メーカーの刻印が、オリジナルのものに変更されている。余計、見間違えることは無かった。

 何度か見せてくれた、彼の希望リボルバー

 ハンマー横のスイッチを引き、弾を一発取り出した。剥き出しの鉛に、未使用の雷管。

 わずかに漂う火薬の匂い。


「ははは……」


 乾いた笑いが溢れ、弾を込め直す。

 リボルバーを地面に置いた。

 顔を覆い被せるように、両手を。

 耐えきれなくなった嗚咽が、容赦の無い現実が、僕の精神を破壊した。


「あああああああああああああああ!!」


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