第6話 真相を知る者よ


「は?」


 異常現象は、それだけではなかった。


「何が起こっ……!」


 立ちあがろうとする僕に、激痛が襲いかかる。

 痛みの矛先を見ると、言葉を失った。


「傷口が、再生してる!?」


 それも、高速で。

 黒い糸のようなモノが、肩を縫っていた。

 意味が分からず、ただ見ることしかできないでいた。


「きゃぁぁぁぁぁああ!!」

「結衣!」


 彼女の悲鳴だ。

 唇を噛み締め、無理やり動き出した。


「邪魔だ」


 障子をぶち破り、直線で行く。

 どうやら激痛は一瞬だったようで、歩き出せば痛みは自ずと引いていった。

 けれど、いっその事、動けなかった方が良かったのかもしれない。


「ゆ……い?」


 それは、日が差し込まんとした刻。

 緋色に照らされた鮮血は、僕を嘲笑うように。

 そこに、


「遅かった、じゃないか。色鳥」


 男は、立っていた。

 彼女の腹部を貫いて、狂気の笑みを浮かべて。


「し……き!」


 力無く倒れ込んだ少女。


「何で?」


 胸を貫かれ、死亡した筈の少年。

 訳のわからず、硬直していると、


「邪魔だなぁ」


 亡霊は、結衣をこちらに蹴り飛ばした。

 無意識の内に走り出した僕に、


「ッア!」


 鋼鉄の刃が、突き刺さる。

 刀よりは短く、包丁とは違い、突きに特化した刃物。ナイフ。


「テメェ!」

「おお、怖い怖い」


 銃口を向ける。

 片腕とは言え、撃つだけならできる。


「酷いなぁ、人に銃口を向けちゃいけないって、親に習わなかったのかい?」

「……」


 睨みつける僕に、怯むことなく男は近づく。


「ああそうか! 親、俺が殺したんだった!」

「あぁ!」


 怒りに任せ、トリガーを引いた。

 弾丸は彼の右頬を掠め、倉庫に突き刺さった。


「おお。やっぱ親父のリボルバーは危険だなぁ。殺しておいて、正解だった」

(外したか)


 冷静になれ。

 ならないと、死ぬ。


「まあ良いや。今となっては、終わったことだ。それよりだ、色鳥」

「あ?」


 銃口を向け、刺さったナイフを握る。

 一発目撃った時に、要領は掴んだ。

 お陰か、二発目の反動は思った以上に軽い。

 一応、あと四発撃てるだろう。


「死ぬ前に、何か聞いておきたいことある?」

「……何でだ」


 死を覚悟した訳じゃない。

 でも、聞いておかなきゃいけないことがある。


「何で、か。それは、俺が生きていることについて? それとも、殺した動機について?」

「どっちもだ」


 言うと、彼はふむ、と顎に手を当て、質問に答え出した。


「生きていること、については簡単。

「は?」

「そういう、世界のルールだ。現にお前だって、肩の傷が再生しただろう?」

「……」


 そんなルールがあったとは。

 初耳だ。結衣の傷を見る辺り、本当なのだろう。


「えっと。次はなんだっけ?」

「動機だ」


 漸く、本当の事が聞ける。

 彼の本音を。

 半分期待していた。

 でも、そんな期待は、簡単に打ち砕かれた。


「ああそうか、動機か! 

「は?」


 無い。

 その言葉は、僕を突き動かすのに、十分過ぎた。気付けば、トリガーを引いていた。


「おっと、危ない」


 弾丸は、当たることなく倉庫に。

 残り三発。

 彼はゆらりと進む。


「怨讐の焔を燃やしたところで、徒労になるんだ。諦めてほしいな」

「ふざけるな!」


 立ち上がり、ナイフを振りかざす。

 孝一はいとも容易くいなし、カウンター気味に腹目掛け、拳を捩じ込んだ。


「が」


 同じ人間でも、戦闘力の桁が違った。

 当たり前だ。相手は死をもたらす側の人間なんだ。


「遅。それで俺に勝つつもり?」

「うるさい!」


 煽られた。関係無い。

 ナイフはこちらが握っている。

 銃もある。相手は素手だ。


「だから、遅いっての」

「!」


 ナイフを何度も振りかざす。

 だが、誰もこれもいなされ。


「飽きたし、死ね」

「ぐ」


 顔面を思いっきり蹴られた。

 地面に打ち付けられていく内、歯が抜けた。

 揺れる視界が、生きている事を実感させる。


(痛った!)


 正面衝突での勝利は不可能。

 時間をかければかけるほど、こちらが不利になる。

 蓄積していくダメージに、乾いた笑いが溢れた。


「大概のやつなら、これで殺せるんだけどなぁ。色鳥、君硬すぎ」

「はは。そりゃどうも」

「褒めて、ない!」


 5メートルはあるであろう間合いを、一瞬で詰められる。目で追うより先、身体が躍動した。

 蹴り上げられた左足を寸でで躱す。


「詩音を殺したのも、何となくなのか?」

「急に何を言い出すかと思えば、そんなことか」

「そんなことじゃない!」


 ナイフを自分の腹部に突き刺す。

 刺して、相手に奪われるわけにはいかない。

 激痛が、刹那の時間を生み出した。


「は? 色鳥、お前、何やって……」


 僅かに、彼の動きが鈍った。

 フリーになった左手に、全身全霊の力を込め、


「おお!」


 全力で、孝一の顔面をぶん殴った。

 間抜けな顔で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられている。


「……痛いなぁ」


 グキグキと首を鳴らし、立ち上がった。

 痛い、と言っている割には、あまり効いてないように思える。


(マズい。そろそろ……)


 僕がそう思った瞬間、


「おえ!」


 身体は、血反吐を吐いた。

 ナイフによる自傷ダメージに加え、顔面の蹴り、腹パン。

 どれもこれも人間が出して良い火力じゃ無い。


(蹴りだけで5メートル吹き飛ばすって、マジでふざけてる)


 ナイフを引き抜き、逆手で構える。

 正面の敵は、まだ動かない。

 距離は10歩ほど。2秒もかからない。


(弾は……温存するか)


 出し惜しみではない。

 切り札は後3回なのだ。

 外せば、それ即ち死。


「あ、そうそう」


 不意に、彼が口を開いた。

 警戒し、刃先を向ける。


「さっきの質問に答えようか。ええっと。あ、詩音を殺した動機か」

「……」


 眉間に皺を寄せ、耳を澄ました。

 その答えが、復讐の理由になる。


「邪魔だったからだ。アイツは、あの事件の真相を知った可能性があった。なら、早めに消しておくべきだろう?」

「は? それだけの、理由で? 妹を、手にかけたのか?」

「そうだ」


 邪魔だったから?

 詩音が? それだけで、殺された?

 そんなの。認めたく、なかった。


「実際、詩音が死んだことによるデメリットは無い」

「はぁ!?」

「逆に生かしておけば、俺の罪が晒される可能性すらある。生かしておくメリットが無い」


 どこまでも、身勝手な理由だ。

 どこまでも、腐り切っていた。


「そして、お前で最後だ。色鳥」


 刹那で振り上げられた拳は、髪をかすめた。

 バックステップの形で、後退する。


(ああ)


 躊躇いが、僕にブレーキをかけていた。

 人殺しにならないように。

 幼馴染を殺さないように。

 でも、


(そんなの、必要無い)


 アレは、既に人では無い。

 ヒトの形をした、怪物だ。

 なれば、何を躊躇う必要がある。

 獣を討つのは、慣れている。


「これで、我が因縁は朽ちる。その為に、お前は、ここで死ね」


 今度は、足蹴り。

 円を描く死線。


「最後に一つ。聞かせろ」


 攻撃を躱し続け、口を開いた。

 一撃一撃は重いものの、当たらなければどうって事はない。


「贖罪の気持ちは、あるか?」


 それは、確認だった。

 質問というには、あまりにも抽象的。


「は、今更何を言い出すかと思ったら、無いぞ! そんなもの」

「……解った」


 最後の希望は、打ち砕かれた。

 なら、後は殺すだけ。

 今の彼に、銃弾を当たるのは至難の業だ。

 勝敗を決するだけに、相当の警戒を持っているだろう。


(同じ手は、通用しない)


 ナイフを使おうにも、出血量やらダメージやらを鑑みると、不可能だ。

 なら、可能性は低くとも、やるしかない。


 思いっきり深呼吸をした。

 どちらかが死ぬまで、まともに呼吸できると思うな。肺が潰れる覚悟でいろ。


「何だ?」


 左手をパッと更に掲げた。

 そして、僕はその名を、希望を叫ぶ。


「詩音!」

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