第7話 その声を聴いて
「───────────!!」
彼女は、そこに居た。
最初から、居てくれた。
「詩音!」
形は違えど、その魂はそこに。
ただ、1人を待って。
「は! 今更出てきた所で、何ができる!?」
高揚した声で、孝一が叫んだ。
彼自身、まだ余裕があるのだろう。
そうでなきゃ、この状況で言葉を発せない。
僕の後ろに立つ、彼女に向け、彼は言う。
「死者に生者は殺せない。その理がある限り、お前は俺を殺せない!」
「ああ。確かにそうだ」
興奮している彼に対し、至って冷静に肯定する。そんな僕が、気に食わなかったのだろう。
「殺してやる!」
改めて宣言し、走り出した。
銃口を向け、照準を合わせる。
「違う。殺すのは、僕だ」
トリガーを引くよりも先、
「はぁ!」
敵の一閃が、間に合った。
間合いを消し飛ばす、凄まじい速度の蹴り。
(……ッ!)
無意識に、僕はガードの体制をとった。
だけど、それは間違い。
彼の狙いは、
(腕!?)
それも、より正確な手首だ。
予想外の場所が故、ナイフを手放してしまった。
(ッ!)
トリガーにかけた指をずらし、強く握り込む。
撃つでは無く、殴る。
リボルバーは金属だ。
横一閃で振り払った。
「ガラ空きだ」
すん、と彼は屈み、ナイフを構えた。
リボルバーは虚しく空を裂き、僕の目線はさらに下へと行く。
「あ」
ナイフが、心臓を貫いた。
現実が痛みになるより先、
「───────────!!」
「ぐっ!」
大蜘蛛の一撃が、彼を吹き飛ばす。
咄嗟に、左腕でガードを取った。
だが、それ以上の火力で、打ち砕かれる。
「ぐ、ごあ! 邪魔ぁ……すんなよぉ」
狂気を浮かべ、こちらを見る。
倉庫に激突した身体で、ゆらりと立ち上がった。
何事もなかったかのように。平然とした態度で。
「強がるなよ。折れてる癖に」
吐き捨てたその言葉は、あながち間違いではなかった。
実際は不明なものの、僕の見た限りでは、少なくとも受けた左腕、一部臓器含めた左半身。
当たりどころによっては頭蓋骨にもダメージがいってるのではないか。
「そっちこそ、だ。心臓一突き。なんで死んでない」
「知るか。今動けてる。重要なのは事実だけだ。理由なんてどうでも良い」
実際のところは、ちょっと気になった。
今、心臓を失った僕が、なぜ動ける?
まあ、探した所で、答えは出ないんだけど。
「執念? それともオカルト的な何かかな?」
「執念も十分オカルトの類いだろ」
「はは! それもそうか」
マトモな理屈じゃ説明付かない。
ならいい。どうでもいい。
害敵を潰して壊す。
(一瞬。一瞬、隙を……)
それだけで、僕は勝てる。
彼女をチラリと一瞥し、現状を把握する。
あの巨体だ。傷をつける方が難しい。
(糞エイムでも当てれる、決定的な瞬間が!)
張り詰めた息。
全細胞が呼吸を止め、感覚を研ぎ澄ましていた。
(やるしか、無いか)
覚悟を決め、
「お前……何を!?」
ナイフを脇腹に突き刺す。
「──────ァァァ!」
激痛が、口角を上げさせた。
人に狂っているって言ったけど、自分も大概だ。
でも、これでいい。
「詩音」
後ろを振り向き、怪物の頬に触れる。
怪物は抵抗する事なく、何処か寂しげな瞳をしていた。
「一回だけ、僕の言う事を聞いてくれないか?」
こく、と彼女は頷いた。
その態度に安心して、強張った表情筋が緩くなる。
「アレを、もう一回やって欲しい」
最後の頼みだ。
再度、彼女は頷き、目を合わせた。
(ああ、やっぱり)
深呼吸をし、
「復讐を、終わらせよう」
それだけを告げ、前を向く。
「は! 作戦会議は終わりか?」
「ああ。充分だ」
刹那、
「
閃光が、
「来い!」
僕をすり抜け、
「───────────!!」
迫り来る悪と、衝突した。
決着が解ったのは、衝突から5秒の地点。
踏み込まれた砂埃が晴れた瞬間だった。
(走れ!)
脳が言う前に、
「グッッックグッッォォオオオオ!!」
それは、最初と同じ光景だ。
ただ、あの時とは違う。
今は、殺す為に走る。
今は、生きるために。
「───────────!!」
「グガォォ!」
地面に叩きつけられている。
ハンマーを落とし、照準を合わせる。
「ふざけ……ルナァァァ!!」
「これで、終わりだ」
バン!
怪物の頭に乗り、トリガーを引いた。
右胸に命中する。だが、ソレはまだ動く。
「お前……何かに!! 俺がァァァ!!」
「もう、黙れ」
バン!
2度目を、撃ち込んだ。
それも、頭に。
「そんなの認めら────」
その先は、永遠に紡がれる事は無かった。
今度こそ完全に、周防 孝一は死亡した。
これで、
「……終わり……か」
現実味の無い今が流れる。
一歩も動けず、ただ、幼馴染だったモノを見ていた。
「……」
彼女から降り、結衣の下へと駆け寄る。
手首や胸に手を当て、脈を測った。
(生きてる!)
僅かながら感じる変化。
喜びは束の間に。
「ごほ」
口から、血を吐いた。
どうやら、僕にも時間が無いようだ。
比較的傷の浅い彼女は、もう直ぐ目を覚ますだろう。
「最期……か」
もう、立つのが辛い。
彼女の隣で、座り込んだ。
ゆらりと近づく大蜘蛛は、やはり悲しみを秘めている。
「ごめんな。もうすぐ、そっち側になっちまう」
「───────────」
優しく、巨大な脚を差し伸べてくれた。
掴みたい。応えてあげたい。
でも、身体はそれを許してくれなかった。
「最初の一撃、あれ、警告だったんだろ?」
「……」
彼女は答えず、目を逸らした。
きっと、正解なのだろう。
「多分、倉庫に逃げ込ませるための」
「……ん」
述べたのと同時に、彼女が目を覚ました。
苦悶の表情を浮かべ、辺りを見渡している。
遠くにある、孝一の死体を見て、
「終わったんだね」
それだけを、聞いた。
「うん」
頷き、答える。
僕を見て、怪物を見たかのような表情を浮かべた。
(まず)
視界が、ボヤけてきた。
よく考え無くとも、死に体だ。
鼓動もないのに生きている事自体がおかしい。
「色々言いたい事あるけど……」
「……」
言えない。
1分先の未来が見えないのだ。
「ありがとう。十数年間だけだったけど、楽しかったぞ」
「うん。こっちこそ、ありがとう」
黒い世界で、声だけが聴こえた。
今、どうなっているのだろう。
誰か教えてくれ。
「ありがとう。私の、ただ唯一の恋人」
その声が、僕の救いだった。
他の誰でもない、ただ1人の声。
永遠に止まない、終わりに包まれながら。
暗き、常闇の海に沈んでいった。
「─────」
眠るようだった。
最期まで、彼は穏やかに。
初恋の人の復讐を終わらせ、7年前の未練も断ち切って。
「お疲れ様、織。ゆっくり、休んでね」
私には、彼の真意は解らない。
それで良かったのかも、何もかも。
登りゆく朝日は、世界を照らしてゆく。
「結局、これで良かったの?」
後ろを振り向かず、彼女に問う。
彼に聞けないのなら、せめて、彼女の思いを知りたかった。
「……うん。大方は、ね」
「そっか、なら、良かった」
答えを聞いた上で、後ろを振り向いた。
そこには、かつての姿の彼女。
鮮やかで優しい光に呑まれつつ、彼女は微笑んでいた。
「でも……死んじゃった」
「織は、多分怨まないと思うよ」
「解ってる。でも、でも!」
言葉に詰まって、彼女は黙り込んだ。
目を合わせることが、出来なかった。
地面に落ちる雫が、私をそうさせる。
「生きてて……欲しかった」
心の底からの本心。
消えかかっている彼女は、彼に近づき、しゃがみ込んだ。
「私がいいって言うまで、あっちを向いて」
指示どうりに後ろを向く。
チュ、と小さな音の後、「いいよ」と言った。
問いたださず、同じように座り込む彼女を見つめる。
「もうすぐ、消えるんだね」
「うん。だから……見届けて」
「もちろん」
彼女は彼と手を握り、光に包まれた。
「じゃあね結衣。絶対、死なないでよ!」
「うん! 君の分まで、ちゃんと生きるよ!」
微笑んだ。
涙でぐちゃぐちゃになった表情は、どこか幸せそうだった。
「お疲れ様、詩音。そして、ありがとう」
天へと昇る光を見届け、私は歩き出した。
私は、生きている。
何人もの犠牲の上に、1人で。
彼女らの為に、
「帰ろう」
復讐を成し遂げた、昨日の為に。
1人の殺人鬼への嫌がらせに、思いっきり、生きてやる。
いつか来る、その刻まで。
狂わしきモノ 讃岐うどん @avocado77
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