負への挑戦

釣ール

尊重されない力

 なぜ人間は見た目ばかりで決めつけるのだろう。



 ぼんやりと授業中、窓をみつめ二匹で飛ぶモンシロチョウをながめながら椎名大邱しいなてぐすは考えていた。



 十九歳になった歳上の友人、路馬朶蕎極ろばたれてうちは運動が大好きで顔もややハーフっぽい男子だった。

 もう成人だが大学生として楽しくやっているらしいことをSNSで聞いて椎名もはやく大学生になりたいと勉強を続ける。



 路馬朶蕎極ろばたれてうちには二つ上の兄がいて、自分たちはその兄の影響で格闘技をやり始めた。



 続けてプロになったのは椎名だけで蕎極てうちはプロになったものの人を殴りたくない上に試合でアマチュアでは平気だったのに足を折られてからだまって業界を去った。



 椎名は彼のそんな繊細せんさいで運動のひとつとして格闘技を続けていた真人間まにんげんっぷりにいつも救われている。



 椎名は見事にバトルジャンキーになってしまい、試合がないと勉強をやろうとも思えなかった。

 女子との恋愛もあるにはあったが総合格闘家のイケメンにだんだん目移めうつりしていくコアな格闘技ファンになってしまう彼女に負担がないように別れてからはやく大学生にはって蕎極と同世代同士しゃべり明かしたいと思っていた。



 路馬朶蕎極ろばたれてうちの兄、路馬朶杵荒ろばたれるんちゃは二〇二四年で二十一歳になる椎名よりもバトルジャンキーな歳上だ。



 大手のジムに移籍してからずっと格闘技漬けらしくあまり戦いたがらない弟ではつまらないからか手練てだれとのスパーリングとサンドバッグで頭がいっぱいの椎名にとってあこがれでもあり、家族や親戚や友達にはいて欲しくない存在でもある。



 高校生活を送っていても思ったよりプロ格闘家でいることに偏見へんけんを持つ友人はおらず、むしろお化け屋敷や夜の遊びに連れてかれて用心棒のように使われることもある。

 目つきもプロになって変わってからか『コワモテだね』とうれしくないほめ言葉を笑顔で高校の友人に言われて反応に困っていても武力としてではなく、そばにいるだけでたよられるというのは気分が良かった。



 蕎極みたいな綺麗に割れた腹筋にひとめみて分かる鍛えられた胸と背中の筋肉は健康第一のディストピア思考の現代だからではなく、長い間戦闘狂せんとうきょうの杵荒にしごかれた財産としてたまにSNSでやり取りをし、遊びの待ち合わせをしても変わらない美しさで男として蕎極の非暴力主義と運動好きにうらやましさを感じていた。



 だが高校生活最後の年だから椎名もうんざりすることがある。

 やはり目に見える力は他の人間からはステータスのひとつとして欲しがられていることだ。



 そんなにいいものじゃないのに。

 身を守る以上の力を手に入れた後の苦悩をつい激安レストランで友達と食べる時にいいそうになるのを別の話題にしてごまかす毎日とプロで試合をしながらSNSと他選手に陰湿いんしつな正論を言われて気にしないフリをするなれない人間関係は、スポンサーが少ない椎名にとってSNSの販促はんそくも強いられるのだから日曜日朝にやっているヒーロー・ヒロイン番組の制作会社も似たような制約をかかえているんじゃないのかと全くそのコンテンツを知らないのに考えるまでになってしまった。



 そして蕎極が大学生としてバイトや単位を取りながら将来の夢を持ち、格闘家ではなくなっても運動まで続ける姿を待ち合わせてから遊び語る時に見てリフレッシュしている時に兄の杵荒が現れて攻撃してくるのを椎名がとめることもあった。



「試合に負けたからって腹いせか!それがはたち超えた人間のやることかよ」



「お前も強さをもとめて移籍したガキだろ?似たような動機どうきに犯行方法が違うだけの殺人犯じゃあるまいし自分だけは違いますアピールを十八でするな」



 馬鹿にされたくないからとボキャブラリーを増やしただけのことはある元憧れの人であるファイター。


 やはり言うことが違う。

 だが納得は出来ない。

 あんたの方が攻撃は耐えられるだろう?

 あんたの方が強いのだろう?



 なら、なら優しくしてくれよ!



 いつも蕎極に変わって椎名が主張する。

 その友人関係はおたがいがのぞんだものだ。

 しかし大学生になった蕎極と高校三年生になった椎名はもう考え方も行動も変わった。



「蕎極。ここで兄貴とはケリをつけよう。いつまでも力と顔の良さが一番の幸せだと思ってるあんなやつにいい気にさせたくない。」



 蕎極の主張を無視した椎名のエゴがついに本音として彼にはいてしまった。



 少しだけだまる彼は椎名へ瓶ジュースを渡した。



「別にいいよ。多分大邱てぐすの願いだからそれ」



 否定はされなかった。

 ひとり立ちした十九歳男性の一意見。



 だが今は杵荒と同階級。

 ここで復讐を果たしたい。



 自分たちに付加価値ふかかちなんてものはなくて、そこらで遊ぶ数少ない若手の等身大の物語をプロファイターで男子高校生、さらに真人間の運動好きの友とこれから先を楽しむには杵荒に引導を渡さないといけなかった。



 うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!



 夢中でサンドバッグをなぐり、技術を学び、高校生活を進学目指してハードスケジュールをこなす。



 杵荒は格闘技に時間をささげられるからいくら椎名でも勝ち目はない。



 だが勝たねばならぬ試合を勝たないで得られない日常があるなら、ひよってないで勝ちにいきたい!



 椎名は金でも承認欲求でもない単純な幸せのために、たまたま組まれた路馬朶杵荒とのマッチメイクで復讐を果たすことを誓う。



 減量も終わり、会見では特に話すことはしなかったためファンや初めての人から見ればただの若手の成長を見守る元同門の勝負でしかない。


 もう言葉はいらなかった。




 リングの上にとうとう経つことになる。

 憧れの人で高校生活最後の最大の敵。



 野生児とリアリストの立ち技勝負はゴングと共にはじまった。



 様子見のローキックになれたボクシングキックとたがいに見せたことがない技術と力の駆け引きに殺意。



 二人は笑いあった。

 まるで杵荒は自分が超えるべき壁になった老婆心ろうばしん先輩風せんぱいかぜを器用に使って油断させようとする。



 一方椎名は思ったよりも冷静だった。



 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしに円安による物価高騰ぶっかこうとうで漫画もゲームもアニメも文学も楽しめず友とペットボトル片手にはげましあい、模範的な先輩となった蕎極の姿に憧れるようになって大学生活を親に土下座までして頼んでプロファイターとしてスポンサーやジムのためにも戦いいつも狭間はざまにいる男子高校生として戦う椎名は若くして背負うものが大きい。



 今までのしごきを……杵荒!あんたを超えることで証明する!!

 そして杵荒も強豪と引退するまで戦い続け王者を目指す道を選んだのだから言わないだけで覚悟は想像以上かもしれない。



 だから。



『『ここでしねぇぇぇぇぇ!!』』



 声にならない本音がつながった気がした時はクロスカウンターで二人はリングに倒れる。

 気がつけばラウンドも3Rさんラウンド



 これまでにたがいにダウンはない。



 勝敗は延長なしのドローと現実は二人のシチュエーションを無視して残酷なままだった。



 それから二人に会話はなく、手当が終わって挨拶をしたあとに会場を出ようとさっさと行動していると蕎極がさっそく声をかけてくれた。



「あんなに頼もしくなっていたなんて正直思ってなかった。あんまり歳上の友達らしくしてこなかったことを後悔してる」



 そんな言葉を聞いても笑顔で蕎極の肩をたたいて応援団よりもまっさきに心配してくれた彼に椎名は初めて格闘技をやって良かったと思うことが出来た。



「もうらしさとかそんな時代じゃない。結果は残酷だったけれどまだ杵荒には負けてない。勉強も格闘技もしっかりやってかたきをとるよ」



 もうそんな機会はないかもしれない。

 だがこれで目標が出来た。



 次がないなら別の形で夢を叶え、次があるのなら次こそ成果で椎名達の生活が重いことを証明する。



 言語化の時代にコンタクトスポーツ……つまり肉体言語で人生を証明なんて馬鹿げてるからこそやる意味があるのかもしれない。



 二人は握手をかわし、自分たちが両立させている暮らしを大切にしようとそれなら二日後に飯を食いに行った。



 つぎのチャンスをつかむために。

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負への挑戦 釣ール @pixixy1O

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