最終話


 いつもの隠れ場所、靴の寝床の隅っこから、あたしたちは離れた。

 そうして、扉が開いたら強い風が吹く場所に、ちょこん、と座る。

 まだか、まだか、と、風を待つ。

 ――ガラガラ、ビュゥ――

「いつか、また会おう」

「うん。元気でね」

 まだ、みんなの姿が見える。でも、すぐに離れ離れになるって分かってた。だから、みんな、声が届く距離にいる間に、お別れをした。

 あたしたちは、楽園だったその場所を出て、再び風に舞い始めた。

 世界には、自由がない。

 あたしは、正直、ふわふわと流されてしまうことが、嫌だった。

 でも、楽園みたいな場所でしばらく過ごして、踊りたかったダンスをしたら、世界の見え方が少し変わった。

 こんな、不自由な世界も悪くない。

 こんな、不自由な世界があるからこそ、あの場所がとても、煌めいているように感じられたんだと思うから。


 あたしは今日も、だれかの靴を目指して、バタバタと手足を動かす。

 今の手足の動かし方は、昔とはちょっと違う。

 まるで、風とダンスを踊るみたいに、あたしは優雅に宙を舞う。

 そうして、あたしが知らない、誰かの家へと向かう。

 もしかしたらそこは楽園で、もしかしたらそこは地獄。

 どんな切符を手に入れたのかは、身を任せていれば、わかること。


 ビュゥッと強い風が吹いた。

 その風に飛ばされた仲間がクルクルと、実がなっていない木の枝をすり抜けながら、あたしの近くにやってきた。

「やぁ! なんか、人間は空気を蹴って、風を生み出せるみたいだね。すっごい勢いで飛ばされちゃったよ。まるで、洗濯機に入れられた気分だ」

「大丈夫?」

「ヘーキさ。あ、そうそう。ねぇ、キミは、靴の寝床に行ったこと、ある?」

「え?」

「寝床は寝床でも、天国みたいな、寝床! 僕ね、地獄みたいなところには行ったことがあるんだけど、そうじゃないところには、行けたことがなくって。だから、どうにも信じられなくてさ」

 あたしは、昔のあたしのことを思い出しながら、

「あるよ。行ったこと、ある。心地よくて、最高の場所だったよ。風がないって、素晴らしいとも思った。でもね――」

「でも?」

「こんなふうに、風と一緒に踊るのも悪くないって、今は思うの」

「そっか……。本当にあるんだね。それに、気づきをくれる、素敵な場所なんだね。僕もいつか、行ってみたいな~」

 あたしも仲間も、風に吹かれて飛んでいく。

 ――くるるん、ピトッ――

 互いに、進む先が決まった。

 あたしは、小さくなっていく仲間の姿を見ながら、そっと心の中で、「いつかまた、こんどは楽園で会おうね」と呟いた。






〈了〉





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風に舞う妖精 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ