第十二話…呆気ない決着


 松葉原重國対藤沢頼親

 爲影劜呉対知久頼元

 彼ら戦いが始まった頃、黒神亮仙と高遠頼継は日常と変わらない雰囲気を持って談笑をしていた。


「いやぁえらい飛んでったなあ」


「情けねーなぁ藤沢の野郎」


 亮仙が指で丸を造り望遠鏡のように覗き込みそう言うのに対して、頼継は刀で刀を叩く仕草をしている。

 この乱戦の中でこの場だけがこれといった緊張感がなく、どうも気が狂いそうになる。


「んで亮仙よお?この規模の戦は初めてか?」


「そうなんよ。せやから今日が楽しみで仕方なったんよ」


「そうか…言っとくが、戦ってのは大将の首をとんなきゃ終わらねぇ…如何に優秀な奴でも、仲間に入れることは許されない。覚悟…良いな?」


 頼継が立ち上がり地面に突き立てていた刀を引き抜き、切先を亮仙向け問う。その顔に一切の御巫山戯はなく、真剣そのものだ。


「ははっ、何当たり前のこと聞いてんねん…端から殺す気満々に決まっとうやろ」


 互いに生かす気は無いようだ。亮仙も腰に携えた刀を抜く。その構えは独特なものだ。

 右足を地面と胸に着きそうな程にまで曲げ、左足を限界まで伸ばし、なぜバランスを崩して倒れないのかと疑問に思ってしまうレベルでの超前傾姿勢になり、刀を真横にして構える。


 その体勢から何ができるというのだと思わず突っ込みたくが、それを目の前にする頼継はゾクリと背筋が凍ったような感覚に襲われた。


(この感覚…“死”そのものか…こりゃ思ったより、ヤバい奴相手にしちまったな…)


 そう感じとりながらも、頼継は霞の構えを摂る。

 張り詰める空気の中、雨音や乱戦の声が聞こえなくなるほどに集中が高ま――


「…へ?」


 ――戦場に間抜けな声が零れ落ちた。


「ははっ、あはははははっ…はぁ、阿呆やねぇ君。僕が正々堂々戦うわけないやろ」


 亮仙は馬鹿にする笑いを上げながら虚ろになった頼継を見つめる。

 その首には、ギリギリ目視できる程度の細い線。そしてその線から少しづつ血が滴り始めると、首がずるりと大きくズレ地面へと重たい音を立てて転がる。


 なんと呆気ない最期か…重國や劜呉と段蔵の所とは違う、戦いすら起きなかった決着。

 きっと頼継は何も分からずに死んで逝ったであろう。そんな地面に転がる頼継の首を、亮仙はサッカーボールのように踏むと自身の頭よりも高く蹴り上げ、落ちてきた頭を手でキャッチする。


「可哀想やわぁ。あないヘンテコな構えで勝てるわけないんに…だって僕、実戦で刀振るうた事ないし」


 もはや首だけとなり光の消えたその瞳を深く覗き込む亮仙の顔は、とても優しい天使のような笑顔であった。

 そこに一切の悪意はなく、まるでまだ生きている相手に話しかけるように言葉を連ねる。


 そして事実、亮仙には剣の心得どころか武術の心得すらほとんど無い。それでも頼継が最大限その構えに集中してしまったのは、溢れんばかりの亮仙の殺気の所為だ。

 その殺気に気を取られすぎた隙をつかれ、目に見えない程に薄い砂の刃で首を斬られてしまった。

 普段であれば絶対にしないミスだ。


「今の時代は異能が全てやのに…態々劜呉やら重國やら君みたいに剣を極める意味がわからんわ。せやから簡単に死んでまうんよ」


 亮仙は手に持った頭を指の上でクルクルと回しながら、地面に倒れ伏す頼継の身体に腰を下ろす。

 そして頭を隣に置いた。


「どの時代も馬鹿ばっか…てきとー語れば誰だって着いてくる。派手に暴れればノコノコ這い出てくる…ほんま、詰まらんわぁ」


 頭だけとなった頼継に話し続けるその光景は、狂気に染った人間以外の何者にも見えない。

 今目の前に映る砂の巨人たちによる蹂躙も、詰まらないB級映画を見ているだけにしか見えない。

 大勢で立ち向かって行く者達が、たった一振で散っていき、異能使いの攻撃すらも威力が足らずに踏み潰される。


「…さて、そろそろ決着つくやろうし、勝鬨あげよかな?」


 十分戦場の風景を見終わった亮仙は、頭を手に取り立ち上がり伸びをする。そして地面を砂へと変えて10m程の高さの塔を作りその頂へと立つ。


「すぅ…高遠頼継っ!討ち取ったァアアアアッッ!」


「「「…ォオオオオオオッッ!!」」」


「「「〜〜〜ッッ」」」


 亮仙の挙げた勝鬨に、一瞬静まり返ったが次の瞬間には味方の雄叫びが戦場へと轟いた。対して高遠の兵は皆武器を落とし、うなだれるものたちで溢れかえった。


 今回の戦、要となったのは矢張り最初の四人。

 重國が頼親を相手しなければ戦場は混乱に陥り同士討ちが耐えず、何も出来ずに瓦解降伏していた。

 劜呉と段蔵が頼元を倒せずにいたら、砂の巨人はあっさりと破壊され兵は瞬く間に殺され、実質亮仙の敗北となっていた。


 と誰もが考えるだろう。

 だが元より亮仙は一人で伊那郡を手に入れる予定であった。それ即ち、その気になれば一人で伊那郡を相手にすることが出来るということ。

 されどこの真実を知る者は、誰一人としていない。


「…えらい眠たなってきたわ」




 ▼


 その後、重國に敗れた藤沢頼親は亮仙へと忠義を誓い、今回戦に参戦しなかった他伊那郡勢力も降伏した。

 そして何より――


「いやぁ死ぬかと思ったぜさすがに」


「な、なな、な、…何故貴様が生きているッ?!知久頼元っ!」


 そう、劜呉と段蔵によって殺されたと思われていた頼元が普通に生きていたのだ。どうやら心臓に刺したかと思われていたが、度重なる激震の影響で心臓の位置が多少ズレていたらしい。

 とはいえ重症に変わりは無いのだが、その辺も流石戦闘型、たった四日で元気一杯だ。


「あ、有り得ん…某、あれほど頑張ったのに…」


「わ、私も…か、勝てたと思った、のに…」


「はははっ、俺も死んだかと思った」


 そうは言うが、頼元はまったくそんな素振りはなく鼻をほじっていた。それを見た劜呉と段蔵が襲い掛かったらしいが、普通に返り討ちにされ終わった。

 そして頼元も同様、敗者に異議を唱える権利はないと亮仙へと忠義を誓う事となりこれにて伊那郡全域は完全に亮仙の支配下へと置かれることとなった。




 そして戦が終結してから一週間後、高遠城にて今回の戦に関わった者たちと降伏した元高遠頼継の重臣達が集まっていた。


「にしても、結局頼継の異能なんやったんやろ」


「あ〜どんくらいの規模かは覚えちゃいねぇけど、自分以外の速度をカタツムリ並にして、自分の速度を十倍だか二十倍にするとかだった気がするぜ?よく勝ったな?」


 頼元の説明にその場にいる者たちは絶句した。確かにそれほどの異能であれば各大名やその他勢力が手を出せなかったのも納得だ。


「そないエグい異能持っとったんか…速攻で仕留めてよかったわあ」


 亮仙は軽く言うが、そんな軽く済ませていい事柄ではない。一歩間違えばどころか、普通に死んでいてもおかしくないような敵だ。

 とは言え勝ったのだから最早どうでも良い事だろう。


「ほんで?伊那郡は僕のもんになって完全に支配下になったわけやけど…武田と会わなあかんのやろ?」


「まぁ約束ですしね。破ったら面倒ですよ」


 そう、戦が終わり伊那郡を支配したからと言って終わりではない。この後には武田との対談が待っている。

 その内容によっては同盟する事となり、馬が合わなければ信濃を巡っての戦がまた始まる。

 亮仙以外も当然理解していることだが、武田は間違いなく信濃全体を狙っている。ここで同盟がなったとしても、それを断ち切り最終的に攻め入って来る可能性は馬鹿ほどに高い。


「こういうは嫌なんよねえ…僕。面倒やし、誰か代わりに行ってくれへん?」


「「「無理」」」


「…君ら一週間前殺しあった仲やのに息ぴったりやね。僕関心やわ…しゃーない。んじゃいつも通り三日後に会おう言ってきてや、段蔵。場所はそっちに任せる言うといてな」


「分かりました」


 亮仙に指示された段蔵は、影に潜り武田の元へと向かった。この対談が上手く行けば良いが、悪い方向に行くと今の亮仙らでは少々面倒が過ぎる。

 亮仙が本来の異能の力を使えば負けること無く勝てるだろうが、それは亮仙一人生き延びての勝利だ。

 間違いなく重國や劜呉や段蔵は死ぬ。当然それ以外のもの達もだ。異能本来の力とはそれほどのものなのだ。


「あー嫌やわぁ…憂鬱なってきたわ」

(やっぱ一人でやれば楽やったなあ)


 その思いを周りに悟られないようにひっそりとしまい、決して口にしないようにする。

 何気に伊那郡の支配に一月近くも掛かってしまったことから、ここでミスってそれらが失われるのは亮仙的には無しだ。理由は単純、やり直しが面倒だからだ。


「あーそういえばだけどさ、諏訪は案外あっさりと落ちたね」


「そうでござるな。段蔵殿が仰るには、完全に某らの戦に気を取られている隙を突かれて為す術なく降伏となったらしいでござるからな」


 そういう通り、武田の諏訪責めは亮仙と頼継の決着のように詰まらなくあっさりと終わった。それこそこちらの戦が終わると同時くらいにあちらも終わった。


「元々間者おったんやろ?内と外からじゃもうどうしようも無いやろ」


「だな。諏訪の野郎あんま戦闘向きの異能じゃねぇし、今まで良く耐えたもんだぜ。まぁ俺的には武田どうこうよりも、木曽がどう出てくるかだな」


「今回の戦の結果を知っているのであれば、間違いなく降伏する筈だ。何せ木曽では対大軍異能に抵抗する力は無い」


 木曽も諏訪同様、現在も落ちずに耐えているのが奇跡のようなものだ。だがその奇跡も亮仙が攻めると言えばこれまたあっさりと終わる。

 残された道は降伏のみとも言える。戦国の世に生きる者として戦わずして死ぬ事など有り得ぬ、などと宣う人間でなければ間違いなく降伏を選ぶだろう。


「とりまそこらも様子見や。あと三十分すれば段蔵帰ってくるやろうし、飯の支度しようや。腹減ってもうたわ」


「おー、それならおじさん良いお酒見っけたから飲んじゃおっかな」


「それ高遠の野郎が大事にしてたやつじゃねぇか、俺にも飲ませろ」


「ならば私も頂こうか」


「そ、某も!お酒は飲んだ事ない故試しに!」


「「「飲めるの?」」」


「飲めるでござるが?!きっと!」


「言うやんか。なら僕が飲ましたるさかい口開けぇや」


 なんとも閉まらない雰囲気ではあるが、これにて伊那郡責めは幕を下ろした。次に狙うは信濃そのもの。

 木曽は降伏すると考えて、武田の奪った一部と、他の勢力が支配する領域をどう奪うか。

 だが本格的に始まる信濃国を支配するのは、この宴が終わった後になるだろう。


――バリンッ


「あ、割ってもうた」


「「「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!!」」」





―――――――――

これにてプロローグ的な話である伊那郡編は終わりです。

此処から本格的に進めていく予定ですので、どうぞよろしくお願いします。



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異能戦国時代 時川 夏目 @namidabukuro

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