第十一話…爲影劜呉&加藤段蔵 対 知久頼元
時は暫し遡り、場面は劜呉と頼元が刃を交えた場面へと移り変わる。
両雄のぶつかり合いは苛烈を極めていた。互いに一歩も譲らぬ攻防、一瞬でも気を抜けば即座に命を刈り取られる戦い…もはやその中に割り込もうなどと言う者はおらず、近寄るモノ全てが叩き伏せられる。
だがそんな二人の表情は苦痛に塗れたものではなく、嬉々そのものだ。
戦鬼の如し歪んだ笑みを浮かべる頼元、無邪気な子供のように楽しげに笑う劜呉。
傍から見ればなんとも辛そうなものだが、案外本人たちはそうでもなく――
「お前マジで男かぁ?!その笑顔で万の男は落とせるぜ?!」
「はっ!冗談を抜かしている暇はないぞ!」
「いやいやマジだぜ!大マジッ!」
そう巫山戯た言葉を叫びながらも頼元は劜呉に向かって全力で走り出すと、槍を風車の如く回し助走の着いた勢いで空中へと飛び上がる。
(知久流槍術!
「!」
空より迫り来る一撃。その速度は矢の如し、劜呉はこれを去なし反撃をしようと一瞬脳に浮かべたが、瞬時にソレを危険と判断しその場から脱兎のように逃げる。
(その判断!正解だッ!)
頼元の持つ槍の先端が地面へと触れた直後、大地が轟音と共に砕け散り辺り一帯を味方敵問わず何もかもを吹き飛ばした。
今の一撃は自身の異能をフルに活かしたもの、避けていなければ今ので終わっていただろう。
劜呉もそれをわかっているからか、頬に嫌な汗が流れた。
(…なんという破壊力…素早さは某が勝っているが大した差はない。だが攻撃力に関しては某は数段劣っている…)
頼元の異能は完全戦闘特化なのに対して、劜呉の異能は万能型。故に飛び抜けた物はなく、特出した異能相手には数段劣ってしまう。
だがそれでも弱い訳では無い。万能型には万能型の戦い方があり、優位性がある。
「貴様…持久戦に自信はあるか?」
その言葉と同時、緑色の炎が劜呉を包み込んだ。緑色の炎、それは傷を瞬時に癒す炎。この炎が燃え続ける限り、死ぬ事は無い。
だが反動で死にかねない。それは重國との一戦で理解している。
これに対して頼元は――
「面白いッ!持久戦ははっきり言って苦手だが、漢として負けらんねぇなぁあッ!」
歓喜に満ち満ちた声と、満面の笑顔で応える。
瞬間、劜呉が頼元目掛けて刀を投擲する。その刀は炎を纏い一直線に飛来する。
頼元はそれを一振で後方へと弾き退けるが、僅かに視界が塞がったところで劜呉が頼元へと抱き着き鋭い犬歯で首元に噛み付く。
(女からの噛みつきは良いが男からなんぞゴメンだだぜおいッ!)
「〜〜ってぇぇなぁあッ!」
「ッ!ぐッッ」
噛み付かれた頼元の表情は悲痛に歪んだが、すぐさま劜呉の細い首を掴み地面へとめり込むほどに叩き付ける。
あまりの衝撃に声にならない唸り声を上げたが、即座に頼元の腕へと絡みつきへし折ろうとする。
(狂犬かよコイツッ!)
そう思いつつ流石に腕を折られてはまずいと考えた頼元は、槍を逆手に持ち劜呉の顔面に目掛けて振り下ろすが、劜呉は無理やり身体を捻りその場から抜けだす。
そしてすぐさま自身の刀を拾いに走り、刀を手に取るとスタートダッシュのような前傾姿勢に構える。
「…お前その見た目でえげつねぇやり方すんのな」
「当然だ。これは剣士同士の戦いではない。正真正銘、なりふり構わない殺し合いだ」
そう言いながら血の着いた口元を軽く脱ぐう。
「いいねぇ…嫌いじゃないぜそう言うの…」
頼元もそう呟きながら、血の流れる首に手を当て傷の具合を確認する。どんやらそこまで傷は深くなく、失血も少ないようだ。
それを確認した頼元は、冷静さを欠かずに両手で槍を持ち真っ直ぐに構える。
「…持久戦兼速度勝負と行こうか?」
「某に速度で勝負か…乗った!」
またも劜呉が先制を仕掛ける。今度は一直線に頼元に向け掛け走る。
対して頼元はドンと構え、自身の領域内へと入り込むのをじっと待つ。
――瞬間、劜呉が頼元の間合いへと入り込み鋭い
そしてその一撃は劜呉の顔面左を大きく抉り大量の血肉と歯を撒き散らしながらも、劜呉は止まること無くその勢いのまま頼元の懐へと入り込む。
劜呉の瞳に映ったのは戸惑う頼元の表情。
その隙を逃すまいと、劜呉は横一線に刀を振り抜く構えを摂るが――
「させねぇよッ!」
「ッ!」
直前で頼元は無理やり足で激震を放ち地面諸共劜呉を吹き飛ばす。
不完全な体勢かつ足から放たれた激震の威力は大きく下がっているが、身軽な劜呉を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
劜呉は激震の衝撃波を喰らい地面を数度跳ねた後に勢いを利用してすぐさま立ち上がり体勢を整える。
頼元はそんな劜呉を鋭い眼で睨みつける。その眼に写ったのは、先程受けた傷と今の衝撃で受けたであろう傷が瞬く間に治っていく劜呉の姿だった。
「まじでずりぃだろ…」
「戦に卑怯も糞もないでござろう?」
「可愛らしい声で汚ぇ言葉使いやがって…」
(クソ…やっぱ媒介なしで異能使うとやべぇな。足が上手く動かねぇ)
互いにまだまだ余裕そうな一面を見せているが、実際問題両者共に攻めあぐねていた。
一撃必殺とも言える頼元の攻撃は、素早い劜呉には当たりにくく、無理やり足で異能を発動した影響で足には激痛が走っている。
劜呉は今の所速度で勝ってはいるものの、決定打と言える技は当てられず、過去実戦経験の差もあり攻めきれない。
だがそんな事よりも、二人は只々この瞬間を楽しんでいた。
特に頼元はこの伊那郡、それどころか信濃国に収まる人間では無い。統率力や政に関しては些か足りないものがあるが、こと戦となればその実力は圧倒的なものだ。
だからと言うべきなのだろうか、今まで人相手に本気で異能を使うと言うことが出来ずにいた。
それは高遠頼継を相手にしても…だがその相手が即死級の攻撃を喰らっても即座に回復するのであれば――
「んじゃまぁ…文字通り本気で行くぞ」
「ッッ」
頼元の眼光が鋭くなり深く構えた瞬間、劜呉に嘗てない迄の悪寒が迸る。“死”を感じた劜呉は瞬時に大きく距離を取らなくてはと足に力を込めた
――刹那、腹部へと計り知れない激痛が走る。
「ッ?!?!」
(なにが?!)
何も理解ができない中、劜呉の纏う緑色の炎が激しく燃え上がり頼元から受けて損傷を瞬時に修復する。
「はははっ!これも治んのかよ!」
今の一瞬、頼元は劜呉が知覚出来ない速度を持って劜呉の腹部を跡形もなく吹き飛ばし上半身と下半身を離れ離れにしたのだ。
「はぁはぁはぁ…」
(…なるほど…重國殿とは別の怪物か…)
劜呉は肩で息をしながらそう思った。
重國は圧倒的な体力とのらりくらりとした戦い方で一撃一撃に超絶的な破壊力ない。
だが頼元はその逆。真っ向からの圧倒的な破壊力・速度・頑強さを持って叩き伏せに来る。
「はは…」
劜呉から乾いた笑声が零れた。
(そうか…某は井の中の蛙であったか…だからと言って)
「…負けるつもりは毛頭ない…」
「なになにぃ?かっこいいこと言うじゃねぇか…惚れちまうなぁ」
「…ふぅぅ…参るッ!」
「ッ来い!」
相も変わらず劜呉は一直線に頼元へと突き進む。これに頼元は馬鹿の一つ覚えか?と思うが油断すること無くどっしりと隙なく槍を構える。
だが劜呉はひとつ、今までと違う行為をする――
「〜〜ッだんッぞぉぉおおおッッ!!!」
「ッ?!」
(さっきのやッ――)
「承知」
頼元が悟るよりも早く、女の小さな呟き声が耳へ届き次の瞬間、自身の身体を太い鎖と縄が纏わり付き身動きができなくなる。
「特別製の鎖と縄です!壊せませんよ?!」
「ッ!ぬぉおおおおらァアアアアッッ!」
「ックッ!」
頼元自身も壊せないことがわかると段蔵を力ずくで振り回し地面へと顔面から強く叩き付ける。
だが完全な隙ができた、槍は地面に落ち両腕は拘束されどうにも出来ない。
「その首!貰ったァアアアアッッ!!」
「ッッ」
がら空き、自身を守る物が何も無くなった頼元の首に雨で濡れた鈍色の刃が迫り――
――ガキンッ
「なっ?!」
あと少し、あとほんの少しで首が飛ぶと言うのに、頼元はあろう事か劜呉の刀を強靭な顎と歯をもって噛み止めたのだ…
(異能!燃え上がらせろ!今しかッ)
「ムゥオオオオオオァアアアアッッッ!!」
「ッチィッッ!!」
なんと頼元は噛み止めたるだけではなく、遠心力と首の力を使って異能を使わせる前に刀を握る劜呉を宙へと投げ飛ばした
そして地面に落ちている自身の槍を蹴り上げ石突を蹴り抜き弾丸の如き速度を持って劜呉の腹部を深々と貫く。
「ッッ!ガハッ!」
劜呉はその一撃で全身から力が抜け地面へと転がる落ちる。
もはや立つ事すら厳しい劜呉に向かって、頼元は足で頭を踏み潰す為に全力で走る。その形相は鬼そのものだ。
「…馬鹿ですね…この戦いは端から二対一なんですよ!」
「ッ!」
そう段蔵が叫んだ直後、頼元の足に激痛が走る。何事かと下を向けばそこには鋭く研がれた撒菱が無数に撒かれていた。
「クッソ!ッ!」
あまりの激痛に頼元はその場に立ちすくんみ大きくできた隙、その隙を更に大きく作る為に倒れながらも段蔵は頼元に向かって爆裂玉を投擲する。
(やべぇッ!)
瞬間、鼓膜が吹き飛ぶ程の轟音が戦場へと激しく木霊する。鎖と縄による拘束と、撒菱による行動制限を喰らている頼元は、何も出来ずに爆裂玉を真正面から喰らう。
「〜〜ッグホッッ」
幾ら頑丈とは言え鼓膜は常人と変わりない。
その上――
(毒かッ?!)
段蔵の使用した爆裂玉には身体を痺れさせる毒物ガ仕込まれていた。今度こそ完全に停止する頼元。
後にも先にもこれが最後のチャンス!劜呉も当然それを理解、激痛が襲いながらも自身へと刺さった槍を無理やり引き抜き放り投げる。
上手く力の入らない身体を無理やり動かし、刀を強く握り締め頼元に向かってかけ走る。
もはや指一つ動かない頼元には為す術は無い。僅かにできた鎖と縄の隙に、その刃を深く突き立てる。
「〜〜ガハッッッ!」
刀の塚辺りまでに深く貫かれた頼元は激しく吐血する。
だがその痛みがトリガーとなったのか、一瞬頼元の体から痺れが消える。
「〜ッヌラァアアッッ!」
「ッ!ぐっ〜〜ッ」
その一瞬に賭けて頼元は劜呉の顔面に頭突きを放ち地面へと叩き付ける。それと同時、とうとう余力を出し切った頼元はその場に膝を着いた。
「はぁはぁはぁ…」
(ちくしょう…もう、指一本動きやしねぇ…)
「…だ…だ…ふぅふぅふぅ…まだ…まだ私は…立て、る…」
まだ立ち上がろうと藻掻いた劜呉だが、最早頼元同様全ての力を使い切り異能どころか立ち上がれずにその場に倒れる。
「はは…やるじゃ…ねぇ…の…」
そして頼元も力無く倒れ付した。
苛烈を極め瞬く間に生命が削られて行った一戦は、共倒れという決着で幕を閉じた。
爲影劜呉 対 知久頼元
勝敗――引き分け――
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