第十話…松葉原重國 対 藤沢頼親


 戦が始まる直前、高遠頼継たかとおよりつぐは今か今かと心を踊らせていた。今まで相手にして来た者達は確かに実力者ではあったが、これ程まで派手に動き強さを魅せたものは少ない。

 それこそ武田や村上と出会った時以来。たとえこの戦で死のうとも本望とも言えるまでに、頼継は殺る気に満ちていた。


「勝ち戦だな?」


 頼継が何時でも来いと構えている中、自身に近づいて来る足音と共に声をかけてきた男。

 男の名は“藤沢頼親ふじざわよりちか”。高遠軍の要となる異能使いの一人だ。


「勝ち戦?そりゃ違うな。今回の戦、一般兵は役に立たねぇだろうよ。相手は対大軍異能…負ける可能性も高ぇ。マジで心が踊って気やがる…」


「対大軍異能は可能性でしか――」


『突撃せぇえええッ!』


『『『オオオオオオオッ!!!』』』


「「ッ!」」


「来るかッ…亮仙ッ!」


 そう叫ぶと同時、駿河側に亮仙軍が衝突するよりも1歩早く、爆炎と共に味方の兵が大きく吹き飛ぶ。次に炎の竜巻が兵焼き払い、強化された一般兵が味方を次々薙ぎ払って行くのが見えた。


 頼継は大きく息を吸い込み目を瞑り集中し始める。語感が研ぎ澄まって行き、遠くで聞こえる雄叫びがより鮮明に、鉄のぶつかり合う振動が肌を刺激する。

 数秒、数十秒……そして、


「すぅ…突撃ィイイイイッッ!」


「「「オオオオオオオッッ!!」」」


 歓喜の号令を挙げ二万の兵を突撃させる。兵達の一歩は二万、大振動で身体が揺れる。士気の高さは最高潮、これならば問題なく勝てる!そう一瞬思った頼親だったが、次の瞬間先頭が吹き飛び、空から突如巨人が現れ一気に兵が死んでいく。


「な?!砂の巨人はハリボテの筈ではッ?!」


「…はは…嘘の情報を掴まされたか…」


 流石にヤバさを感じたのか、頼継から乾いた笑いが喉から零れ落ちた。


 とは言え怯んでいる訳には行かないと、頼継が一歩前に出た刹那、目の前が爆裂音と共に地面ごと吹き飛ぶ。

 その衝撃で舞った砂煙が二人に迫ろうとするが、それを危険と察知した頼継は刀を抜き砂を払い除け後ろへと飛び退く。


 二人は警戒を弛ませず、砂煙の中を凝視する――次の瞬間、殺意を感じ取ったのか頼継は異能を発動して横へと勢いよく飛んだ。

 それと同時、背後で爆裂音が鳴り響き、一瞬後ろに目を向ければ背後にあった岩や天幕が跡形もなく吹き飛んでいた。


 その攻撃を頼継は、敵の大将である亮仙だと確信する。


「…お前が、亮仙だな?」


「ぴんぽーん、正解や。景品あげよか?」


 亮仙は頼継を煽るような発言をするが、頼親が二対一である事を指摘する。

 だがそれに対して亮仙が馬鹿にするように笑うと、突如砂煙から現れたもう一人の男に頼親は蹴り飛ばされる。




 ▼


 かなりの威力だったのか、頼親は先程居たの場所から想像よりも長い距離を蹴り飛ばされていた。数度地面を跳ねた頼親の顔には、大量の汗が浮かんでいた。

 どうにか息を整え体勢を立て直し、眼前に佇む男を見すえる。


「初めましてでいいのかな?おじさんの名前は松葉原重國…おたくの名前は藤沢頼親でいいんだよね?」


「…ああ」

(この男、何者だ?気配を一切感じられなかった)


 頼親は頭を落ち着かせ状況を見極め始める。目の前に重國という男の実力、自身の力量の差。重國から感じる剣技は自身よりも遥かに高く、単なる剣戟では勝てないとすぐに理解すると、すぐさま異能を解放する。


(異能解放:幻霧ゲンム)


「!」


 異能を解放すると、目の前が見えなくなる程の霧が生まれる。重國はこれを強く警戒し周囲に気を張る。

 ――ざり、と背後から足音が聞こえ刀を振り抜くが刃は空を斬り、逆に先程まで向いていた方から刀が降り掛かって来る。

 これを重國は咄嗟に回避し一瞬で反撃するが、またもや空を斬ってしまう。


「無駄だ。この霧の中では私には決して勝てぬ。時期他の異能使いも駆けつけよう」


「…そうかい?世の中分からないものだ、案外簡単に突破できるかもよ?それに異能使いはあの巨人で手一杯だ。嘘は行けない」


「…ならば、私一人で貴様を打倒して見せよう」


「すぅ、はぁぁぁ」

(とは言ったものの、勝てそうか怪しいーんだよねぇ。彼と全く同じ気配が複数それに方向感覚がはっきりしない…こりゃ心音で行くしかないかな)


 頼親の異能“幻霧”は霧の中に侵入した敵対生物に対して幻の姿や気配を感じさせ、方向感覚すら狂わせる。

 常人であれば今頃嘔吐や目眩で膝を着いていてもおかしくないが、重國はそんな事にはならず現状に対処するために頭を巡らせる。


(…乱戦と天候の所為で心音が聞こえずらい…巨人も他の異能使いを相手にしてるから来れそうにないだろうし…詰んだかも、これ)


 何度も言うが、重國は戦闘型の異能ではない。単に長い時を生きられ、その長い時間を掛け鍛え上げた技と肉体だけが重國の武器だ。


 ――ざり、


(違う……)


 ――ザッザッ


(これも違う)


 ――トットットッ


(これは偽物…)


 ――ドクンッドクンッドクンッ


(これだッ!)


 正面より三時からの方向、生きている人間の鼓動が重國の鼓膜を叩いた。即座、重國は片手で刀を握り左斜め上に右下から斬りあげる。

 取った!誰もがそう思えるような一刀――しかし、


「言っただろう、私には勝てぬと!」


 鼓動が聞こえた場所からではなく、逆の方向から鈍色の刃が重國の脇腹を抉る。だが重國に戸惑う様子はない。


「…簡単な話、こっちからの攻撃が当たらないなら…おたくの攻撃を捕まえればいいッ!」


 重國は脇腹に突き刺さる刀の刃を素手で掴む。その行為は危険極まりない。頼親が刀を引いてしまえば指が飛ぶ――はずなのだが、


「ッ?!」

(動かない?!それよりッ――)


「これでも長い間生きてるもんでね…これっぽっちで殺られる程よわかないのよ。おじさんわ」


「ッ!!」


 重國は瞬時に刀を逆手に持ち替え、背後に立つ頼親目掛けて刀を突き刺すように振るう。これに頼親は仕方なく刀を手放しどうにか回避したが、僅かに右肩に掠り血が飛び散った。

 それでも数歩後ろへと飛び退きもう一振の脇差を構える。そして構えた先にいる重國から、ボタボタとちが溢れ零れる。

 だがそれは――


「…死んだ兵の腕をもいできたのか……」


 確かに人の肉を貫いたという感覚、それは重國の肉体では無く、死んだ兵から取った腕の感触であった。

 完全とまでは行かずとも、大きく油断をしていた頼親はその感触を重國のものと勘違いをしてしまった…故に反撃され、一撃を貰う羽目となった。


「おっしい〜…ま、今ので死ぬほど甘くはないかぁ。でも、鼓動が早くなってるよ?」


「ッ!」

(…落ち着け…この男は私の心音で居場所を突き止めた、ならば…)


「!」

(あ〜こりゃまずいかな?)


 頼親はまたも同じく霧の中に姿を消す。だが先程と違う点がひとつ…


 ――ドクンッドクンッドクンッ

 ――ドクンッドクンッドクンッ

 ――ドクンッドクンッドクンッ


 なんと心音までもが複数に増えているのだ。乱戦の音、轟雷と豪雨と豪風の音の影響でただでさえ心音が聞こえず、一定の距離に近づいた時にやっと聞こえたと言うのに、更に心音までもが増えたとなれば厄介極まりない。


(流石に強者って訳だ…良いじゃない、面白い)

「頼親くん!ちゃんと着いてきなよ?!」


「!」

(どこへいくつもりだ?!)


 突如、重國が視界が塞がり方向感覚が定まらない中全力で走り出す。頼親の幻霧の発動範囲は最大で半径120m。そこから出られれば頼親に勝機はなくなる。

 それをわかっている頼親はすぐさま重國の後を追い始める。


 何も分からずに進む重國の行先、それは木々の生い茂る山林の中。単純に考えれば重國がより不利な状況になった…だが頼親に一切の油断はなくなっていた。

 常に集中し重國からの攻撃を受けぬように、こちらからの攻撃は躱され捕まらぬように重國を見すえる。


「この霧は嵐でも掻き消えない。だから厄介なんだけど…」


「?…貴様ッ!?」


 この森に生える木はどれも巨木と言っていい程の大きさ。一本だけ倒れるならば兎も角、二本三本四本…何本と倒れれば大惨事、どれ程肉体が固くとも、位置掴めずとも防ぎ避けることは出来ない。


「“桜ノ一刀・花弁斬はなびらき”」


「チィッ!」


 重國は一刀の内に、自身を囲むように聳える六本の木々を切り倒す。斬られた木々はメキメキと音を立てて倒れていき、倒れる木に体当たりされた他の木もドミノ倒しのように倒れていく。

 地面が大きく捲り上げられ、木々に破片が雨のように飛び散り辺りは悲惨なまでに荒れ果てていた。

 だが目の前が見えなくなる程の霧は消え去った。視界が完全に開けた重國の眼に、頼親が肩で息をする姿が映る。


「…まだだッ!まだッ!!」


 頼親は今にも倒れそうになりながらも刀をありうる力で握り締め重國へと駆け走る。

 だが重國はその場から動かずに、ただ自身に向かって走る頼親を見つめていた。そして頼親の刃が重國に届くあと少しという所で、頼親の身体が地面へと落ちた。

 もはや頼親は限界だったのだ。よく見てみれば、左肩と左足に木片が深く突き刺さっている。

 立つ事さえままならない筈だと言うのに、この男は寸前の所まで立ち向かおうとしたのだ。


「はぁはぁはぁッ!ここッ…までなのかッ…」


 頼親の身体は至る所を負傷し、血が垂れ流れている。普通であれば死んでいても可笑しくない損傷だ。


「…最初は案外簡単かもって言ったけど…結構厄介だったよ?おたく」


「…クク…当然よ…これでも副将だぞ?」


 今回のこの一戦、重國では無く劜呉や段蔵であれば負けていたであろう。

 劜呉では五感耐えられずにその隙を突かれ殺されていた。

 段蔵であれば不意打ちが効かぬ上幻に酔い殺されていた。


「…死にそうかい?」


「…いや…異能使い故だろうな…死ねそうにない」


 異能使いの肉体は通常とは違いずっと強靭であり、例え手足が千切れ大量の血が無くなろうともそう簡単には死ねない。

 だからこそ、処置を施し時を置けば何度だって戦に出ることができる。


「…私の負けだ…この首、持っていけ…」


 頼親は震える手で重國の刀を刃を握り、手から血を流しながらその刃を自身の首へと押し当てる。

“殺せ”、その意思が強く伝わってくる。

 だが――


「…おたく、投降する気は無いかい?」


 当の重國本人に頼親を殺す意志を感じられない。それに頼親は、目を大きく見開いた。


「最初は殺す気だったよ?けどまぁ、うちの殿の夢を叶えるにはちょいと数が入用でね」


 そう言い刀を頼親の首から離し、鞘へと収める。それを見た、その言葉を聞いた頼親は、小さく乾いた笑声を零した。


「…私を、生かすか…この命、死んだも同然…良いだろう…貴様の主の夢のため、好きに使え…」


「ああ、そうさせてもらうよ」




松葉原重國 対 藤沢頼親

勝者――松葉原重國――


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