第4話 虎視眈々

 ◆訴訟の勧め


 ふりかけの会社から封書が届いた。

 中に文書が一枚と、実費分の商品券、それに新品のふりかけが一袋入っていた。

「調査しました結果、製造工程で混入したものではないことが判明いたしました」 

 と簡単に記されてあった。粕原さんが自分で入れた、といわんばかりだった。

 粕原さんは文書と封筒を握りつぶした。誠意のかけらも感じられない対応だった。


 「こうなったら、出るとこ出るよ。ふりかけ一つで済むと思うとるの。手始めに、写真持って保健所行くわ」

 相手はひるまなかった。

「どうぞ、行ってください。最近、あなたみたいな人、多いのですよ。粕原さんとおっしゃいましたね。カスタマー・ハラスメントで訴えますよ。あなた、裁判になったらどうします。この通話も録音してますので、恐喝の証拠物件として提出しますからね。まあ、よく考えてから、また、電話ください」 


 ◆虫の居どころ


 粕原さんは大魚を逃してしまった。

 デパートを歩き回った。客は道を空けた。

「じろじろ見るなよ。うちは、ハイエナやないで」

 ブツブツ言いながら、うっぷんのはけ口を探し歩いた。


  食料品売り場では、ふりかけを何袋かバッグに入れた。仕返しだった。

 インスタントコーヒーと紅茶の売り場が死角になっていたので、何個かバッグに入れた。


  こんな日は家で夕食をとりたくなかった。最上階の食堂街に行って、蕎麦屋に入った。

 夕食時で混んでいた。しばらく待たされ、席に案内された。

 店員は注文を取りに来ない。忙しそうに店内を走り回っている。粕原さんのことは完全に忘れていた。


  粕原さんの我慢も限界に達した。粕原さんは手をあげて合図した。

「ごめんなさい。まだ、お茶もあげてなかったですね」

 店員がお茶を出した。

「何にいたしましょうか」

 粕原さんはお茶を店員の顔にぶっかけた。

「何分待たせたと思うとるの。あんたのようなうすのろは店員の資格はないよ。だいたい、客をどう思うとるの。カスタマーなんとか言う前に、店員としてしっかり勉強せえ」 


 ◆勇み足


 調理場から板前さんが出てきた。

「お客様。うちのものが何か失礼なことでもいたしましたか」

 落ち着き払っていた。その態度もしゃくに障った。

「何かって。訊く前に謝りなさいよ。不行き届きなところがあったから、店員教育してあげてるんでしょ」

  客が帰り始めた。誰かが警備員に連絡したのか、ガードマンが駆けつけた。粕原さんの声はますます大きくなっていった。

「ここではほかのお客様にご迷惑ですから、警備員室までどうぞ」

 いやがる粕原さんをガードマンは引っ立てて行った。 


 ◆自衛策


 数十分後、パトカーがデパートの裏に停まった。

 粕原さんはその夜、警察署に泊められた。取り調べで、余罪も明らかになった。

 むしゃくしゃした時など、万引きを繰り返していたのだ。しかし、デパートも人気商売。粕原さんはおとがめなしで終わった。


 部屋に戻り、粕原さんはコーヒーを入れた。冷蔵庫から牛乳を取り出すと、昨日で賞味期限が切れていた。大変な損失だったが、期限切れの牛乳を飲むほど落ちぶれてはいない、との自負がある。


  粕原さんは今日もデパートに向かう。

 あの程度のことでひるむ粕原さんではなかった。なにしろ、ムカデを皮切りに、ゴキブリ、針金と鍛えに鍛えられている。筋金入りのカスタマーなのだ。

(今に見てろ)

 爪を研いでいる。 


 粕原さんが姿を見せると、デパートの音楽が軽快なジャズに変わる。アメリカ映画『ピンクの豹』のテーマ曲・ピンクパンサーのリズムに乗って、売り場をめぐる粕原さんだった。


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和製ピンクパンサー 山谷麻也 @mk1624

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