第3話 失敗に学ぶ

 ◆緊縮財政


(もう、男はこりごりや)

 粕原さんは独り暮らしを続けている。働いてはいない。離婚した夫の慰謝料を、生活資金に充てている。ギャンブル依存症の同棲相手にかなり使われ、カツカツの生活をしているのが実情だ。


  粕原さんは食費も切り詰めている。外食と言えば、デパートの試食に群らがるくらいだ。

 ご飯が余ると、冷凍しておく。便利なので、パック詰めになったご飯を買って、冷蔵庫に入れておく。保存が利くので、何もない時には助かっていた。 


 ◆異物混入


 その日も、粕原さんは冷蔵庫からパック詰めのご飯を取り出し、チンした。

 電子レンジに入れる時

(これにも何か黒いものが入っとるわ)

 いつものことなので、大して気に止めていなかった。

 市のたよりを拡大鏡で読んでいると、チンと音がした。取り出して皿に乗せ、テーブルに置いた。

(それにしても、この黒いのは、何やろか)

 粕原さんは、拡大鏡で覗いてみた。

 ゴキブリが成仏していた。哀れに両手足を広げている。


  製品は、最近よくテレビでCMを流している会社のものだった。お客様係が飛んできた。

「これ、見てみ」

 粕原さんがパックと拡大鏡を目の前に突き出した。

「確かに。これは虫ですね。ゴキブリの子でしょうか」

 担当者は平身低頭だった。

「早速、持ち帰りまして、わが社の研究所で調べさせます」

 担当者は現物を仕舞った。代わりに何か取り出した。

「同じものでは何でしょうから、今テレビで放映しているパスタをお持ちしました」 


 ◆証拠品


(テレビに出とる会社やから、しっかりしとるな。研究所もあるんや)

 粕原さんは気をよくしていた。

(これは、ほんの挨拶がわりやろ。なんぼで解決してくれるかなあ)

 パスタがことのほか、おいしく感じられた。 


 夕方、担当者から電話が入った。

「お騒がせしました。研究所で調べましたところ、あれは黒いシミのついた米でした」

 稲穂をウンカやカメムシが吸うと、黒くなることは知っていた。母がよくゴミと一緒に取り除いていたものだ。

「だけど、あんたも確かに『ゴキブリの子や』って言うとったやないで」

 粕原さんはムッとした。

「いや、あれは私の見間違いでした」 


(しもうたことした!)

 粕原さんはほぞをかんだ。

 粕原さんはあまりにも無知で善良なカスタマーだった。

 思い出すたびにはらわたが煮えくり返る。


(今なら、携帯で写真を撮っておくことやってできたのに。それを保健所に持ち込むと言えば、ゼニで解決しようと言うてくるに違いない)

 学んだことは、これであった。 

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