第2話 来し方
◆うどんスープ
粕原さんはこの種のトラブルには慣れっこになっていた。
高校の夏休み。粕原さんは図書館で勉強していた。
下宿には扇風機がなかった。田舎の両親に頼んでも、買ってくれなかった。両親には都会の暑さが、いくら説明しても分かってもらえなかった。田舎では
お昼に図書館を出て、公園の中にあるうどん屋に行った。
うどんと言えば、粕原さんにとってはご馳走だった。 田舎にいたころ、親に連れられて、うどん屋に行ったことがある。注文するのは素うどんだった。これでは空腹は満たせない。田舎では手提げなどから、手製のおにぎりを出して食べるのがごく見慣れた光景だった。
夏に熱いうどんをすするのはまた、格別だった。麺をあらかた食べ、いよいよスープを飲む。浮いているネギをどんぶりの縁に寄せようとして、粕原さんは声を上げそうになった。切り刻まれ、腹から内臓を出した大きなムカデが浮いていた。
粕原さんは、口に手を当て、吐きそうになるのをこらえながら、店員に手招きした。
店員は「はっ」と息を呑み、どんぶりを片付けた。
お代は頂戴しない、ということになった。まだ、純朴な少女だった。うどん代を請求されたら、払っていたかもしれない。
粕原さんは以後いっさい、うどんを口にすることはなかった。
◆家風
高校を卒業して、都内の印刷会社に就職した。
最初の結婚相手は、会社の上司の紹介だった。九州の生まれで、剛毅を装う反面、やたらとメンツにこだわった。妻が働きに出ることを嫌い、粕原さんは勤めを辞めた。
やがて、夫はUターンすることになった。年老いた両親のたっての願いだった。
粕原さんは迷った。何回か夫の実家を訪問したが、夫の両親は粕原さんの所作に対して口うるさかった。
「うすとろか」
何度も言われたので、東京に帰って夫に訊ねた。
「恥ずかしいということや」
どんな場面で言われたかを訊きもせず、夫はただ笑っていた。
九州に行って、この先、何年、監視に耐えなければならないのかと思うと、気がふさいだ。不眠が続いた。寝込む日も多くなった。
「そんな弱い嫁はうちじゃ務まらん、という意味のこと言うとる」
夫は両親の意向を伝えた。潮時だった。
◆依存症
次に家庭を持ったのは、近所のスナックで知り合った男だった。
親切にしてくれ、よくおごってくれた。関係ができたとたん、相手は口実を設けて粕原さんの財布から金を持ち出した。
スナックでは羽振りのいい職人と思われていた。一緒に住んでみると大して仕事はなかった。粕原さんから小遣いをもらっては、競馬場に通っていた。
ある時、男は粕原さんにまとまった金をねだった。 問いただすと、サラ金に多額の借金がある、という。借金を返すために借金を重ねていた。もう、身動きが取れない状態だった。 その額は粕原さんの貯えではとても追いつかなかった。
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