だけど、それでも。

咲翔

***


 カタタン、コトトン。

 カタタン、コトトン。


 列車は静かに線路の上を滑っていく。橋に差し掛かると、途端に金属音が激しくなり、ガタンッと大きく揺れる。


 わたしは車両の横の広い窓から、川を見下ろした。夕日を反射して煌めく水面。その眩しさに思わず目を細めながら、昨日の試合を思い出す。


 ――地方大会県予選。


 強豪でも弱小校でもない、平凡な高校の剣道部に所属するわたし。高校三年生になった今年、引退という文字がいつも頭の片隅にちらつくような、そんな日々を過ごしている。


 昨日の試合の初戦の相手は、県王者のチームだった。


 わたしたちは、よく準備をしていったと思う。準備ができたというのは、体のコンディションはもちろん、心の面も整えて行けたということ。


 組み合わせが決まったときから、ずっと。


 相手の高校のことばかり考えていた。


 自分たちのことを信じられるのは、自分自身だけだからって。どこかで聞いたことのあるようなセリフで、自分たちを鼓舞していた。


 あんなに、準備したのに。


 ――対戦結果は、散々だった。


 五人制で戦う剣道の団体戦。引き分け有りで五試合行い、勝数または取得本数で勝ち負けを競う。


 わたしたちは一回も勝てず。

 相手に五連勝を許した。


 やっぱり。

 強豪って、やっぱり強豪だ。


 試合が終わった瞬間、そう思った。

 勝てない、と思った。


 めちゃくちゃ準備した。

 普段の稽古中だって、ずっと目の前に相手校の選手が居ると仮定して動いていた。

 試合ビデオも何回も見返した。

 脳内シュミレーションも、何度もやった。


 心の準備は、万全だった。

 なんなら、試合開始直前まで、行ける気がしていた。


 でも、終わってみたら、どうだ。

 このざまだ。


 わたしたちは決して弱くない。

 それはわたしが三年間剣道に向き合って、必死に頑張ってきたから言える。

 個人戦ではトーナメントを上がっていけるメンバーだって、揃っている。

 でも。


 なんで、こんなにも。

 こんなにも。


 埋められない差が、大きすぎるなんて。

 

 その日は呆然としたまま過ごした。


 相手校は、準決勝で敗退した。優勝は、違う高校がかっさらって行った。


 強いなぁ、上の人たちは。


 準決勝、決勝を見ていてそう思った。


 ――――もっと、この二年間。

 頑張ればよかったのかな。

 もっと必死にやれたのかな。

 もっとがつがつ、勝ちに固執して、貪欲に稽古すればよかったのかな。

 もっと、もっと、もっと。


 できることがあったんじゃないのかな。


 後悔しても、もう遅い。









 ――――いや、まだだ。


 あと一回だけ、県大会が残っている。

 まだ諦めるのは、終わるのは、早い。


 わたしたちは、地方大会予選で、一回戦敗退だった。しかも、スコアも散々だった。


 だけど、それでも。


 切り替えなきゃなんだ。

 次へ、前へ、進むために。


「よし」


 列車が最寄り駅のホームに滑り込む。わたしは通学カバンを肩にかけ直して、ドア近くへと歩く。


 まだ、まだ終わっていない。


 最後の大会。


 全力で楽しむぞ。

 そして、勝ちに行くぞ。


 わたしは電車からホームへ、軽やかに駆け出した。

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だけど、それでも。 咲翔 @sakigake-m

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