第24話 新たな始まり
「……ふぅ」
「お疲れ、イーリス」
「セレさん、ありがとうございます」
その日、イーリスは朝から王城にいた。
あの事件の証人として、なんと国王や魔法局局長であるガオーラ、更に大臣等の前で証言するという大役を果たしたのだ。緊張し通しだったイーリスだが、セレとリーリが傍で補ってくれたお蔭で終えることが出来た。
イーリスが礼を言うと、セレは軽く首を横に振る。
「俺が出来たのは、横から口を出すことだけだ。あの場で最後まで立って話をしたのは、イーリス自身だよ」
「……だとしたら、やっぱりセレさんのお蔭です。わたしに自信をくれたのは、貴方ですから」
「……そうか」
「……」
何となく、二人して黙ってしまう。
ガオーラが証言後に教えてくれたところに寄ると、イーリスの父ジオーグを始めとしたヘリステア家の人々は、順番に尋問を受けているという。長女のウィンダ、長男のオルフォース、そして妻のアナもその中に組み込まれており、それぞれの罪が明らかにされつつあるらしい。その罪状が一族で大き過ぎ、家の断絶も視野にあるという。
「わたしを実験体として行っていた魔法と科学の融合実験の他にも、知らないだけで様々なことをしていたようですね」
「ああ。あの研究所の元職員たちの証言もあって、かなり危ないというか、人道に反することもしていたようだな。……魔法は、人を傷付けるためにあるわけではないのに。出来れば、イーリスの耳には入れたくないことばかりだ。実の家族だったのに」
「でも、これで完全に縁を切ることが出来ます。父が一方的に切ったことで正式な手続きはされていなかったようですが、王様が力を貸して下さいましたから」
ウサギになり人に戻れなくなったことで家族の縁を父親から一方的に切られたイーリスだが、その手続きは中途半端になっていた。それをイーリスに今後害が及ぶことのないように、という配慮によって完了させたのだ。
だから、とイーリスは振り返ってセレを見た。
「わたしは、今日からただのイーリスです。ウサギになる原因は結局不明なままですが、もう滅多なことではないでしょうし……ようやくセレさんに恩返しが出来ます」
「……恩返し?」
問い返され、イーリスは「はい」と頷く。ずっと考えていたことを、セレに打ち明ける。自由気ままな一人暮らしをしていた彼を、ようやく解放することが出来るのだ。出来る限り、笑顔で言わなければならない。
「そうです。ずっとセレさんのおうちでお世話になっていましたから、一人暮らしをしても良いかもしれないと。仕事も王城で雇って頂けそ……っ!?」
「――ずっと、俺の傍にいれば良い。迷惑だなんて言った覚えはないし、俺はイーリスが家にいてくれるから帰るのが楽しみなんだ」
「……せ、セレさん?」
突如抱き締められ、イーリスは顔を真っ赤にして硬直した。抱き締められたことで心臓が大きく脈打ち、どくんどくんという鼓動が耳元で聞こえるような感覚がある。自分の緊張が極限まで高まっていることに気付き、イーリスは「駄目です!」と叫んだ。両手でセレの胸を押すが、その力は弱い。
「何が?」
「駄目、です。だってわたし、緊張みたいな気持ちへの負荷がかかり過ぎるとウサギになってしまうから……あっ」
「そうなっても良いよ。またウサギになったら、その時は俺が面倒見てやるから」
「……っ」
耳元で囁かれ、髪の毛を梳かれ、イーリスは心臓が壊れそうなほどバクバクと凄い速さで拍動していることに気付いた。しかし同時にセレの腕の中を心地良く思っていることも知り、突き放すことが出来なくなる。そして、地下牢に閉じ込められた時に気付いた自分の本当の気持ちが溢れそうになった。
その自分の本当の想いを言わないように、とイーリスはセレの背中におずおずと回した手に力を籠める。何処かに力を入れておかないと、口から出てしまいそうだから。
(この気持ちは、言わずに去らなきゃ。じゃないと、いつか言ってしまう。セレさんを困らせたいわけじゃないのに)
溢れそうになる想いを押し留めようと必死のイーリスに対し、セレはある覚悟を持っていた。ここは王城の裏庭の一角で、比較的人通りの少ない区域だ。
「あの、セレさん……?」
セレが離れない。このまま人目に付くのは大変まずいと思い、イーリスは必死の思いでセレに呼びかけた。しかし思うような反応がなく、羞恥が限界を突破しようとしていた。
内心大混乱に陥っていたイーリスに気付いたのか、セレの笑いを含んだ声がイーリスの耳元で囁かれる。
「……イーリス、心臓の音速い」
「――っ! せ、セレさんのせいです! 貴方に触れられるから、わたしは……」
「俺のせい?」
「……っ」
甘く聞こえるのは、きっと自分の願望だ。イーリスはそう自分に言い聞かせ、ようやくセレが体を離して息をつく。まだどきどきと心臓の音は五月蝿いが、しばらくすれば落ち着くだろう。
「――だったら」
「あ」
つい、と流れたセレの指がイーリスの頬に触れる。ぴくりと肩を震わせたイーリスの反応を楽しむかのように、セレは小さく微笑んだ。深紅の瞳に不思議な色を感じ、イーリスは今までと別の意味でドキリとした。
戸惑いながらも、その紅色の瞳に囚われて動けない。イーリスが何も言えずにいると、セレは真剣な表情でイーリスの緑色の瞳を覗き込んだ。
「……もっと意識してもらえるように頑張らないとな」
「ふぇっ!?」
イーリスは、思いがけないセレの言葉に目を見開く。その反応すら面白そうに眺めていたセレは、イーリスの頭を軽く撫でで離れた。
「帰ろう、イーリス」
「あの、えと……はい」
どういう意味かと問い返す機会を逸し、イーリスは頷いた。これからも一緒にいても良いということだと理解して、ほっと、胸を撫で下ろす。
更にセレが離れてしまい、急に寂しいと感じてしまう。イーリスはそんな自分の気持ちに驚きつつも一旦横に置き、セレに追い付くために少しだけ早足になる。するとセレは絶対に待っていてくれて、イーリスが追い付いたら歩き出すのだ。
――了
薄幸のウサギは最強魔術師に溺愛される 長月そら葉 @so25r-a
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