第23話 事件の終わり

 イーリスは、ぼんやりとセレの様子を眺めている。彼はジオーグを魔法で拘束して同僚に連絡し、回収して貰うよう依頼した。そしてイーリスに手を差し伸べられ、おずおずとその手を取った。


「出よう」

「……はい」


 セレはイーリスが慌てないよう、ゆっくりと歩く。疲労困憊のイーリスは、セレの気遣いに感謝しつつ懸命に歩いた。今更ながら、頭や体が痛いと感じる。

 セレに手を引かれ、イーリスは薄暗い階段を上って地上へと出た。既に夕刻となっていたが、イーリスの暗闇に慣れた目には少し辛い。

 目を細めるイーリスに「目を閉じていたら良い」と言ったセレは、遠くに自分たちを呼ぶ声を聞いてそちらを向いた。


「リーリねえさん」

「セレ、イーリスちゃん!」

「リーリさ……」


 リーリの声を聞き、イーリスは目を開けた。しかしリーリの姿を認めた途端、イーリスの足が限界を迎えてしまう。ガクリとその場に崩れ落ちたイーリスを、地面に膝がつく前にセレが抱きとめた。


「――おっと」

「ご、ごめんなさい。すぐに立ち……あれ?」

「閉じ込められて、色々あって、疲れたんだろう。ここにはもう味方しかいないから。眠ったら良い」

「でも……」


 躊躇ためらうイーリスに、しゃがんで目線の高さを合わせたリーリが微笑む。


「寝ちゃいなさいな。大丈夫。イーリスちゃんのことは、セレが責任をもって運ぶから」

「え、わたし重いですよ……?」

「イーリスは軽い。大丈夫だから、力を抜け」

「ほら」

「……あっ」


 リーリが軽く押したことで、とん、とイーリスの体はセレに預けられる。イーリスは申し訳なくて立ち上がろうとしたが、体は全く言うことを聞かない。それどころかセレの体温に触れて眠気が増す。

 とろとろと意識がなくなりかけているイーリスを、セレはお姫様抱っこで抱き上げた。安心したのか、イーリスはセレに身を預けて寝入ってしまう。


「――おやすみ、イーリス」


 柔らかいその声を最後に、イーリスは完全に意識を手放した。


 ❁❁❁


 イーリスが眠ったことを確かめ、セレは隣でニヤニヤしている従姉を睨み付けた。


「何だよ、ねえさん?」

「何でもないわよ? ただ、よっぽど貴方はこののことが大事なんだなと思っただけ」

「……大事だよ」


 ぼそりと呟かれた言葉は、先を歩いていたリーリの耳には届かない。セレはイーリスを抱き直すと、魔法局の方向から走って来る同僚たちを見付けて息をついた。


「ようやく来たか、リスタ」

「遅くなった。ああ、イーリス嬢は無事だったんだな」

「ああ。そっちの首尾は?」

「上々。ヘリステア家の罪についても、元使用人や捕まえた研究員たちによってかなり明らかになって来ている。イーリス嬢には影響がないよう、取り計らわれるはずだ」

「そうでなかったとしても、俺は必ず守る」

「……へぇ」

 セレの言葉に、リスタは心から驚いた。真っ直ぐに、そして愛しげにお姫様抱っこしたイーリスを見つめる親友の言葉に。ふっと微笑み、リスタはセレの肩をすれ違いざまに軽くたたいた。


「溺愛だな。一先ず、ゆっくり休めよ。また連絡する」

「頼んだ」


 短い会話を終えると、リスタは他の魔法局員たちと共に地下へと降りて行く。それを見送り、セレはリーリと共に自宅へ帰るために転移魔法を使った。

 転移魔法は、移動する場所に明確なイメージがなけ成立しない。五秒もしないうちに、三人の姿はセレの自宅にあった。


 それから数日後、事態はセレたちの働きかけもあって迅速に進んでいく。


「……ってことだ。今、ジスタート様たちが尋問してる。この国最高位の貴族であり魔術師の尋問ってこともあって、異例ずくめだ。陛下も逐一報告しろって五月蝿いらしいぜ」

「それだけのことなんだろ。……ああ、またな」


 リスタとの念話を切り、セレはふっと息を吐く。

 ここ数日、魔法局に顔を出していない。そろそろ出さなければ、当事者への質問が出来ないと文句を言われるだろうか。そんなことを思いつつ、セレは廊下を通ってイーリスの部屋の前に立つ。


「イーリス、入るぞ」

「はい」


 許可を得て部屋に入ると、イーリスはベッドの隣に置かれた椅子に腰掛けていた。本を読んでいたらしく、手にしていたそれをベッドの上に置く。


「イーリス、体調はどうだ?」

「もう大丈夫ですよ。ほら、ウサギになることもありませんし」


 ふふっと笑うイーリスの向かいに空いていた椅子を置き、セレは「そうか」と微笑んで腰掛ける。


「なら良いんだが。……おそらく、もう少ししたら城から話を聞きたいと要請があると思う」

「話……。父上や研究所についてですか?」

「そうだな。国王の命令になりそうだから、拒否は難しい。日程はこちらに合わせろと言うつもりだが、それでも良いか?」

「勿論です。……ようやく、区切りをつけられるんですから」


 研究所の件が片付かない限り、イーリスは過去に区切りを付けたとは言い難い。父親たちが何を目指していたのかはよくわからないが、それが良くないことであることはわかる。これ以上誰かを傷付けないように、出来ることをしたいのだ。

 イーリスがその旨を話すと、セレは「わかった」と頷いた。


「明日にはリーリねえさんも魔法局から戻って来る。そうしたら、また賑やかになるだろうな」

「……リーリさん、まだいて下さるんですか?」


 確かリーリは、この件が落ち着くまでの期間限定の滞在だったはず。イーリスが言うと、セレは肩を竦めた。


「ねえさんが、もっとイーリスと一緒にいたいとさ。俺は良いけど、イーリスは?」

「わたしも嬉しいです!」

「なら良い。……少し、世間話をしよう。ここ最近忙しかったからな」

「……はい、そうしましょう」


 それから昼過ぎの緩やかな陽射しが射し込む窓の側で、二人はしばらく穏やかに語り合っていた。

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