第22話 炎に巻かれて

 狭いはずの地下牢空間は、今やセレとジオーグたった二人の決闘の場と化していた。元所長たちは戦いに巻き込まれることを恐れ、早々に地上へ逃げ出している。当然そのまま逃げおおせることは出来ず、リーリの「捕まえた!」という声が聞こえて捕らわれたこともわかった。


「セレさん……っ」


 イーリスの周りは、既に彼女がここに閉じ込められた時と様相を変えている。鉄格子が曲がり、物によっては折れてしまっていた。更に土壁には幾つも穴が空き、破壊されている。

 イーリスは目まぐるしく変わる状況に目眩を覚えながら、待っているよう言われた場所から動かずにセレを見つめている。何度も何度もジオーグのイーリスを狙った攻撃が放たれたが、それらは全てセレの創り出したバリアに阻まれ無に帰した。


「……これで、終わりだ」

「終わる、ものか……!」


 確実にジオーグの弱点を突き続けたセレは、自分より大柄な男を見下ろす。土まみれでずぶ濡れのジオーグは、ギラギラとした瞳で息子ほど年の離れた青年を見上げた。


「私は、この国に必要不可欠な人間だ。我々ヘリステア家は、国を魔術師として長い間支えてきた。お前のようなぽっと出の若造に、渡す椅子などありはせん!」

「別に椅子なんて求めちゃいない。ただ……大事にしたいやつがいる。そのが苦しんできた根源が目の前にあって、絶たない理由はないだろう?」

「……ほお、あの出来損ないをな」

「そう思うのなら、残念だ」


 目を細めると、セレの容貌は冷たさを帯びる。整った顔をしているからか、冷酷さが増すのだ。

 セレに睨みつけられ、ジオーグは顔色を悪くした。真っ赤に染めて怒っていたのに、少し青みがかって見える。


「この私が……遅れを取るなど有り得ぬ!」


 震えは武者震いに違いない。ジオーグは体に残った魔力を爆発させ、大火を起こしてセレを襲わせる。火は鉄も土をも焼き払い、焼けたにおいと熱で空間を満たす。火に巻かれ、息が出来なくなって気を失っている間に死ぬ。そうなれば、己の魔法では一切ダメージを追わないジオーグの勝利となる。ジオーグは起死回生を狙い、彼に似合わず全力で魔力を行使した。


「……」

「イーリスか。その目、気に食わん」


 振り返れば、青い顔をしたイーリスが自分を見つめている。ジオーグにとっては、ただの被験者でしかない出来損ないの失敗作。そんなものが存在していることにすら我慢が出来ず、ジオーグはイーリスにも大火を差し向けた。


「はぁ……はぁ……。私の勝利だ。私に楯突いた者は、皆死ぬ。ふふ……ははは」


 炎の海の中、ジオーグ以外の全てが炭となったかに思われた。そろそろ地上に出なければ、生き埋めになってしまう。ジオーグは火が一部くすぶる中、ゆっくりと地上へと歩き出す。魔力を使い果たし、体力も回復し切っていない。それでも敵はもういないのだから、と口元が緩んだ。


「……何。あいつらが死んだとなれば、もう私に反抗する者などいないだろう。そう思えば、無駄ではなかったな」


 階段に足をかけた時、ジオーグは何かの気配を感じて立ち止まる。そして振り向いた瞬間、彼の首筋に冷たいものが触れた。


「――!」

「悪いけど、死んでねえからな」

「どうして、何故だ! あの炎の中にあって、生き残った者など今までいなかったのだぞ!」


 ジオーグはわめき散らすが、セレは微動だにしない。ジオーグの首に添わせているのは、魔法を帯びた短剣だ。ジオーグが炎の魔法を得意とするため、水の力を帯びさせている。

 セレは極めて冷静にジオーグのわめきを聞き流すと、後ろに向かって問いかける。


「なあ、殺しても良いか? ……イーリス」

「お前も生きているのか、イーリス!」


 ジオーグは短剣から逃れて振り返ろうとした。しかし何故か体は全く言うことを聞かず、困惑する。その種明かしは、早速セレから下された。


「俺自身もイーリスも、水の魔法で炎から身を守ったんだ。流石に空気が薄くなることは避けられなかったが、窓があって助かったよ」

「……」


 窓をどさくさに紛れて壁を破壊し、地上と繋げて新鮮な空気が少しでも多く入って来るようにした。火の勢いを強めることにはなったが、お蔭であの火災の中でセレとイーリスは互いに生き延びたのだ。

 セレの説明に、ジオーグは奥歯を噛み締める。ふざけるなと叫びたかったが、それをさせない気迫がセレにはあった。

 黙って大人しくしているジオーグに対し、セレはジオーグの首筋に剣を添わせたままで水魔法の膜に覆われたイーリスに再び問い掛ける。


「イーリス、どうする?」

「……殺したら、駄目です。そんなことをしたら、セレさんも同じになってしまいますから」

「ということで、命拾いしたな」

「……」


 セレの言う通り、イーリスはセレの言葉をキリンとして聞いている。淡々と言葉を口にしたセレは、魔法でジオーグへの拘束を強めた。


「……さあ、帰ろう。イーリス」

「……はい、セレさん」


 セレに手を差し伸べられ、イーリスは彼の手を取りようやく安堵の笑みを浮かべた。


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