第21話 待ち望んだ人
「何で……なとこ……」
「うわっ」
「た、助け……ぐっ」
幾つもの悲鳴と戸惑いの声。おそらく地上から聞こえて来る声の中に、イーリスは聞き覚えのある声が混ざっている気がした。
「……に、イーリ……を!」
(あれは、リーリさん!?)
リーリと思しき声がした途端、爆発音がこだまする。その凄まじさに、流石のジオーグも顔をしかめた。
「何事だ?」
「はっ。報告させま……」
「い、一大事です!」
ジオーグに問われた元所長が部下を外へやろうとしたのとほぼ同時に、外から転がるように男が駆け寄って来た。彼はジオーグがいることに目を見張ったが、ジオーグの「言え」という一言で我に返る。
「セレが、魔術師セレが爆裂女王と共にこの屋敷に攻め入って来ました!」
「……チッ。本当にここまで来るとは!」
盛大な舌打ちをしたジオーグは、すぐさま念話で己の部下と連絡を取る。彼らを出動させ、セレとリーリを倒せと命じたのだ。
「魔術師とはいえ、たった二人だ。さっさと殺せ」
『ですが……うわぁっ!?』
ブツッ。念話が一方的に切られ、ジオーグは忌々しげに顔をしかめた。
「城で難癖つけてきて撒いたつもりだったが、まさかここまで来るとはな。……余程、お前が大事らしい」
「……父上」
「お前は既に我が娘ではない。が、再び役に立つというのなら、考えてやろうか」
「うっ……。ぜっ、たい……嫌」
髪を引っ張られ声を震わせながら、イーリスは初めて父親に逆らった。それはジオーグにとっても予想外であったらしく、数秒固まった直後に顔を赤色に染めた。
「貴様……! 娘ならば、親の役に立てば良いのだ!」
「わたしはもうあなたの娘じゃない! 娘だとしても、わたしはあなたのために犠牲になんてなりたくない! 誰かを傷付けるための兵器なんて、作らせない!」
「このっ!」
怒りで顔を真っ赤にしたジオーグは、その感情に任せて手のひらに顔の大きさはある火球を出現させた。雷さえ帯びたそれを、あろうことかイーリスに向かって至近距離で投げつける。
(死ぬ!?)
魔力皆無のイーリスにとって、直接魔法をぶつけられることは死を意味する。万事休すと覚悟して、イーリスはギュッと目を閉じた。
それから数秒もせず、イーリスは死ぬはずだった。
「――っ!」
しかし彼女は今、温かく安心するものに包まれている。不思議に思ってそっと瞼を上げれば、白シャツのボタンが目の前にあった。
「……!?」
「もう、大丈夫だからな。イーリス」
「せ……れ、さん?」
イーリスが大きな目をさらに大きくして、自分を抱きかかえ微笑む青年を見つめる。彼女をギリギリのところでジオーグの魔法から守ったセレは、左腕でイーリスを抱き締め、右の手のひらで受け止めていた火球を握り潰す。ジュウという音がしたが、セレの手は火傷していない。
自分のシャツを握り締め目を潤ませるイーリスの背をポンポンと軽くたたき、セレはその鋭い眼光を目の前に立つ男へと向けた。火球を潰した右手に、今度は自分の水球を出現させる。
「観念しろ、ヘリステア卿。城でお前に言ったことをもう忘れたのか?」
「セレ・ルメイル。私を侮辱したお前の言葉、それこそ忘れたとは言わせんぞ」
「……『立場を利用することでしか強くあれない可哀そうな人』だな。お前たちが法の網をかいくぐろうとするのならば、こちらも全力で阻止する」
「小賢しい」
イーリスを抱えたままのセレに、自分たちが遅れを取るはずがない。ジオーグはそう信じ、不安そうにしている部下たちをけしかけた。
「何をしている? さっさとこいつを片付けろ」
「――っ、は!」
ジオーグ自身が連れて来た魔術師たちが先頭を切り、セレに向かって攻撃を放つ。火、水、草、土。幾つもの属性が絡み合い、複雑な魔法がセレを襲う。
「……そんなもの」
セレは自分に向かって放たれた魔法それぞれに対し、的確に急所を突き弱点となる魔法で応戦する。火には水、草には火といった具合だ。
たった一人で複数の属性の魔法を使うことは本来とても難しく、例え出来たとしても完璧に使いこなせる者は多くない。セレは複数の属性の魔法を元々の自分の属性と同等に使いこなし、その火力も通常より上位だ。
「うわっ」
「何なんだ、この化け物……!」
「これでも、当代随一の魔術師だって評価されているんでね」
悲鳴を上げる敵に対し、セレは淡々と威力を高めた魔法を使い続ける。徐々にセレが優勢となり、険しい顔をしたジオーグの頬をセレの魔法がかすめた。
「次はあてる」
「クッ……。よ、余裕でいられるのも今の内だ。地上にも我が配下は多くいるからな。彼らがここに雪崩れ込めば……」
「残念だが、それは無理だ」
セレが応じると同時に、地上からドンッという爆発音が響いた。更に、リーリの明るい声が地下牢へも響く。
「セレ、こっちは片付けたよ!」
「ありがとう、ねえさん」
念話を交え、セレはリーリが地上で暴れたことを明かす。リーリは美しい顔に似合わず、魔法を使って暴れるのが好きなのだ。
念話を切り、忌々しげに顔をしかめるジオーグ。セレは魔法を畳みかけ、圧倒的な魔法で凌駕する。更に水の玉の鋭利さを増幅させ、ジオーグを驚かせた。
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