夜に咲く花

藤野 悠人

夜に咲く花

 とある町に、一輪の花を育てている少年がいました。彼は、ある図鑑を読んでいる時に、この花を見つけたのです。図鑑に載っていたこの花の美しさに魅了されて、どうしてもこの目で見たいと思い、育て始めたのです。だから少年は、まだこの花のつぼみが開いたところを、図鑑の中でしか見たことがありません。


 少年が読んだ図鑑によれば、この花は月の綺麗な夜にだけ、花を咲かせるということでした。逆に、昼間や月の無い夜は、蕾の形のままじっと下を向いているらしいのです。


 少年は、この花を育てるようになってから、毎日ノートに観察記録を付けていました。鉢に植えた時のワクワクとした気持ち、水をやり始めた時の楽しみな気持ち、最初に芽が出た時のドキドキとした気持ちも、このノートに書き留めました。


 土の中から顔を出した芽は見る見る育ち、あっという間に茎になり、蕾ができました。しかし、なかなか花は咲きません。少年はつまらなく思いながらも、花の観察をやめた日はありませんでした。


 少年の住んでいる家は、たくさんの家が立ち並んでいる一角に建っています。隣の家が陰になってしまって、月明かりが届かない晩もあります。だから、花が咲いている所を見るには、辛抱強く待たなければなりませんでした。


 今夜は咲くだろうか。今夜こそ咲くだろうか。毎晩そう考えながら、少年はその花を育て続けていました。


 しかし、ある夜のことです。毎晩のように観察をしていたために、少年はあまりにも眠くて、花のそばで眠ってしまいました。観察記録を付けていたノートも、手に持っていた鉛筆も、少年の手から滑り落ちて、バラバラと床に転がりました。


 その夜は、雲ひとつない、すっきりと晴れた夜でした。カエルの合唱と、虫の鳴き声、ときどき吹く気持ちの良いそよ風だけが、町の中で響いていました。


 少年が寝入ってしばらくした時のことです。銀色の月明かりが、少年の家へ降り注ぎ、軒先に植えた花の蕾を照らしました。柔らかな月明かりを浴びた蕾は、自分のためのスポットライトを待っていたかのように、ふっくらとその蕾を開きました。


 月明かりの微かな光に気付いて、少年は目を覚ましました。そして、瞳に飛び込んできた花を見て、思わず喜びの声を上げたのです。


 そこには、細く、儚く、それでいて、美しい銀色の花びらを開いた月下美人が、月を見上げて、キラキラと咲いていたのでした。

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夜に咲く花 藤野 悠人 @sugar_san010

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